自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[60]一緒に助かるために「津波てんでんこ」
地方自治
2022.02.09
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2021年3月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
津波てんでんこ
東日本大震災では、迅速な津波避難の重要性が認識されたことから、三陸地方に伝わる「津波てんでんこ」(あるいは「命てんでんこ」。以下、「てんでんこ」という)という用語が改めて注目された。
京都大学防災研究所の矢守克也教授は通説となっている第1の意味─自助原則の強調(「自分の命は自分で守る」)を含めて「てんでんこ」には少なくとも四つの意味・機能があると論じている(注1)。要約すると以下のようになる。
注1 出典:矢守克也「『津波てんでんこ』の4つの意味」自然災害科学J.JSNDS31-135-46(2012), pp.35-43。
第1の自助原則の強調は、この言葉が世間に流布するきっかけをつくった津波研究家・山下文男氏によれば「薄情なようではあっても、親でも子でも兄弟でも、人のことなどはかまわずに、てんでんばらばらに、分、秒を争うようにして素早く、しかも急いで速く逃げなさい。これが一人でも多くの人が津波から身を守り、犠牲者を少なくする方法です」(山下、2008年=注2)となる。しかし、自助原則だけが犠牲者を少なくするとなると、「てんでんこ」に避難することが困難な高齢者や障がい者はどうするのかという問題が残る。
注2 山下文男『津波てんでんこ』新日本出版社、 2008年。
第2の意味は他者避難の促進(「我がためのみにあらず」)である。「てんでんこ」が避難する当人だけでなく、同調性バイアスにより他者の避難行動をも促すきっかけになる。すなわち「率先避難者」である。
第3の意味は、相互信頼の事前醸成である。実際の避難時に「てんでんこ」が有効に機能するためには、ある重要な前提条件が事前に満たされている必要がある。それは、「てんでんこ」しようとする当人にとって大切な他者当人がもっとも助かってほしいと願っている人(人たち)もまた、確実に「てんでんこ」するだろうという信頼である。
第4は、生存者の自責感の低減(亡くなった人からのメッセージ)である。大津波で大切な人を失いながら、自らは生き延びた場合、生き残った者は大切な他者を救えなかったという自責の念をもつ。その時、「てんでんこだもの。しょうがないよ」と自責の念を軽減する作用をもつのだ。さらには、「もっとなすべきことがあったはず」という自罰的な感情から集落を解放し、みなが一致協力してコミュニティの再起を期して、新しい生活と集落をつくりあげていくための態勢を整えるための知恵としても「てんでんこ」は機能してきた。
支援者の被災状況
東日本大震災により死亡又は行方不明となった消防団員は254人(平成24(2012)年3月11日、消防庁)、公務災害の認定を受けた消防団員は198人になる。殉職した消防団員のうち、震災後の捜索活動等に伴う疾病により死亡した消防団員1人を除く197人の被災時における活動状況を見ると、「避難誘導」が最も多く118人(59.9%)、次いで「出動途上」が32人(16.2%)、「避難等」が25人(12.7%)となっている。なお、被災時に水門閉鎖に当たっていた者は3人であるが、被災時の直前に「水門閉鎖」又は「水門状況確認」に当たっていた人を合わせると、59人(29.9%)が水門閉鎖等に関係していたと見られている。
消防団員以外にも、自治体職員288人(地方公務員災害補償基金、2019年2月)、民生委員56人、福祉施設職員86人(2011年12月13日、河北新報社)が亡くなった。
この支援者たちは、「てんでんこ」の第1の意味「自分の命は自分で守る」が役割上、できなかった。自分だけでは避難できない高齢者や障がい者をどう守るかが決まらないと、支援者は自らの避難か、高齢者等の避難支援か、どちらを優先するかに葛藤し、場合によっては命を落とすことなる。
一緒に助かるために
2018年3月、NHKの東日本大震災アーカイブズ「教訓を生かす」で、「一緒に助かるために」というコーナーを監修させていただいた(注3)。
注3 https://www9.nhk.or.jp/archives/311shogen/tasukaru/
「てんでんこ」を超えて高齢者、障がい者も支援者も一緒に助かるためには、どうしたら良いのだろうか。「助かるために」「助けるために」「福祉施設では」の三つに分けて、震災を経験されたみなさまの動画とともに解説させていただいた。昔と違って、今は科学が私たちの力になってくれる。もちろん、科学を過信してもいけないが、少なくとも逃げるタイミング、逃げ方、逃げ先の大きなヒントを与えてくれる。
助かるために
高齢者や障がい者が「自ら助かる」ために、何をするか。「遠慮しないで、手を貸してもらうことが一番だと思う」。「誰かがやってくれるだろう、ではいけない。当事者から発信していかないと」と証言している。
これは「受援力」の重要性を示している。「助けてください」「手伝ってください」、と言うのは勇気が必要だ。この援助を求める力を「受援力」と言う。「助けてください」と言われれば、多くの人はできる限りの支援をしようとする。自力で避難することが難しい人は、できるだけ平常時から「受援力」を発揮し、「助けてください」と声をかけるのが大切だ。
助けるために
消防団員や民生委員、町内会の役員など、人を助けたいという善意や使命感と、自分自身の安全をいかに考えるか。
「やみくもに助けに行くと、二次災害で逆に迷惑をかけてしまう」。「何かあったら、おばあさんのところに行くのだという話が常にあった」と証言している。
自力で避難することが難しい高齢者、障がい者は、必ず誰かの助けが必要になる。当事者と支援者が話し合ったり、訓練をしたりすることで、本人が避難支援を拒否せず、支援者に協力するように意識付けを行う。
そして、支援者は絶対に命を落としてはならない。しかし、支援者は津波が到達するぎりぎりまで、できるだけ助けようと行動する。このため、現場にいる支援者だけの判断に任せては危ない。津波の高さ、予想到達時間などを事前に学習し、安全に支援活動ができる時間を把握しておくことが大事だ。
津波の時、避難に車を使わないのが原則だが、高齢者、障がい者で足の不自由な方は、車で避難したほうが良い場合もある。地域で話し合って、車での避難が必要な人と一緒ならば車の使用を認める一方、車でなくても十分に避難が間に合う人は車で避難しないなどのルールを決めておく。
福祉施設では
高齢者、障がい者を安全に避難させるために、また、避難後も食料や医薬品などが不足するなかで命をつないでいくために、何が必要だろうか。「有事の時に、認知症の利用者がどういう行動に出るのかある程度シミュレーションして、想定外を想定内に」。「地域の方たちの力をたくさんお借りすることで、改善されることがたくさんある」という証言があった。
福祉施設は定期的な避難訓練をしているが、本番で役立つ訓練だろうか。たとえば、寝たきりの人を運ぶストレッチャー付きの車両の定員は1人。安全な避難場所まで、車両は何回、往復するか、その時間を見込んで訓練をしているだろうか。停電でエレベーターが止まっているときに、車いすの人を2階から1階に降ろすにはどうするか。過去の災害で現実に起こったことを教訓に、避難訓練をすることが大切だ。
職員の少ない夜間などは、さらに避難が大変になる。日頃から、近所の方々と一緒になって避難計画の作成、訓練、見直しを重ねることで、顔と心がつながり、安全な避難にも役立つ。
訓練では、避難が終わった後は、施設に戻って通常の福祉支援ができる。しかし、実際の災害では施設に戻ることができない。そのとき、避難した場所で、排泄、薬、水分補給、食事、温度管理、衛生管理、寝具……など、福祉サービスを継続できるように準備をしておく必要がある。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。