議会局「軍師」論のススメ
議会局「軍師」論のススメ 第28回 「妥協」することは敗北なのか?
地方自治
2020.10.08
議会局「軍師」論のススメ
第28回 「妥協」することは敗北なのか? 清水 克士
(月刊「ガバナンス」2018年7月号)
前号では、議会改革のはじめの一歩として、良い意味での「妥協」の精神をもって合意形成を目指すことが必要だと述べた。議員は評論家ではなく、全体の縮図としての市民意見を市政に反映させることが、重要な任務と考えるからだ。
一方で、最初から自己主張を議会の意思にすることを目指さず、党派や議員個人としての主義主張が公式記録として会議録に残れば、それで良いとの主張を聞くことがある。だが、貴重な時間を費やす本会議等で、主張を会議録に残すことだけを目的とすることに、議会制民主主義における正統性はあるのだろうか。
■「妥協」の重要性
大津市議会の議会基本条例策定時に、「議員相互間の議論を尽くして合意形成に努める」と条文に「合意形成」の文言を入れることについて議論になったことがある。しかし、ある会派だけが、「いくら議論を尽くしても、合意できないこともあり得る」と主張し、膠着状態となった。最終的には他の全会派が譲る形で「議員間の議論を尽くす」との表現で決着し、「合意形成」の文言は条文に入らなかった。
後日、議員研修会に招聘した大森彌・東京大学名誉教授に、先の主張をした議員を前にして、この話をしたところ、教授は「君の会派は過半数を握っているのか」と尋ねられた。当該会派が少数会派であると知ると教授は「ではなぜ妥協しないのか?過半数を握っておれば最終的には多数決で自己主張を通せるが、少数意見を最後まで押し通そうとすれば、ゼロ回答の憂き目にあうだけではないか」と言われた。
それでも議員は「妥協できないこともある」との主張を繰り返したが、教授は「一議員としては、自己主張を譲らなかったことに達成感があるのかもしれないが、それは単なる自己満足だ。君に投票した有権者も、本当にそれを望むだろうか。むしろ妥協をして、10の主張のうち二つでも三つでも通したほうがいいと思うのではないか。君は『妥協』という言葉の意味を誤解している。『妥協』を引き出せたこと自体が少数会派の勝利だ。なぜなら最後は多数決で自己主張を押し通せる多数会派には、妥協しなければならない理由などないからだ。よく考えた方がいい」と諭された。
■議会制民主主義と「妥協」
議会制民主主義の3原理は、「代表の原理」「審議の原理」「監督の原理」とされる。「代表の原理」とは議会は主権者である住民全体の代表機関であり、特定団体、特定地域の代表ではないということ。「審議の原理」とは、公開の場で十分議論し、最終的には多数決で結論を出すことである。議論の過程で少数意見は尊重されなければならないが、合意形成を度外視した言いっぱなしの意見ばかりでは、合議制機関である議会は十分な権能を果たせなくなるだろう。そうなれば住民のための行政が公正に行われているかを監視する「監督の原理」も機能せず、議会制民主主義が根幹から揺らぐ事態となりかねない。
政治は結果であり、そもそも政治自体が妥協の産物とも言われる。多様な意見に基づく議論は必要であるが、皆が一歩も譲らない自己主張に終始すれば、全体意見の縮図としての住民代表機関の意思は示し得ない。議会は合議制機関だからこそ、合意形成のための「妥協」を許容する文化の醸成が求められると思うのだが、いかがだろうか。
*文中、意見にわたる部分は私見である。
Profile
大津市議会局長・早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員
清水 克士
しみず・かつし 1963年生まれ。同志社大学法学部卒業後、85年大津市役所入庁。企業局総務課総務係長、産業政策課副参事、議会総務課長、次長などを経て2020年4月から現職。著書に『議会事務局のシゴト』(ぎょうせい)。