自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[7]建物耐震化を考える──全国展開をするために
地方自治
2020.04.22
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[7]建物耐震化を考える──全国展開をするために
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2016年10月号)
熊本地震の家屋倒壊による犠牲者には高齢者が多かった。古くて耐震性が乏しい家に住んでいた高齢者が多かったからだ。全国の自治体の約80%が耐震補強工事に、約85%が耐震診断に補助金を出すようになったが、高齢世帯の家屋の耐震化は遅々として進まない。
本格的な高齢社会にあって、耐震化に対する高齢者の意欲をどう高めていくかは、地域の防災力向上には避けて通れない課題だ。
部分補強も補助対象に
高齢世帯の多くは、先が長くないと考えがちなため、耐震化への意欲も高くない。多額の工事費用がかかるとなればなおさらだ。多くの自治体は、建築基準法に定める耐震基準1.0をクリアすることを補助金支給の条件にしているため、経済的に恵まれない世帯には利用しにくい。また、耐震基準まで耐震性を引き上げるとなると、古い家ほど工事が大がかりになって費用がかさんでしまう。
研究者や行政が高いハードルを設けておいて、住民の耐震化への意欲が乏しいと嘆くだけでは問題は解決しない。たとえば極端に耐震性が低い住宅では、耐震基準の「1.0」に届かなくても、「0.7」まで強度を引き上げれば、倒壊する恐れはかなり減る。このように耐震性を高め、家を守る確率が高まるなら、耐震基準をクリアしない「部分補強」工事であっても、補助金対象にしてもかまわないはずだ。実際に滋賀県内の自治体では「0.7」の補強工事でも補助金を出している。しかも、講習を受けた登録事業者が施工することで、信頼性確保に努めている。
京都府では、簡易耐震補強として「屋根を軽量化すること等簡易な改修の方法により耐震性を向上させるもの」に対して耐震改修設計及び耐震改修工事に要する費用の4分の3(最高30万円)を補助している。自治体は所得が著しく低い世帯には全額補助をしてでも、部分補強を推進すべきだ。なぜならば、耐震化の効果は、住んでいる方の命を守るだけではないからだ。
図に示されたように阪神・淡路大震災の建物全壊率と直後出火率は正比例している。すなわち、建物全壊率が高ければ高いほど、出火率は上昇する。さらに、壊れた建物が道路を塞ぐと消防車が入れなくなったり、建物の下敷きになった人の救助が優先になったりして初期消火が遅れがちになる。そうなると火災が広がり、最悪の場合にはまち全体が焼け野原になってしまう。
耐震化は出火率を下げ、道路に建物が倒れないことで消防力を活用でき、多くの人が生き残ることで初期消火の確立をたかめることで、火災発生の確率を大きく下げる。すなわち、耐震化は個人の人命にとどまらず、地域全体の火災確率を下げ、地域を守る公共性を有している。
また、1戸当たり800万円以上かかるといわれる地震後の公的な復旧復興費用を大幅に低減する。だとすれば、完全な耐震化を求めるがゆえに工事費が高くなって補強ができないという現状を変えなければならない。
魅力増進型の耐震化を
地震が起きなければ耐震補強の経費は無駄のように感じるかもしれないが、同じ改修工事でも、廊下や階段に手すりを付けたり、屋内の段差をなくしたり、といった日常のバリアフリーに対する高齢世帯の需要は多い。
介護保険の要支援、要介護の認定を受けている高齢者がバリアフリー改修した場合、最高で18万円まで補助が受けられるという国の制度があり、厚生労働省の集計によると、全国で年間約50万件(2012年度)の需要がある。
こうした日常生活の質を高めるための工事に取り組む際に、耐震補強も一緒にやってしまえば、別々に行う場合よりも工事の手間も費用も抑えられる。
東京都墨田区は、バリアフリー改修と耐震改修を一緒に進めた場合、耐震改修の補助率を通常の3分の2から6分の5にかさ上げするという制度を導入している。手すりをつけたり、床の段差をなくしたりすれば、生活しやすくなり、その恩恵を毎日の暮らしの中で実感できるので取り組む意欲は高い。そこに耐震工事も組み込むことで、住宅の耐震化を後押しするのだ。こうした「魅力増進型防災」の手法をぜひ全国に広げていくべきだと思う。
なお、墨田区は先に述べた部分改修にもすでに取り組んでいる。しかも1.0や0.7などといった評点にとらわれず、強度が上がる「簡易改修」にも補助金を出すのが大きな特徴だ。補助制度がスタートして以降、16年3月までに337世帯が利用しており、そのうち4分の3以上を簡易改修が占めるという。
賃貸住宅に耐震性の表示を
熊本地震では、アパートの倒壊で東海大学の学生たちが命を落とした。阪神・淡路大震災でも、多くの学生がアパートの倒壊で亡くなっている。残念でならない。
現行制度は、旧耐震基準の1981年6月より前に建築確認を受けた物件については、耐震診断をした場合には、その結果を重要事項説明書に明記することが、2006年から義務づけられている。ただ、耐震診断を受けなければ、耐震性の有無を明らかにする必要はない。
このため、現在の重要事項説明の制度では、古い賃貸物件を耐震化するためのインセンティブがまったく働かず、逆に、耐震診断をしないという方向に事態が進んでいる。熊本地震で倒壊したアパートが実際にどうだったのかは今後検証が必要だが、危ない物件ほど耐震診断をしない恐れがあるという現在の制度は早く変えなければならない。
かつて、被災地支援に積極的に取り組んでいるNPOの学生で、アパート住まいをしている400人に、何を基準にアパートを選んだかというアンケートを実施したことがある。最も多かった回答は賃料で、耐震性を重視したという回答はゼロだった。そもそも高校までで耐震性について学んでないうえ、耐震性の告知や表示がないのだから、選択の指標にならない。
これを変えるためには、耐震診断をしていない木造賃貸物件については、建築確認を取った時期に応じて3段階の表示を義務づけるべきだ。震度7を2度も観測した益城町では、新耐震基準が取り入れられた1981年6月以降の物件でも、倒壊が相次いでいる。一方で、阪神・淡路大震災後に、柱と梁の接合部分を金属の補強材で止めることなどが義務づけられた2000年より後の物件の被害は極めて少ない。
そこで、次のような表示を義務付けることを提案する。
①1981年6月以前に建築確認を受けた物件
「耐震性は極めて弱いと推定される」
②1981年6月以降、2000年より前の物件
「耐震性は不明である」
③2000年以降の物件
「耐震性があると推定される」
大家が「極めて弱いと推定される」や「耐震性は不明である」という表示が嫌ならば、耐震診断をしたうえで、耐震補強や建て替えをすればいい。この情報公開により、公的経費を最小に抑えながら、耐震化を進めていく。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。