自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[8]実効性ある福祉施設の防災マニュアル──「マニュアル作成及び人材育成」研修を中心に
地方自治
2020.04.29
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[8]実効性ある福祉施設の防災マニュアル──「マニュアル作成及び人材育成」研修を中心に
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2016年11月号)
8月31日の台風10号により、岩手県岩泉町の高齢者グループホームで9人の高齢者が水害で亡くなった。法人の常務理事は、「『避難準備情報』が出ていたことは知っていたが、それが災害時要援護者の避難開始を意味するとは知らなかった」と述べている。この辛い教訓をいかに活かすかが問われている。政府の避難支援ガイドラインの検討会も始まることから、次回以降に述べたい。
また、このグループホームには避難マニュアルはなく、避難訓練もしていなかったという。そこで、今回は実効性のある福祉施設マニュアルの作成方法について検討する。
全員参加型マニュアル
「仏作って魂入れず」という言葉があるが、災害対応のマニュアルはまさにそうなりやすい。たたき台となる原案は、管理職、安全担当者などが中心となって作成するが、苦労して作ったマニュアルが、本棚に飾られるだけにはなっていないだろうか。その原因は、まさに管理職、担当者が最初にマニュアル=「仏」を作るからだと考えている。つまり、管理職、担当者の仏であり、みんなの仏になっていない。そのため仏に魂が入らないのだ。
実効性の高いマニュアルとは、内容が充実してわかりやすいだけでなく、関係者全員が理解して、災害時に活用できるものである。これを「生けるマニュアル」と呼びたい。なぜなら、災害時には人が判断するからだ。どんなに良いマニュアルがあっても、災害発生時に即座に人が使えなければ役に立たない。
さて、東日本大震災や熊本地震で明らかなように、被害想定を超える災害もあり得る。また、隣家からの類焼火災、落雷や竜巻、地震後の洪水など被害想定にない災害を受ける可能性もある。
その時、トップをはじめとする福祉施設職員の臨機の災害対応で補うことが重要となる。いや、大災害時には、マニュアルを超えた判断で危難を乗り切ることさえ必要になる。しかし、人が大災害を体験することは極めてまれにしかない。このため、研修等により災害イメージを涵養し、訓練などの疑似体験を通じて経験値を高めることが必要である。
それにはマニュアル作成や見直し過程において、担当者だけでなく、全員参加で「みんな」のマニュアルにしていくべきだ。つまり、最初に共通の災害イメージを持ち、みんなの心を合わせて「魂」を作ってから、マニュアル作成=「仏づくり」に進むのである。みんなの「仏」であるがゆえに、その後の訓練、検証、見直しといったPDCAサイクルを回しやすくなる。これを「仏を磨く」と称している。
「マニュアル作成と人材育成」研修
(1)ワールドカフェ研修
筆者は、東日本大震災後の障がい者福祉施設の事業継続計画(BCP)作成のための研修プログラムの開発に3年間従事した。その結果、集合知を引き出す話し合い手法の一つであるワールドカフェを採用した。これは「カフェにいるときのようなリラックスした雰囲気の中で、会議のような真剣な討議を可能にする」ように設計されており、参加者一人ひとりの知識や力を引き出し、そこからグループ全体の意見へとつなげていく点に特徴がある。
福祉施設職員全員が災害イメージと疑似体験をしたうえで、さらにワールドカフェにより「集合知」を紡ぎ、マニュアル作成につなげることが有効と考えている。
(2)研修プログラム内容
筆者が実際に福祉施設で行っている3時間の研修プログラムは次のようなものである。
①ガイダンス(50分)
目的:災害状況、地域の災害特性、防災マニュアルの必要性について理解を深める。
内容:講師が過去の災害状況を動画、写真を活用して説明する。同時に、今後の災害リスクを概説する。
その際、利用者、職員の被害を少なくするため、福祉施設が実効性のある防災マニュアルを作成する必要性について述べる。
②災害イメージづくり(20分)
目的:災害時の福祉施設の状況について災害イメージを涵養する。
内容:研修生が被災した福祉施設の記録を読み、重要なポイントをポストイットに記入する。(休憩 10分)
③ワールドカフェ(65分)
目的:前述の重要ポイントをきっかけに主体的、能動的に災害対応を考え、意見を述べる。また、他者の意見を傾聴して理解を深めていく。
内容:研修生がお茶、お菓子を楽しみながら4人で雑談風に話し合う。これはリラックスした雰囲気の中で、自然に気づきやアイデアを生み出す手法である。20分×3セットで行う。
2セット目はメンバーを変え、3セット目は1セット目と同じメンバーで行う。なお、3セット目は話し合いを続けながら、具体的なアイデア3~5項目を成果として書き出す。
④共有(10分)
目的:他者のアイデアを共有し、さらに視野を広げ理解を深める。
内容:全員が赤丸シールを持って、他班の良いアイデアに貼っていきながら共有していく。赤丸シールを貼るのは、主体的に他者のアイデアを見るのとゲーム性をもたせるためである。また、発表に比べて時間を節約できるので大人数でも実施しやすい。
⑤まとめ(25分)
目的:研修内容、防災マニュアルの見直し、福祉施設職員自身の自助、共助について理解を深める。
内容:講師が良いアイデアとその理由を説明し、さらに理解を深めていく。最後に、福祉施設職員がミッションを果たすために、自助、共助を充実する重要性について述べる。
マニュアルの実効性を高める工夫
(1)初動対応
施設長など幹部が不在時に災害が発生した場合、一般職員でも最低限の対応をとることが求められる。しかし、指揮命令の経験がない職員が、災害発生という非常時にいきなり指揮をとるのは困難である。
そこで、初動対応のために必要な書類、資機材、物資等一式について「防災箱」として、あらかじめ用意しておくことが有効である。また、初動対応の手順を示した「指示書」を作成し、最初に到着した人が防災箱を開け、その中にある指示書に従って、一定の対応ができるようにすることが効果的である。
(2)PDCAサイクルによるマニュアルのレベルアップ
①防災箱、指示書を、参考書籍等を活用して作成する。ワールドカフェなどを活用してもよい。
②上記の防災箱、指示書を活用した訓練を実施し、反省会を行い、より実効性の高いものに見直していく。訓練は、定型的なものだけでなく、臨機に判断を促すようなものも取り入れて臨場感を高める工夫をする。
③避難所の指定を受けていたり、避難所となる可能性がある施設では「避難所箱」、指示書、避難所開設・運営マニュアルを作成し、訓練により見直しを進める。
④DIG(災害イマジネーションゲーム)、HUG(避難所運営ゲーム)、クロスロードなども活用して、訓練、見直しが形骸化しないように工夫していく。
⑤定期的に専門研修等に参加し、施設の成果を発信するとともに、最新情報や効果的な先進事例などを収集し、応用していく。
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私たちは、この研修に加えて基本となる事業継続計画(BCP)のひな型を用意し、福祉施設で作成できるよう、福祉防災コミュニティ協会を設立する。関心のある方はぜひ検索をしていただきたい。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。