自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[40]平成30年度の災害を中心とした事例集(1) ──岡山県総社市
地方自治
2020.11.18
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[40]平成30年度の災害を中心とした事例集(1)──岡山県総社市
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2019年7月号)
平成30年西日本豪雨災害の被害状況
2018年6月28日から7月8日にかけて、梅雨前線や台風第7号の影響により、日本付近に暖かく非常に湿った空気が供給され続けた。このため、西日本を中心に全国的に広い範囲で長期間にわたる記録的な大雨となり、総降水量が四国地方で1800ミリ、東海地方で1200ミリを超えるなど、7月の月降水量平年値の2〜4倍となる降水量が観測された地域があった。
各地で河川の氾濫による浸水や土砂崩れ等が発生し、特に岡山県、広島県及び愛媛県においては、多数の死者が発生するなど甚大な被害となった。また、長引く大雨により、西日本の多くの市町村において、避難指示(緊急)及び避難勧告等が発令され、ピーク時における避難者数が4万人超に達したほか、道路崩壊等による孤立集落や電気・ガス・水道等のライフラインの寸断が発生するなど、住民生活に大きな支障が生じた。
【人的被害】死者237人、行方不明者8人、負傷者:重傷126人、軽症339人、程度不明1人
【住家被害】全壊6767棟、半壊1万1248棟、一部損壊4199棟、床上浸水7173棟、床下浸水2万1337棟
(19年1月9日時点)
首長インタビューを含む事例集
災害記録を数字で示すと上記のような簡潔なものになるが、現場では生死をかけた判断、活動がなされている。それを示すために、災害時の首長のインタビューを含む「平成30年度の災害を中心とした事例集」が総務省消防庁から公表された(*)。
危機時にどんな思いで判断したかを首長自身の言葉で述べている点で、まさに胸を強く打つ非常に良い事例集だ。今回は総社市の事例を紹介したい。なお、〈 〉に私のコメントを付加する。
【岡山県総社市・片岡聡一市長からのメッセージ】
●首長はルールを破れ!そして、判断は素早く、基準はシンプルに!
首長の皆さんに一番に伝えたいのは、「首長は、有事の際には法律や条例を破ってください」ということです。災害時に、僕は職員に「ルールを破れ」とか、「条例を破れ」とか、「法律を破れ」と言い続けていました。けれど、職員は〝有事のモード〟にスパッと頭を切り替えるのが下手です。その有事モードに最後まで乗り切れなかった部長もいますしね。通常モードを抱いたままでやるから、「できません、できません」と言ってくる。僕は7月6日の午前9時には有事モードになっていました。そして、決断は10秒以内に!判断基準はシンプルに!!ということ。僕が設定していた判断基準は、〝被災者のためになるかどうか〟、〝善か悪か〟だけだった。災害対応するとき、〝金がかかるかどうか〟とか、〝反対する人がいるかどうか〟とか、〝条例にそぐわない〟とか〝法律がどうか〟などは、僕の判断基準にはなかった。判断は素早く、基準はシンプルに、じゃないと下(職員)が動いていけなくなる。
〈「ルールを破れ」という、非常に大胆な表現で災害モード時の心構えを説いている。平常時に、自治体職員は迅速さよりもルール適合性や公平・公正性を重視し、職階制にしたがって稟議を上に上げて決定される。
しかし、災害時には、迅速性こそが優先な場面、上司ではなく、その場、そこにいる人が判断しなければ間に合わないことが多々ある。これが、災害(有事)モードへの切り替えが必要な理由である。そのためには、災害前から事例研究、効果的な訓練をしておかないと、幹部職員といえども、なかなか日常モードを脱することができない。たとえば「そんなことをして、後で会計検査院にダメと言われたらどうするんですか。あなたが支払ってくれるのですか」と私も言われたことがある。〉
●明確な判断基準を持つべきだ
(中略)大雨で高梁川の水位が上昇するたびに、僕は災害対策本部にいるのではなく、現場を見に行って、どのような状況になるのか水害の想定を頭にたたきつけておこうと思ってやってきました。経験では、最高水位は約11m。そこまでの水位になると、どこかが破綻すると僕自身がわかっている。本当にのるかそるかの時になった時は、災害対策本部に身を構えて、自分の死を覚悟して最大速度で市民を守ろうと思ってきました。 高梁川が決壊すれば、1000人以上が死ぬ。私の役割はその1000の死者をいかに避難行動によって減らすかだと。それが自分の最大の役割だと思ってきました。
〈高梁川の最高水位が11mになれば破堤リスクが高い、という数字で明確な判断基準があった。その時は死者1000人以上と、また数字で被害を具体的に押さえていることに驚嘆する。さらに、その時の心構え、対応方針を事前に作っていた。見習うべき点が多い。〉
●オオカミ少年になるな
僕は、避難勧告を発令するのは、最小限にとどめたいと思っています。後々、死者がでたら、「首長が避難勧告を出した時間が何時で、どこに出した」とか言って、勧告を出したのは事後だったのではないかといった責任論みたいなことになるから、どこでもかしこでも〝全市全域に避難勧告〟を出すようになってきている。しかし、そんなのは僕は好きじゃない。オオカミ少年のようだ。僕は事実に基づいて、厳しいエリアにだけ避難勧告を出そうとしてきた。それも少しでも早く。勧告を出さなくてもよいところには出さない。それが勧告や指示に対する信ぴょう性を、信頼を上げていくという、我々の基本的な責任だ。
〈ここは難しい部分である。科学的にわかっていること、わからないことがある中で、住民の行動原理(人は逃げないものである)を踏まえ、かつ行政への長期的な信頼構築(空振りが続くとますます人は逃げなくなる)を進めようとしている。非常に高いレベルで災害対応を考えてきたことが、うかがえる部分である。〉
●自ら情報発信をすべき
災害対策本部に詰めながら、僕はツイッターで情報を出し続けました。有事の際の首長の発信の仕方は、〝ここが危ない〟とか、そういう一番伝えたいことをリアルに伝えていく。(中略)市長の言うことをみんな有事の時は信じますよ。とにかく僕の発想の原点は、〝避難所へ逃がした分だけ死者が減る〟と思っているので、踏み込んで踏み込んで打ち続けました。他には電話をしました。市会議員さんにも電話しましたし、自分の支持者にもいっぱい電話して、「逃げろ、逃げろ」と言いました。 翌朝までに約7300人が避難しました。良く逃げてくれたと思います。
〈災害時には多くの情報が氾濫するが、最も信頼性が高いのは、自分たちが選んだ首長の発信である。マスコミも取り上げてくれる。首長が自らツイッターや電話で真剣に伝えることで、人は逃げてくれるという実例を示している。〉
●マスコミにはすべてオープンに
今回の災害では、災対本部会議を全部マスコミにフルオープンでやりました。(中略)各社がいっぱい取材に来たけど、全部取材には応じたし、逆にマスコミに助けられました。彼らの方から「何か求めているものありますか?」とも言ってくれて、それを報道してくれました。〝マスコミのおかげ〟はいっぱいあったと思います。
〈災害が発生した後の首長の最大ミッションの一つはメディア対応である。メディアの向こうには、多くの市民、そして支援者となる国民、省庁、他自治体がいる。メディアを通じて、被災者に共感と激励を伝え、支援者に支援と備えの必要性を説くのは、被災自治体首長の任務である。メディア関係者も人である。快く取材に応じてくれる首長には、好意的な報道をしたくなるものだ。〉
*http://open.fdma.go.jp/e-college/syutyou.html
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。