自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[38]水災害における高齢者、障がい者等の避難を考える ──避難に関するWG報告書から
地方自治
2020.11.04
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[38]水災害における高齢者、障がい者等の避難を考える──避難に関するWG報告書から
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2019年5月号)
「避難に関するWG」報告書
6月からは水害、土砂災害のリスクが高まる時期である。「平成30年7月豪雨」(西日本豪雨災害)を受けて設置された中央防災会議「避難に関するWG」が18年12月に報告書を公表した。
この報告書では「今後の水害・土砂災害からの避難対策への提言」において次の6項目を挙げている。
1 避難に対する基本姿勢
2 「自らの命は自らが守る」意識の徹底や災害リスクと住民のとるべき避難行動の理解促進
3 地域における防災力の強化
4 高齢者等の要配慮者の避難の実効性の確保
5 防災気象情報等の情報と地方公共団体が発令する避難勧告等の避難情報の連携
6 防災情報の確実な伝達
75歳以上の高齢者は、1995年の阪神・淡路大震災時には717万人だったが、2020年予測で1767万人と約2.5倍に増加する。実際に、西日本豪雨災害では在宅の高齢者が多く亡くなっている。高齢者、障がい者等の避難行動要支援者については、誰かの支援がなければ避難することはできないが、その支援者、支援方法が課題である。そこで、本稿では、WG報告書の「4 高齢者等の要配慮者の避難の実効性の確保」について考察する。以下、考察部分は〈〉内に記述する。
課題について
(1)在宅の高齢者の被災が多かった
・被害の大きかった愛媛県、岡山県、広島県の死者のうち、60代以上の割合が約7割であり、岡山県倉敷市真備地区では、死者のうち、70代以上の割合が約8割を占めるなど高齢者が多く被災した。要配慮者利用施設における死者は確認されておらず、在宅の高齢者が多く被災したと考えられる。
・岡山県倉敷市真備地区では、破堤氾濫等の洪水による被災と推定される死者51人のうち、40人以上が非流失家屋の屋内で被災し、また、多くの方が1階で被災した可能性もあり、垂直避難が難しかった高齢者がいたことも考えられる。
(2)地域において高齢者等をはじめとする住民の避難を促す仕組み
・現地調査では、高齢者等の要配慮者の避難支援について、「要配慮者の名簿については、個人情報の問題もあり、災害後の安否確認にしか利用されていない」、「(自主防災組織に)災害発生時に要配慮者の避難行動を支援するのは責任が重すぎる」との意見があった一方、「高齢者等避難準備情報の発令前に要配慮者を含む7名が自主的に避難したが、自治会で事前に決めていた要配慮者を支援する担当者が避難の補助をした」、(中略)「行政及び避難支援等関係者(自主防災組織、町内会・自治会等)が避難行動要支援者名簿を避難支援や安否確認に活用した」との意見もあった。
〈同報告書には「NHKが広島県、岡山県、愛媛県で行った被災地アンケートでは、「消防や警察、近所の人、家族や親族の呼びかけ」をきっかけにして避難した人が31.8%(防災無線7.4%、テレビ・ラジオ4.5%)となっており」と記述されていることから、高齢者等においては、近隣や福祉関係者からの直接的な避難の促しが効果的と考えられる。
このような安否確認や避難行動支援の強化を促進する必要があるが、自主防災組織等の自発性に任せるだけでは不十分で、行政と連携することが重要だ。そこで、顔の見える範囲での共助の「地区防災計画」で安否確認や避難行動支援を計画化することが有効と考えられる。〉
(3)災害リスクがある要配慮者利用施設において、避難確保計画が策定されていない
・水防法、土砂災害防止法では浸水想定区域や土砂災害警戒区域内の要配慮者利用施設の管理者等には、避難確保計画の作成等が義務化されている。平成29年3月末時点では、水害に関する避難確保計画を策定しているのは、3万8372施設中3072施設であり、約8%であったが、平成30年3月末現在では、5万0481施設中8948施設と約18%が策定している。また、土砂災害については平成29年5月の法改正以降に避難確保計画の策定を進めており、平成30年3月末時点では、1万0720施設中1553施設と約14%で計画を策定している。策定率は上がっているものの、未だ計画が作成されていない施設が多く存在している。
〈要配慮者利用施設において、水害での計画策定率が18%、土砂災害が14%なので、たしかに計画未作成が多いのだが、1年で多くの施設が計画を作成したことは驚きだ。法律があり、省庁が本気になって自治体と連携すると進む、と感じる。要配慮者施設の本来業務の担当省庁は厚生労働省や文部科学省であり、積極的な関与が強く期待される。〉
実施すべき主な取組
(1)「防災」と「福祉」の連携による高齢者の避難行動に対する理解促進
(前略)
・防災・減災への取組実施機関と地域包括支援センター・ケアマネジャーが連携し、水害からの高齢者の避難行動の理解促進に向けた取組を実施する。
【代表的な取組例3】
(前略)
大規模氾濫減災協議会を構成している市町村におけるすべての地域包括支援センターにハザードマップの掲示や避難訓練のお知らせ等の防災関連のパンフレット等を設置することや、すべての大規模氾濫減災協議会において地域包括支援センター・ケアマネジャーと連携した水害からの高齢者の避難行動の理解促進に向けた取組の実施及びその状況を共有することについて関係自治体等に通知。【厚生労働省、国土交通省】
〈地域包括支援センター・ケアマネジャーとの連携が例示された。ようやく福祉関係者の本丸がやってきた感がある。災害時の支援者で最も良いのは平常時の信頼できる支援者であり、その代表が地域包括支援センターやケアマネジャーである。避難の呼びかけは、このような平常時の支援者が行うことで効果が高まるのは明らかだ。〉
(2)地域の防災力(共助)による高齢者等の要配慮者への避難支援強化
・愛媛県大洲市三善地区では、自治体から提供された避難行動要支援者名簿の情報を活用し、避難場所、避難の合図(タイミング)、気にかける人(避難支援を必要とする人等)などを記した災害・避難カードを、避難訓練を通じて作成しており、今回の豪雨災害では、各自がカードに基づき避難行動・避難支援を実施し、一人の犠牲者も出さなかった。
(後略)
(3)要配慮者利用施設における避難確保計画の策定等の促進
・要配慮者利用施設における避難確保計画の策定率は徐々に上がっているが、平成28年台風第10号による要配慮者利用施設の被災を繰り返さないため、施設管理者等へ災害リスクを周知し計画策定の必要性を認識してもらうとともに、計画策定にあたっての課題を把握し、計画策定の講習会等の開催等により計画策定を促進する。
〈福祉施設が避難確保計画を作成することは大事だが、避難確保後にも次のような課題があることを忘れてはならない。
・福祉サービスの継続 福祉施設に、本当に災害が発生したときは施設に戻れず、避難施設に行かなければならない。その避難先でトイレ、水、食事、薬、寝具、温度管理、衛生管理、応援職員の確保は考えているだろうか。このような福祉施設の事業継続計画(BCP)の策定率は、他業種と比較して著しく低いのが実情だ。
・福祉避難所 東日本大震災や熊本地震のような大災害時には、福祉施設は通常業務に加え、福祉避難所運営業務が加わる。しかし、このような福祉避難所の施設や物資の整備、開設・運営に関する計画、訓練はほとんどなされていない。〉
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。