時事問題の税法学

林仲宣

時事問題の税法学 第11回 租税回避

地方自治

2019.07.05

時事問題の税法学 第11回

租税回避

『月刊 税』2016年9月号

節税と脱税の間

 「そういえばパナマ文書に先生のお名前がなかったようですが…」「何を言うかッ!ある訳がない。でも知人の名前はあったが…」「先生のクライアントでしょう…」

 研究会の休憩時間、国際弁護士の先駆けと言われている斯界の長老へのきわどい問いかけに、室内に緊張と笑いが走った。バブル経済のころ、同じ研究会で研究報告したとき、当時、太平洋を股にかけて活躍していたこの長老から、「最近の若い人は保守的で困る」と叱られたことも懐かしい。

 ちょうどそのころ、国税庁長官から参院議員に転身した福田幸弘氏が、サラリーマン新党から出馬していた青木茂参院議員との対談で、「節税と脱税は倫理的に差はない」という趣旨の発言をしていたが(福田幸弘『税とデモクラシー』東洋経済新報社・昭和59年)、課税の論理として面白かった。昨年12月、急逝された志賀櫻弁護士は、その著書で、「節税と脱税の中間に位置するのが租税回避である」(『タックス・ヘイブン』岩波新書・平成25年)と述べた。

 租税回避とは、講学的には、納税者が通常と異なる異常な取引を選択して租税負担の軽減を図る行為とされる。取引の当事者は、節税の意図はあるかもしれないが、私法上は合法な取引であるから、取引の異常性を認定するのは課税当局ということになる。つまり納税者には、節税という意識はあっても、租税回避という概念はないわけであるから、納税者自身が租税回避に言及することはない。自己の取引は違法行為ではないから、正常な内容と考えているはずである。その詳細は誌幅の関係で避けるが、国内法に基づく取引や行為が争点となった「武富士事件」や「ヤフー事件」、海外における取引が対象となった「ガーンジー島事件」、「旺文社事件」、「航空機リース事件」における納税者は、自身の行為を異常とは感じていなかったはずである。

租税回避研究

 パナマ文書騒動のとき、国際取引では、タックス・ヘイブンを経由することがいわば常識であり、これを拒否すると取引が成り立たないというようなコメントが経済界から聞かれた。最近報道されたAIJ事件の関係者のような個人の不正はさておき、グローバル化された企業間取引では、租税回避の議論は難しいかもしれない。節税か租税回避かはともかく、収益と課税は一体となってくるから、結果として租税負担を軽減する投資や取引は、歓迎されやすいことは否定できない。これを国外で行い、さらにタックス・ヘイブンを経由して複雑化していることに課税当局が追いついていけないのだろう。裁判所も租税法律主義と租税平等主義の狭間で、その判断が揺れている。

 一連の事件の影響か、このところ税法学界でも租税回避は研究テーマとして人気がある。ただわが国には、租税回避防止税制は、法人税法132条に代表される同族会社の行為計算否認規定しかない。学説は、この同族会社行為計算否認規定の趣旨や適用範囲を論点とする議論から始まる。それが租税回避の研究手法である。

 大学院の授業で、租税回避を論じる院生が用意するレジメの参考文献に、同族会社の行為計算否認規定に関する拙稿が登場することがある。それは初めて活字となって公刊された大昔の論文であるが、検証した判例が古いのは当然としても、論旨は現在でも十分通用する。租税回避に関する学説の対立は40年以上、変化がない。

 現行規定は同族会社を対象としているが、取引の異常性の認定については常に論争を呼んでいる。この規定を拡大して、すべての法人を対象とする包括的な租税回避否認規定の制定には否定的な見解が多い。やはり個別的否認規定が理想となるが、企業活動のスピードについて行けず、イタチごっこになりかねない。このジレンマが学界の論争に連動している。

 租税回避を国際的に封じ込める国際会議の開催と審議が報道されていたが、タックス・ヘイブンを国策としている国や地域がある限り、解決はほど遠いといっていい。先に触れた「ガーンジー島事件」の舞台となったガーンジー島がエリザベス女王の直轄地であることを踏まえると、やはり国際金融は、伏魔殿の世界にある。

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