政策事例研究 vol.4 - フューチャー・デザイン

NEWキャリア

2024.09.09

★本記事のポイント★
1 フューチャー・デザインとは、将来世代は現在の政策決定に意思を反映できないという問題意識に⽴ち、現世代が将来可能性(将来世代の利益のための思考・⾏動)を発揮できる社会の仕組みをデザインすること。その有⼒な⼿法の⼀つが「仮想将来世代」という役割の設定。 2 仮想将来世代には、将来の視点から現在を考えるという思考法であるバックキャスティングが見られる。 3 世代間格差を解消するには財政赤字の削減、少子化対策、財政・社会保障制度における受益・負担構造の見直しなどが必要だが、見直しには世代間の対立になることもある。このような世代間の対立を解決する方法を考察する。

 今回は、将来世代の視点を取り入れて、持続可能な社会の仕組みをデザインするフューチャー・デザインについて考察したいと思います。

 

1.フューチャー・デザイン

 フューチャー・デザインとは、将来世代は現在の政策決定に意思を反映できないという問題意識に⽴ち、現世代が将来可能性(将来世代の利益のための思考・⾏動)を発揮できる社会の仕組みをデザインすることをいいます。その有⼒な⼿法の⼀つが「仮想将来世代」という役割の設定で、現世代と仮想将来世代が交渉や合意形成を⾏い、世代間利害対⽴の解消や利害調整を進めることで、将来世代の利益も踏まえた意思決定を⾏うことになります
 このようなフューチャー・デザインの手法が用いられるのは、気候変動や資源エネルギー問題、技術革新など、SDGsに関わる目標やテーマなど世代をまたぐ長期課題に対処し持続可能な社会を導くには、現世代と将来世代の利害対立を乗り越え、将来世代の利益も考慮した意思決定や行動を生み出す社会の仕組みが必要とされるからです
 実際、岩⼿県⽮⼱町では⽔道施設の更新に伴う⽔道料⾦の値上げに関して、当初、住⺠は反対していましたが、将来世代を代弁し、現世代との交渉や意思決定に臨む役割を担う仮想将来世代を創出し、将来世代の利益も踏まえた議論をした結果、住民も⽔道料⾦の値上げに賛成したそうです
 なお、仮想将来世代には、将来の視点から現在を考えるという思考法であるバックキャスティングが見られたそうです。バックキャスティングが問題解決において有効な手法だと考えられるのは、①普段では気付かない選択肢を発見できる、②二項対立の構図でも乗り越えるシナリオを描ける、③多様なパートナーシップが展開でき、大きな変革を生み出せるという特徴を有しているからだとされます

 

2.社会保障について世代間格差の是正

 我が国では、急速な人口減少・高齢化が進む中、巨額の政府債務を抱えており、大きな世代間格差が存在しているとされています。
 そして、世代間格差を発生させる大きな要因として、①巨額の政府債務の存在、②人口の減少・高齢化、③財政・社会保障制度をあげています。
 つまり、①財政赤字は、将来世代へ負担を転嫁(課税の将来への先送り)することになるという意味で世代間格差を生じさせる要因となる、②人口減少は将来世代の人口規模の縮小を意味し、将来世代1人当たりの負担を重くする要因となる、③現在の税・財政構造、そして実質的な賦課方式財政となっている社会保障制度のもとでは、年齢間の受益・負担構造には偏りがみられ、若年・現役世代から高齢世代への大きな所得移転が生じているだけでなく、将来世代へと負担を先送りする構造となっており、世代間格差の要因となるということです。
 そうすると、世代間格差を解消するには財政赤字の削減、少子化対策、財政・社会保障制度における受益・負担構造の見直しなどが必要となります
 いずれの解決策も、簡単にできるものではありませんし、解決策を講じようとすると、次の論述のように世代間の対立になることもあるでしょう。このような世代間の対立を解決する方法を検討しましょう。

 少子化、高齢化の進行が今後も継続する日本にあって、グローバル化時代に対応し、持続可能な全世代型社会保障を構築するには、①財政赤字を止め、②現在世代の負担の範囲内で、世代間でアンバランスな政府財政・社会保障の受益負担の構造改革を行った上で、③それでも不足する現役世代への給付財源については増税で賄うのが正しい処方箋である。つまり、現在世代内の格差については、社会保障給付の組み替えにより負担と給付の年齢別のアンバランスを解消することで対応し、将来世代への責任に関しては消費増税で果たすべきなのである。
 しかし、こうした正しい処方箋を完全に実行しようと思えば、どうしても世代間の対立を避けて通ることはできない

 <考察>
 同書は、「少子化、高齢化の進行により中位投票者が高齢化し、高齢有権者の政治的プレゼンスを強めることになるので、高齢者に有利な政策が採用されるもしくは不利な政策が採用されないシルバー優遇政治を生むことになる・・・少子化、高齢化、経済の低迷が続く中で、シルバー優遇はやはり問題である。なぜなら、高齢世代は、負担よりも受益を優先しがちとなる。その結果、シルバー優遇政治の存在が、シルバー優遇政策の是正ではなく既得権の維持,強化を惹起し、後に続く世代ほど、より大きな財政・社会保障制度の持続不可能性リスクに直面することとなるからだ」としています
 このように、現在の高齢世代が現時点の利益のみを考え、政治がそれを忖度するなら、世代間格差は是正できないでしょう。やはり、フューチャー・デザインのように、現世代と仮想将来世代が交渉や合意形成を⾏い、世代間利害対⽴の解消や利害調整を進めることで、将来世代の利益も踏まえた意思決定を⾏うことが必要となるでしょう。この点について、「優先すべきは現在、自分たちが何を享受できるかではなく、将来世代に何を遺せるかではないか。コロナ後においては未来に立った視点での政策判断が必要だろう。政策決定の過程の中に将来世代の利益を代弁する仕組みがあってよい。たとえば、独立財政機関の設置、あるいは、フューチャー・デザインの手法による将来世代代表を議会などの場に参加させることを真剣に検討する時期だ」とする論述は、注目すべきでしょう。
 前述のバックキャスティングの特徴としてあげた②二項対立の構図でも乗り越えるシナリオを描けることについて、バックキャスティングでは、未来についての情報を収集・整理し、そうした情報をもとに理想の未来を描くので、現時点において乗り越えられない、二項対立のような概念があった場合でも、融合できるシナリオを描けば、可能性を見いだすことができるとしていますが、世代間対立を解決する方法は、フューチャー・デザインやバックキャスティングの思考を採る中で見出すことができるのでしょうか。おそらく自分たちの子孫が低年金、重税等で苦しむ姿を見たくないでしょうから、上記の論述にある「正しい処方箋」の現世代に対する説得力も増すのではないでしょうか。

 

1 2022年11⽉14⽇ 財政制度等審議会資料。
詳細は、高知工科大学フューチャー・デザイン研究所HP参照。
http://www.souken.kochi-tech.ac.jp/seido/practice/information/
2 原圭史郎「フューチャー・デザイン : 将来世代に持続可能な社会を引き継ぐための仕組みのデザインと社会実践」https://sdgs.osaka-u.ac.jp/research/3720.html 3 吉岡律司「矢巾町におけるフューチャーデザイン」『学術の動向 2018.6』参照。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/23/6/23_6_10/_pdf/-char/ja 4 小峰達夫「フューチャーデザインの実践」参照。
https://chikouken.org/report/report_cat01/13671/
バックキャスティングの詳細については、平本督太郎「バックキャスティングとは メリットや注意点、フレームワークを解説」参照。
https://www.asahi.com/sdgs/article/14961761
5 熊沢由美・佐藤康仁編著『格差社会論(第3版)』(同文館出版、2023年)58頁、62頁以下、77頁参照。 6 島澤諭『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社、2017年)24頁。 7 同書84頁。 8 小林慶一郎・佐藤主光『ポストコロナの政策構想』(日本経済新聞出版、2021年)338頁以下。

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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