寺本英仁の地域の“逸材”を探して

寺本英仁

寺本英仁の地域の“逸材”を探して 第19回|人と自然の声に耳を傾ける 農薬・化学肥料不使用の農園【「ベジタブルストーリー」(栃木県塩谷町)】

地方自治

2026.10.01

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出典書籍:月刊『ガバナンス』2026年10月号  【WEB限定連載】

◆虫を大事にする農家

「野菜は生物なので、うちでは『つくる』という表現は使わないようにしています」。

 そう話す鈴木雄太さんの畑には、野菜だけでなくさまざまな生き物がいる。今回は、栃木県塩谷町で農園「ベジタブルストーリー」を営む鈴木さんをご紹介しよう。


鈴木雄太さんの写真
塩谷町で「ベジタブルストーリー」を営む、鈴木雄太さん。


 鈴木さんは東京・調布で育ち、宇都宮大学農学部、農業法人、地域おこし協力隊を経て、その間の2024年に就農した。露地35アール、ハウス10アールで、農薬や化学肥料を使わず、年間約60種類の野菜を育てている。

「ほかの農家がやっていなくて、自分がやっていること」をたずねると、返ってきたのは「虫を大事にすること」という意外な答えだった。農家にとって虫は、作物を食べる厄介な存在でもある。だが鈴木さんは、畑にいる虫も含めて、生き物に目を向けている。


野菜の写真

野菜の写真

野菜の写真
約60種類の野菜を、種から、農薬化学肥料不使用で栽培している。

 その思いは子どものころから変わらない。親戚の農家でザリガニをとり、「農家になれば毎日ザリガニがとれる」と思ったという。自分の手で最初につくったものも、畑ではなく庭の池だった。「健康な野菜を届けたい」という使命感から農業を始めたわけではない。「ただ、生き物が好きだった」。この飾らない言葉に、鈴木さんの農業の原点がある。

 もちろん、理想だけで農業は続かない。12月に納品する予定だったビーツが十分に育たず、収穫できたのは翌年3月。飲食店からは「虫が多い」「ニンジンが硬い」と指摘され、虫を理由に取引が終わったこともある。育てる側の思いと、料理に使う側が求める品質。その間にある距離を、鈴木さんは失敗を通じて知った。

 その経験から、種をまく時期をずらし、出荷前には虫を丁寧に洗い落とすようになった。野菜の状態を説明し、無理な納品はしない。自然にあわせながらも、買い手への責任は果たす。鈴木さんは失敗を隠さず、1つずつ自分の農業に変えてきた。

◆地域で紡がれる、新たなストーリー

 現在は、公式LINEで注文を受けている野菜セットの個人宅配に加え、飲食店、地元の直売所、焼き芋店、イベントなどにも届けている。年間約60品目という多品種栽培は、効率だけを考えれば簡単ではない。しかし、季節ごとに異なる野菜を届けられることは、消費者との関係を一年中つなぐ力になる。

 鈴木さんは、ホウレンソウやナスは得意だが、ジャガイモは苦手だと笑う。農業体験やイベントは好きな一方で、時間のかかる草取りや草刈りには誰かの力を借りたいとも話す。得意なことも苦手なことも率直に語れるのは、自分がどんな農業を続けたいのかを考えているからだろう。

 これからは品目とイベントを絞り、農作業にあてる時間を増やしたいという。魚の養殖と野菜の水耕栽培を組みあわせる「アクアポニックス」にも関心を寄せている。生き物への好奇心から始まった鈴木さんにとって、魚と野菜が関わりあう仕組みを探ることも、自然な歩みなのだと思う。


農業体験の写真
「ベジタブルストーリー」では農業体験も実施。

直売所の野菜の写真
直売所等を通じて、新鮮な野菜を地域に届けている。

 地域おこし協力隊を経て独立した人が地域に根を張り、事業を続けていくには何が必要か。任期中の活動実績だけで、その答えは出ない。農地や販路、繁忙期の人手、困ったときに相談できる相手。独立後の日々を支えるつながりがあってこそ、挑戦を重ねられる。たとえば農業体験にきた人が、次は野菜を買い、いつか畑を手伝う。そんな関係が育つ余地が、地域にはある。

 地域の逸材とは、最初から何でもできる人ではない。自分の「好き」をもち、失敗から学び、地域の中で試行錯誤を続けられる人だと思う。自治体に求められるのは、その人を制度に当てはめることより、挑戦を続けられる環境を整えることではないだろうか。

 虫にも目を向け、野菜を買う人の声にも耳を傾ける。鈴木さんの畑では、そうした日々の積み重ねから、ベジタブルストーリーという名のとおり、新しい物語が育っている。

●「ベジタブルストーリー」
公式LINE:
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寺本英仁氏の写真

著者プロフィール 寺本英仁(てらもと・えいじ)
㈱Local Governance代表取締役

1971年島根県生まれ。東京農業大学卒業後、石見町役場(現邑南町)に入庁。「A級グルメ」の仕掛け人として、ネットショップ、イタリアンレストラン、食の学校、耕すシェフの研修制度を手掛ける。NHK「プロフェショナル仕事の流儀」で紹介される。著書に『ビレッジプライド~「0円起業」の町をつくった公務員の物語』、藻谷浩介氏との対談本『東京脱出論』など。22年3月末で役場を退職し、㈱Local Governance 代表取締役に就任。海と食を旅する地方創生プロデューサーとして活動中。

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㈱Local Governance代表取締役/ちよだ地方連携ネットワーク地方連携特命官。1971年島根県生まれ。東京農業大学卒業後、石見町役場(現邑南町)に入庁。「A級グルメ」の仕掛け人として、ネットショップ、イタリアンレストラン、食の学校、耕すシェフの研修制度を手掛ける。NHK「プロフェショナル仕事の流儀」で紹介される。著書に『ビレッジプライド~「0円起業」の町をつくった公務員の物語』、藻谷浩介氏との対談本『東京脱出論』など。22年3月末で役場を退職し、㈱Local Governance 代表取締役に就任。

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