「新・地方自治のミライ」 第10回 特定秘密保護と自治体のミライ

時事ニュース

2022.12.21

本記事は、月刊『ガバナンス』2014年1月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

「選挙独裁」状態の政局

 2013年12月6日に特定秘密保護法が成立した。同法案は、政府提出法案にせよ、与党と一部野党の修正合意した修正案にせよ、曖昧な規定が多くみられるゆえに、また、担当大臣の答弁が要領を得ないために、加えて、与党第一党幹事長が「テロ」や「秘密」概念を理解できていないがゆえに、国民の知る権利や報道の自由などの観点から、恣意的な拡大解釈による運用が懸念されたところである。

 しかしながら、12年12月の総選挙および13年7月の参院選挙で、自民党・公明党が大勝したため、イギリス流の「選挙独裁」という「決める政治」が貫徹された。1990年代半ば以来の「政治改革運動」は、国民の多様な利害調整に拘束されていた、超包括政党である自民党の自縄自縛状態を回避することが目的であったために、その悲願が実現したと言えよう。

 しかも、野党勢力が分断しているうえに、みんなの党、日本維新の会が、第2次安倍政権の「補完勢力」となって、それぞれが競争的に擦り寄る「修正交渉」や国会対応をしたため、イギリス流の対決討論的な国会審議もなされなかった。しかも、そのような擦り寄り行為は、公明党による自民党に対するブレーキ機能を麻痺させた。自公与党内での調整で公明党が強く主張する場合には、自民党は「補完勢力」である、みんなの党または日本維新の会と多数派形成ができるために、公明党の存在意義はほとんど消滅した。

 以上のような、第2次安倍政権における自民党一党「選挙独裁」状態の政局を反映して、同法は成立したのである。政局は政権への《集権》を加速化している。特定秘密保護法は、自治体には直接に関わりが多くはないようにも見えるが、政権への《集権》化によって、他の多くの当事者の自律性・自主性が阻害される状況は共通のものがある。そこで、今回は、同法の地方自治に与える含意について検討してみたい。

自治体に不可避的に関係する安全保障

 同法は「安全保障に関する情報」(第1条)に関するものであるので、自治体が安全保障に全く無縁であるならば、自治体の任務としては取り立てて危惧することは必要ないだろう。また、国民保護行政のように、明示的に安全保障に関わりそうなものもあるが、これも例外状況として、自治体職員の「想定外」に押し出すこともできよう。

 同法で明示的に特定秘密を取り扱うことが想定されているのは、自治体職員の場合には警察職員だけである。ところが、都道府県警察は、形式的には自治体の組織ではあっても、実質的には国家公務員の地方警務官と、特有の人事管理を別世界でなされている警察官からなり、知事と都道府県議会の民主的統制の及ぶ実質的な自治体とは考えられていない。実態は「準国家警察」(特に、公安警備警察)なのであって、同法は直接には実質的意味の自治体には及ばないようにも見える。

 しかし、同法で「安全保障に関する」と想定されている範囲は幅広い。自治体にとってその立地が極めて重要な意味を持つ防衛施設(別表一ヌ)などは含まれている。それ以外にも、外交、特定有害活動、テロリズム防止などに関して、「収集した国民の生命及び身体の保護に関する重要な情報」(別表二ハ、三ロ、四ロ)などを含む。特定有害活動とは、「公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与える恐れがあるものを取得するための活動」などであり(第12条①1号)、簡単に言えば、国の関係者から新たな情報を得ようとする自治体職員の活動のすべてを含みうる。テロとは、およそ、人間活動が存在するところ全てに在りうるわけであり、ごみ箱から箱ものや公共公益設備など、自治体行政において遍く存在し得るものである。これらの領域は、自治体の業務と密接にかかわることは避けられない。

情報渇望と自治体職員

 国・地方融合的な日本の行政体制において、自治体の業務は、国との密接な情報交換のもとに、幅広い政策分野において展開される。自治体にとって、国からの情報取得は生命線である。ところが、特定秘密は、国の「行政機関の長」などが一方的に指定する(第3条)。そして、国の特定秘密の取扱者には厳罰が課される。したがって、国の職員に情報提供や説明を自治体職員が求めても、「特定秘密」を楯に、情報取得は困難となるであろう。

 現に、それが本当に特定秘密であるか否かは、自治体職員としては判別がつかないし、そもそも、本当に特定秘密であったとしても、行政機関の長によるそのような特定秘密の指定自体が、妥当なのかどうかも分からない。こうして、自治体職員は情報渇望の状態に置かれるだろう。ウェーバーが言うごとく、秘密は官僚制の権力の源泉なのである。情報という水分を失って干乾びたミイラとなった自治体職員は、どのように行動するであろうか。

 第1は、何とかして国の職員から情報を得ようとして、あの手この手で努力することである。通常の手法では情報が得られない以上、手練手管を工夫するしかない。そのような情報収集活動の成功裏において、自治体職員に待っているのは、「特定秘密を保有する者の管理を害する行為により特定秘密を取得した者」(第24条①)として、未遂(第24条②)、共謀・教唆・煽動(第25条①)した者としての厳罰である。自治体職員は無理をせざるを得ない。しかし、有能な自治体職員は、罪を着せらせる恐れがあるから、国との折衝には当たれない。

 第2は、国から情報を恩恵として受けるために、自治体として国に対して様々な配慮をすることになる。国の政策意向に異を唱えるような自治体には情報が来ないので、自治体は潜在的に競争関係に置かれる。こうして、自治体は国に擦り寄るしかない。自治体職員は、住民の福祉の推進を放棄して、無能になるしかないのである。

 第3は、「特定秘密」と称する情報の提供を受ける代償に、適性評価(第12条)を経たような人間であることを求められることである(注1)。いわば、国の特定秘密取扱者と称する国の職員と、「特定秘密」を共有する「仲間」に加わることを要求される。いわゆる、「ここだけの話」として情報提供を受けるわけである。こうして、自治体職員は、自治体のために情報収集を行っていたはずが、「特定秘密」と称する情報の提供を受けることで、その入手した情報を自治体の施策に使うことができず、「知りすぎた者」として沈黙を余儀なくされる。自治体職員は無口になるしかない。ミイラ取りがミイラになってしまうのである。

(注1)真に特定秘密を取得するには、自治体が外郭団体として「適合事業者」を設立して、行政機関の長と契約を結ばなければならない(第5条➃)。

 第4は、国の職員から提供される情報を、有難く頂戴するしかなくなる。その情報は、自治体に提供された以上、もちろん特定秘密ではあり得ないのであるが、他に情報がなく不足しているので、それに従って行動するしかない。自治体側には、このような「大本営発表」に対抗する情報源は存在しない。そのため、国との政策的交渉において自治体は、圧倒的に不利な状態に置かれるであろう。自治体職員は無力になるしかない。

自律性・自主性の弱体化

 このように、特定秘密保護法のもとでは、自治体職員は国との関係において、無理、無能、無口、無力を余儀なくされることになる。もちろん、法の施行によって、直ちに自治体に悪影響が生じるわけではない。しかし、徐々に「特定秘密」と称する情報の保護の圧力のもとに、自律性と自主性を弱めていくことになろう。自治体は徐々に情報の枯渇に追い込まれ、あるいは、国から提供される国にとって「不都合な真実」ではない情報のみに依拠せざるを得なくなるだろう。同法は、自治体のミライにも、大きな影響をもたらしかねないのである。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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