感染症リスクと労務対応

弁護士法人淀屋橋・山上合同

【労務】感染症リスクと労務対応 第28回 ウイルス等感染症による業績の悪化による人員削減の可否について

キャリア

2020.06.29

新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)

ウイルス等感染症による業績の悪化による人員削減の可否について

(弁護士 高 芝元)

【Q28】

 ウイルス等感染症による業績の悪化により、人員削減を行いたいのですが、実施上の留意点を教えてください。

【A】

 業績悪化の一事をもって人員削減が正当化されることはありません。かかる意味でも、使用者の一方的な意思表示による労働契約の解約である「解雇」は、最終手段と考えるべきです。以下、詳しく解説します。

人員削減のためとりうる手段

 まず、そもそも労働契約は、各従業員が労働力を提供して賃金を得ることで生活を維持する基本的な社会生活を享受する根源であるという性質、さらには労使間の交渉力格差による人権侵害の危険性から、極めて強い労働者保護の要請を受けることに留意しなければなりません。
 したがって、業績悪化の一事をもって人員削減が正当化されることはありません。
 かかる意味でも、使用者の一方的な意思表示による労働契約の解約である「解雇」は、最終手段と考えるべきであり、本来的には、労使双方の合意による契約の解消、すなわち合意解約をめざして人員削減を図るのが実務的な方策となります。
 そう考えると、何らの補償なく契約解消を合意することは通常考えられませんので、そもそも労働契約の終了は、コストがかかるものであるとの認識をもつ必要があります。
 以下では、まず業績悪化時の解雇、すなわち「整理解雇」について、いかにハードルが高いかを言及し、それを回避する方策について検討します。

ウイルス等感染症による業績の悪化に基づく整理解雇

(1) 解雇権濫用法理
 長期雇用慣行が一般的な日本における解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とされます(解雇権濫用法理。労契16条)。
 「整理解雇」とは、労働者の責に帰すべき理由によらない解雇であるため、解雇を有効に行うハードルは非常に高いことは先述のとおりです。具体的には、企業が経営上必要とされる人員削減のために行う解雇であり、最高裁判例まではありませんが、多くの下級審裁判例によると、その判断においては、①人員削減の必要性、②人員削減の手段として解雇回避努力義務の履行、③被解雇者選定の妥当性、④手続の妥当性の4つの要素を総合的に考慮して判断されることになっています。

(2) 整理解雇の4要素の検討
(A) 人員削減の必要性((1)①)
 人員削減措置の実施が、企業経営の十分な必要性に基づいていること、ないしは企業の合理的な運営上やむを得ない措置と認められなければなりません。
 ウイルス等感染症の影響による業績悪化の程度が、人員削減によって達成されなければならない程度に達しているといえない場合(他の経費削減によって達成できる場合)には、人員削減の必要性は否定されるでしょう。
 過去の裁判例では、人員削減の必要性を裏付ける財務諸表等の客観的資料を使用者が提出していない場合(東京地判平成18・1・13判時1935号168頁〔コマキ事件〕))や、整理解雇を行いつつ新規採用をするといった矛盾した行動を使用者がとっていた場合(大阪地判平成13・7・27労判815号84頁〔オクト事件〕)などに、人員削減の必要性が否定されています。

(B) 人員削減手段として整理解雇を選択することの必要性((1)②)
 使用者は、整理解雇を行う前に、残業の削減、新規採用の手控え、余剰人員の配転・出向・転籍、非正規労働者の雇止め・解雇、一時休業、希望退職者などの募集、役員報酬の削減などの手段をとって、解雇を回避する真摯な努力を行う信義則上の義務(解雇回避義務)を負います。もっとも、これらの措置のうち、いずれを行うべきかは個々の事案によって異なり得るものであり、解雇回避努力の内容を画一的に定めることはできません。当該企業において、可能な限りの措置をとって解雇を回避するよう努力を尽くしたか否かがポイントとなります。
 たとえば、余剰人員の配転・出向・転籍の範囲について、労働契約上職種や勤務地が限定された労働者に対しても、労働契約上の限定範囲を超えた配転や出向を提案することを含めた、できる限りの努力が求められるとの考えもあります。当該提案をした労働者に断られ、その後解雇(整理解雇)した場合には、使用者による当該提案は、解雇回避努力の一として考慮されます。
 また、ウイルス等感染症の影響により、各助成金制度の要件が緩和され、会社が支払った休業手当の一部の助成が容易となる可能性が高く、整理解雇前に労働者を休業させて休業手当を支払うなどの措置をとっていない場合にも、解雇回避義務を尽くしていないと判断される可能性があります。

(C) 被解雇者選定の妥当性((1)③)
 解雇回避義務を尽くしてもなお余剰人員が存在する場合、使用者においては、その数を画定し、合理的な人選基準を定めたうえで、その基準を公正に適用して被解雇者を決定することが求められます。
 どのような基準を設定するかについては、基本的に使用者の決定に委ねられるところ、違法な差別にあたるような基準や「適格性の有無」(東京地判平成13・12・19労判817号5頁〔労働大学事件〕)や「将来の活用可能性」(東京地判平成15・7・10労判862号66頁〔ジャパンエナジー事件〕)など抽象的で客観性を欠く基準によることは許されないと考えられています。

(D) 手続の妥当性((1)④)
 使用者は、労働組合または労働者に対して整理解雇の必要性とその時期・規模・方法につき納得を得るために説明を行い、さらにそれらの者と誠意をもって協議すべき信義則上の義務を負い、同義務を果たす必要があります。
 過去の裁判例(前掲東京地判平成15・7・10〔ジャパンエナジー事件〕)では、労働組合と協議しその合意を得ていたものの、被解雇者となる可能性の高い組合員から意見を聴くなどの手続をとっていなかったため、手続の妥当性が否定されています。

(3) 解雇に伴う主な事務手続
 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少なくとも30日前にその予告をしなければならず、30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金の支払義務を負います(労基20条第1項)。
 なお、「天変地異その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合」には同義務を免れることとなりますが、ウイルス等感染症による業績が悪化したとしても、事業継続が不可能といえるような場合でなければ、解雇予告手当の支払義務を免れる可能性は極めて低いでしょう。

現実的な対応策

 以上のような整理解雇の有効性判断は、総合考慮であるがゆえ、予測可能性が低く、最終的に裁判所の判断によらないとその適否は明確にはなりません。確かに、整理解雇の一方的な実施により、コストなくして労働契約を終了できますが、仮に紛争になった場合には長期化し費用も手間もかかるとともに、敗訴するとバックペイ(解雇時から判決までの賃金相当額の支払い)を余儀なくされるなど、結果としてかえってコスト増になる可能性があります。
 そこで、整理解雇を最終手段としつつ、解雇回避のために上乗せ退職金等の支払いを前提に合意退職による解決が図れないかを検討することが現実的です。
 まず、一般的には、業績悪化を理由とする退職勧奨も並行して行うことになりますが、あくまで自由意思を前提とした退職合意の誘引であり、退職強要に至る言動は避けなければなりません。
 この際には、業績の悪化状況を詳細に説明するとともに、会社としていかに解雇回避のための施策を尽くしたか、という点も合意のための重要な判断材料となります。
 また、最も重要なのは、当面の生活資金となりうる上乗せ退職金(解決金)ですが、金額水準は、会社の規模や財務状況等によってさまざまです。この点、業績悪化が理由になるわけですから、多額の資金を準備できることは少なく、特定受給資格者としての失業保険の早期受給や転職支援等とセットにして、できる限り従業員の不安を払拭することが大切でしょう。会社に早期退職優遇制度や希望退職募集制度があれば、それらの要件効果等を参考にして対応することも考えられます。
 新型コロナウイルス感染症のときは、政府から雇用維持のための助成金制度が実施されるなどして、事業主はできる限りの雇用維持に努めるよう要請されましたが、それでも整理解雇の4要素について、解雇が有効となるような事情があるのであれば、それを従業員に丁寧に説明することで可能な限り解雇を回避し、合意退職による解決ができる可能性が高くなります。最終手段となる整理解雇の予測可能性も従業員側に大きくなり、結果として紛争を回避できます。専門家とも十分に協議しながら、事業継続のための最善策をとることが求められます。

アンケート

この記事をシェアする

  • Facebook
  • LINE

期間限定の納税猶予や消費税免税など、申請・申告方法や記載例&具体例を図解して緊急発刊!

お役立ち

新型コロナウイルス対応の税制特例法 すぐわかる申請・申告手続

2020年6月 発売

本書のご購入はコチラ

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

関連記事

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

弁護士法人淀屋橋・山上合同

弁護士法人淀屋橋・山上合同

弁護士法人

弁護士法人淀屋橋・山上合同は、あらゆる分野の法律問題について、迅速・良質・親切な法的サービスを提供している法律事務所。2020年3月現在64名の弁護士が所属。連載を担当したメンバーは、主に企業側に立って、雇用や労働紛争に係る相談対応、法的助言から裁判手続、労働委員会における各種手続の代理人活動等を行っている。

閉じる