【特別企画】鼎談 子育てが楽しい社会へのヒント《前編》――妊産婦・子育てママのウェルビーイングの向上を目指す
地方自治
2024.11.06
(『月刊ガバナンス』2024年11月号)
【特別企画】
鼎談 子育てが楽しい社会へのヒント《前編》
――妊産婦・子育てママのウェルビーイングの向上を目指す
出席者
久野譜也
(筑波大学教授・内閣府SIP「包摂的コミュニティプラットフォームの構築」プログラムディレクター)
藤田明美(新潟県加茂市長)
川田翔子(京都府八幡市長)
進行/月刊「ガバナンス」編集局
筑波大学を核とする産官学チームは、子育て世代や女性の幸福度向上のための研究開発として内閣府SIP(国家的課題に対して基礎研究から社会実装までを見据え研究開発を推進するプロジェクト)による「ママもまんなか」子育て支援プロジェクトを2023年度から推進。妊産婦・子育てママを対象に、伴走型で運動や相談・交流を行う「マムアップパーク(by健幸スマイルスタジオ)」を実施している。その背景や柱である「ママの自律性向上」「社会の寛容性向上」のねらい、実施自治体の取組状況などを2人の市長を交え語り合ってもらった。
子育てに不可欠なのはママの「元気」
―――まず、両市長から自己紹介をお願いします。
藤田 東京の大学卒業後、結婚を機に地元に戻って塾講師を務め、市議会議員になりました。自分の子どもに障害があり、障害者支援と教育に力を入れたいと思ったのがきっかけでした。当時の加茂市は高齢者施策に重点が置かれ、子育て支援は遅れていたことから、子ども・子育て施策に注力する市にしたいと市長に立候補し、2019年に就任しました。
川田 京都の大学を卒業して京都市役所に入庁し、ケースワーカーなどに従事しました。その後、参議院議員秘書を経て2023年に市長に就任しました。日本を元気にしたいということと、弟に障害があったことから障害に寄り添う福祉を実現したいという思いが政治の世界に入った原点です。自治体職員はやりがいがあったのですが、分野横断的に課題解決に取り組むことが難しい面があったので、政治に舵を切りました。
―――続いて、久野教授からプロジェクトの背景をご説明ください。
久野 少子化対策に対し、子どもの医療費や給食費の無料化など経済的負担の軽減策に偏り過ぎではという問題意識がありました。本質的に良い子育てには、妊娠期も含め育児中のママ自身のケアを行う仕組みが必要です。しかし、日本では女性は家にいて子育てする慣習が長らく続き、ママ自身も自分を犠牲にしても子どもの面倒をみる意識が強く根づいていました。健全で楽しい子育てにはママの「元気」を支援するしくみが不可欠にもかかわらず、それが社会や当事者のママに認知されていません。現行の制度では「ママ支援」がストンと抜け落ちているのです。
そこで、直接ママをサポートし、自律性や社会の子育てに関する寛容性を向上させる「ママ支援」の必要性を行政側に伝えるのがプロジェクトのねらいの一つです。このプロジェクトでの調査では、「ママの実態」も明らかにしており、プロジェクトの必要性が裏付けられました。
内閣総理大臣を各省庁より上の立場で補佐する「総合科学技術・イノベーション会議」が自ら予算配分して国家的課題にトップダウンで対応する。基礎研究から実用化、事業化までに至ることが条件で、概ね5年間の事業期間となる。第3期は2023年4月開始、14課題が設定されている。本プロジェクトは課題③「包摂的コミュニティプラットフォームの構築」にあたり「子育て世代の健幸革新」のほか、女性の痩せの問題に関連する「新しいボディイメージへの変容」、団地再生を含む「デジタルツインによるコミュニティの共進化」といった個別の研究テーマがある。
「子どもが泣くと周囲から責められている」と感じるママは6割
―――その調査で明らかになったママの実態を教えてください。
久野 まず、「子どもが泣くと周囲から責められている」と感じるママは6割おり、子育てに関する社会の寛容性の欠如が明確になりました(図1参照)。そのため外に出なくなって毎日が楽しくなくなり、うつ傾向等に陥ってしまうのではないかと懸念されます。妊産婦の孤立感もあります。結婚して人との付き合いが6割減ったとの結果で、特に初産の妊産婦にその傾向が強いことが分かりました。出産後は、4人に1人は自由な時間がまったくなく、あったとしても夜中の12時から朝までで、土日はパートナーが家にいるため、平日に比べて2倍くらい自分の時間が減ってしまうとの回答もありました。そのような状態では妊産婦や子育てママのメンタルが良好なはずはありません。しかし、65%のママが「仕方ない」「その期間は我慢する」と考えています。男性に出産や育児などの知識が乏しいため、女性が苦しんでいるケースは少なくありません。その解決に向けて、当事者とパートナーが共に妊娠等を含めた生活や健康に向き合う「プレコンセプションケア」という取り組みがあります。
また、妊娠中の運動の必要性をママの大半が認識していません。さらに、女性の世界ワーストの〝痩せ〞の問題もあります。痩せているのは筋肉がないからで、子育ては重労働ですから筋力が弱いと疲れやすくなり、メンタルも悪くなります。
これらを広く伝えるため、プロジェクトを進めています。
地方こそ子育て支援が大事
―――マムアップパーク(健幸スマイルスタジオ)(コラム❷参照)に取り組んだ背景や経緯を教えてください。
藤田 自らの子育てを振り返ると、孤立感もありました。夫はかなり育児を手伝ってくれましたが、地域には男性中心の考え方が根強く残っていて、夫が洗濯しようものなら周囲から「男がそんなことするものじゃない」と言われる感じでした。子育て支援施設はあったものの、すでに特定のコミュニティができており、入りづらい面がありました。ですから子育てママが気軽に集まれ、ワンストップで相談・交流できる場をつくりたいとの思いから取り組みました。
川田 私は、33歳で独身です。女性として仕事に全力で打ち込むことと家族をつくって子どもを産むことは、ある意味、トレードオフの関係で、仕事と家庭の両立は難しいと感じています。意思決定の場にいる者として、当事者意識を持ってそこを変えていきたいと思いました。
前市長から受け継ぐ形でSWC首長研究会(コラム❸参照)に参加し、妊産婦の孤立感や痩せ、運動・体力不足の問題などを客観的データで知ることができました。その解決に向けてマムアップパークは有効な取り組みだと感じ参加しています。
―――子育て支援を公約に掲げていますが、問題意識を教えてください。
川田 東京に住んだことがありますが、東京と地方ではライフスタイルがまったく違うと感じました。東京は晩婚傾向で子どもが少ないのに対して、八幡市では男性も20代で結婚し、子どもが3人いるといった家庭も結構見受けられる印象です。ですから、地方の自治体こそ子育て支援や少子化対策に注力し、地方のライフスタイルを維持していくことが大事だと思っています。
藤田 加茂市の課題は人口減少で、特に若い女性が流出しています。そのため、市長就任後、子育て支援に力を入れています。ただ、住民に認知されていない面があるので、広報に力を入れているところです。
内閣府SIPの研究開発テーマのひとつである「包摂的コミュニティプラットフォームの構築」の「地域住民の包摂性向上と妊婦・子育て女性のWell-being最大化に向けた社会技術の開発」=通称「『ママもまんなか』子育て支援プロジェクト」として実施中の取り組み。筑波大学の久野譜也教授が内閣府SIPプログラムディレクターを務め、現在、全国12自治体・2地域の計14地域が参加して展開している。具体的には、妊産婦と子育てママのための運動・交流・相談が一体となったプログラムを月1回90分間の対面スタジオ(オンサイト)で行うとともに、自宅で運動や全国の参加者と交流できる60分間のオンラインプログラムを月曜日~土曜日のほぼ毎日行っている。参加対象者は妊娠16週から未就学児を育児中のママで、参加費は月額550円。
「マムアップパークMOM UP PARK(by健幸スマイルスタジオ)」
URL:https://www.mamamo-mannaka.jp/momup-park/
詳しくはこちら
共通の意識を持った複数の自治体が「健幸」をまちづくりの基本に据えた政策を連携しながら実行することにより、持続可能な新しい都市モデル『Smart Wellness City』の構築を目指すという理念のもと2009年11月に発足。現在は132市区町村(2024年8月現在)が参加し、『SmartWellness City』の実現に向けて、毎年2回の研究会を定期的に開催し、国に対しても積極的な政策提言を行っている。
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子育て支援としての「ママ支援」の必要性
久野 若い女性は結婚前から健康づくりに消極的で、女性の健康指標が各ライフスパンで悪いという問題があります。妊娠・出産期から健康づくりを行えば、その後の健康な生活につながっていきます。結果的に少子化対策や人口減少対策にも寄与すると思うのですが、皆さんはどのように取り組んでいますか。
川田 手探りで子育て支援を進めてきましたが、ママの健康や子育ての負担に着目してきたかというと十分でなかったと感じています。また、支援が出産後の育児に集中しており、出産前から負担感を抱かせない支援や、子どもの成長に合わせて切れ目なく家族に寄り添って支援する必要性を改めて感じています。
藤田 プロジェクトに参加し、妊産婦や子育てママのケアへの意識が低かったと気づきました。ただ、男性の職員や議員が多いことから、妊産婦の健康づくりがなかなかテーマにならない面があります。
川田 少数派の女性議員が子育て支援を訴えても、男性議員にはなかなか響かない現実もあります。
藤田 女性特有の困り事を男性は知らないし、関心もあまりありません。ですから、意思決定の場には、男性と女性、また様々な経験をしている人が必要だと思います。
川田 時間をかけて人材育成を行う必要があると思います。八幡市では管理職になりたいという女性職員が少ないのが現状です。管理職になるとワークライフバランスが取れないからで、育児や介護の負担が女性にかかっているのが要因だと思います。
藤田 加茂市も同じ状況です。女性の課長を増やしていますが、管理職になりたくないと明言する女性職員もいます。小中学生では生徒会長などリーダーになる女性は結構多いのに、大人になるにつれて前へ出なくなる気がします。女性のリーダーが当たり前になるまで、もう少し待たないといけないのでしょうか。
久野 変化を待つだけでなく、より良い方向に変えていくことを考えなければならないでしょう。内閣府SIPは社会を変えていくため、科学技術を基盤にした社会技術を展開するプラットフォームの開発・実装がゴールです。両市長の話を聞く中で、職員や地域の意識を変えていく政策の必要性を改めて強く感じました。
マムアップパークの参加者の満足度は高い
―――プロジェクトの取組状況を教えてください。
藤田 現在、マムアップパーク(by健幸スマイルスタジオ)をオンサイトとオンラインで行っています。
久野 私としてはオンラインを成功させたいと思っています。というのは、月1回のオンサイトの運動量では体力は向上しないというエビデンスがあるからです。せめて週2回は行う必要があります。ただオンサイトを毎週行うのは、コストがかかるので難しい。ですが、オンラインは14地域が共同で行っているので、人件費を含めコストが下がります。オンラインの仕組みを確立すれば社会実装の段階において予算規模の小さな自治体でも参加しやすくなり、同じ質のサービスがどこでも受けられるようになります。マーケティング的な調査では、潜在的に約7割の女性が参加したいと思っていることが分かりました。うまく仕掛ければ行動変容を促せるので、今後、潜在層に働きかけたいと考えています。
藤田 私自身、妊娠時や出産後に運動したほうがいいという意識はありませんでした。妊娠中はお腹の赤ちゃんに何かあったらどうしようという不安があり、出産後も睡眠時間も確保できない中で運動を行う余裕はありませんでした。いまの妊産婦や育児中のママの状況も同じだと思います。意識的に時間をつくらなければ変わらないので、周りの理解も必要ですが、運動の必要性を繰り返し伝えたいと思っています。
川田 八幡市では利用者へアンケートを行ったところ、参加を決めた理由として友達や知り合いの口コミの影響が大きいことが分かりました。また、オンラインも好評です。オンサイトだと既に参加しているママの仲間に入るのに気後れしてしまう場合がありますが、オンラインは自宅からアクセスできるので始めやすかったというのです。一方、オンサイトは赤ちゃんを連れてきてもスタッフが世話をしてくれるので、自分のプログラムに集中でき、一時的ですが育児から離れて、自分の身体と向き合えます。オンサイト、オンラインのどちらも有意義だと思います。
久野 参加者を調査したところ、かなり満足しており(図2参照)、提供しているプログラムの質は高いと考えています。課題は予想より参加者が増えないことで、参加促進に注力したいと考えています。【後編に続く】
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