自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[37] 災害時の自治体トップマネジメント

NEW地方自治

2019.10.10

自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[37] 災害時の自治体トップマネジメント 鍵屋 一(かぎや・はじめ)

月刊『ガバナンス』2019年4月号

市区町村長の責任と対応の困難さ

 今年は統一地方選挙の年である。前号で議会、議員の災害対応について述べたが、今回は、市区町村長のトップマネジメントについて述べたい。

 災害対策基本法では、災害時は市区町村が第一義的に対応を行い、それでも対応が厳しい時は、都道府県、国が応援する仕組みになっている。あくまでも応援であるから、当該市区町村長が重要な意思決定を行う。

 市区町村が主体となってすべきものは、災害発生前に各種関係者の調整、避難勧告等の発令、避難所の開設などがあり、災害発生後の主な応急対応業務だけでも、道路啓開、避難所・福祉避難所の開設・運営、物資の受入れ、ご遺体の対応、応急危険度判定、被害家屋認定調査、罹災証明の発行、災害救助法事務、被災者台帳の作成・整備、がれき置き場の確保と分別、義援金・見舞金等の配布、応急仮設住宅の借り上げ・用地確保・建設、他自治体への応援要請、ボランティアの受入れ……、さらにマスコミ対応があり、継続すべき重要業務として医療、保健、衛生、福祉、教育、施設管理、戸籍・住民台帳……がある。自治体が連携する相手も、警察、消防、自衛隊、海上保安庁、各省庁、応援自治体、ライフライン企業、協定締結団体、指定管理者、ボランティア・NPO団体……がある。

 これらの重要事項を、災害対策のプロでない首長が意思決定しなければならない。補佐すべき職員も自ら被災しつつ、日常、やったことのない業務を、しかも大量にこなさなければならない。災害対応の法制度は年々拡充し、内容は多岐にわたる一方、実施主体となる自治体職員はこの20年間で16%減少している。

市区町村長の行動指針「災害時にトップがなすべきこと」

 このような状況で、首長はどのようなトップマネジメントをすべきであろうか。

 2017年4月、現場職員や住民の士気を高め、効果的、継続的に活動できるように指揮する方策を公表したのが、「災害時にトップがなすべきこと」24か条である。熊本地震、東日本大震災、大雨被害など、最近の大規模災害で被災した15人の市町村長が共同でまとめたものである。貴重な実体験に基づき、磨きに磨かれた提言で、トップの危機管理バイブルと言える。その中でも重要な項目について取り上げる。

【自然の脅威が目前に迫ったときには、勝負の大半がついている。大規模災害発生時の意思決定の困難さは、想像を絶する。平時の訓練と備えがなければ、危機への対処はほとんど失敗する。】

 人には誰もが「正常化の偏見」がある。根拠もないのに自分は大丈夫だと思いこんで、リスクを過小評価する傾向である。トップが正常化の偏見にとらわれると部下もトップの

思いを「忖度」して、結果として防災対策が軽視される。その結果、「危機への対処はほとんど失敗する」のである。

【市区町村長の責任は重いが、危機への対処能力は限られている。他方で、市区町村長の意思決定を体系的・専門的に支援する仕組みは、整っていない。】

 トップの責任の重さと、対処能力の乖離が課題であることを率直に認め、その乖離を補う仕組みが整っていないことを指摘する重要な項目である。そこで、専門家、経験者がトップを支援する仕組みを作ることが重要である。たとえば、トップに対する定期的な専門研修、市区町村の防災力の科学的評価システム、気象庁や国土交通省と市区町村長との相談のパイプ、などである。

【判断の遅れは命取りになる。特に、初動の遅れは決定的である。何よりもまず、トップとして判断を早くすること。人の常として、事態を甘く見たいという心理が働き、判断が遅れがちになる。広範囲に災害が予測される場合、トップは、災害対策本部(庁舎)から離れてはならない。トップの不在は、判断の遅れにつながる。

 「事態を甘く見たいという心理が働き」、すなわち正常化の偏見によりトップが初動時に災害対策本部に不在となってしまった事例がいくつもある。特に、被害が想定できる風水害では、トップはタイムラインなどの取り組みによって、本部を動かないことが重要であり、その姿勢が職員の災害対応への意識を高める。

【「命を守る」ということを最優先し、避難勧告等を躊躇してはならない。命が最優先。空振りを恐れてはならない。深夜暴風雨の中で避難勧告等を出すべきか悩みが深いが、危険が迫っていることを住民に伝えなければならない。

 防災の専門家ではない職員はトップには直言しにくいものだ。そこで、近年、気象台や河川事務所等から市区町村に積極的な情報提供、助言がなされている。専門家の助言は、トップが事態を正しく把握するために不可欠であり、今後は災害が見込まれる時や発災時に専門家がトップのそばにいる体制を築くことがより効果的と考える。

【人は逃げないものであることを知っておくこと。人間には、自分に迫りくる危険を過小に評価して心の平穏を保とうとする、「正常化の偏見」と呼ばれる強い心の働きがある。災害の実態においても、心理学の実験においても、人は逃げ遅れている。避難勧告のタイミングはもちろん重要だが、危険情報を随時流し、緊迫感をもった言葉で語る等、逃げない傾向を持つ人を逃げる気にさせる技を身につけることはもっと重要である。】

 私が最も効果が高いと思うのは、トップが自分の言葉で強力に避難を呼びかけることだ。たとえば命令口調で「○○地区の住民は、すぐに逃げなさい」と指示するのだ。トップの迫力ある言葉ほど、住民を動かすものはない。

【トップはマスコミ等を通じてできる限り住民の前に姿を見せ、「市役所(区役所・町村役場)も全力をあげている」ことを伝え、被災者を励ますこと。(略)】

 災害時にトップは多忙を極め、現場に行って住民に話すことは難しい。また被災地間の公平性にも配慮する必要がある。そこで、積極的にマスコミに出て、顔を見せながら情報提供し、共感し、励ますことが重要になる。

【住民の苦しみや悲しみを理解し、トップはよく理解していることを伝えること。苦しみと悲しみの共有は被災者の心を慰めるとともに、連帯感を強め、復旧・復興のばねになる。】

「災害時にトップがなすべきこと」の筆頭がマスコミに出ることだ。東日本大震災の義援金額の大小は、被害よりも報道の量に強く影響されたという研究がある(注1)。もちろん義援金を求める以上に、社会に災害の厳しさと備えの重要性を発信することに意義がある。

【住民を救うために必要なことは、迷わず、果敢に実行すべきである。とりわけ災害発生直後は、大混乱の中で時間との勝負である。職員に対して「お金のことは心配するな。市長(区町村長)が何とかする」、「やるべきことはすべてやれ。責任は自分がとる」と見えを切ることも必要。】

 このような言葉は、トップにしか吐けない。非常時には「判断しない」こと自体が、さらに大きなリスクをもたらす。現場職員が、たとえ情報が十分になくとも、判断する勇気を持てるようにトップが表明することは重要である。

新しいトップの使命

 今年、統一地方選挙後に、新たなトップが数多く生まれるが、真っ先に「災害時にトップがなすべきこと」を熟読することだ。そして災害対策本部、メディア対応について専門家や担当者から学び、職員に対して災害への備え、心構えを訓示することが重要である。6月には出水期が始まる。のんびりしてはいられない。新しいトップが、防災に熱心であることを住民や職員に示さなくてはならない。

 

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特集:新時代を担う職員を育む組織づくり

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鍵屋 一

鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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