
自治・地域のミライ
自治・地域のミライ|頑張る人が報われて、すべての人にとってウェルビーイングなまちづくりを進める 大阪府和泉市長 辻󠄀 宏康
NEW地方自治
2026.07.29
出典書籍:月刊『ガバナンス』2026年8月号
★「自治・地域のミライ」は「月刊 ガバナンス」で連載中です。本誌はこちらからチェック!

月刊 ガバナンス 2026年8月号
特集1:〝豊かな〟人口減少社会を描くには
特集2:アサーティブコミュニケーションの手引き
編著者名:ぎょうせい/編
販売価格:1,320 円(税込み)
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大阪府和泉市長
辻󠄀 宏康
2009年、市議会議員から和泉市長に就任した辻󠄀宏康氏。頑張っている職員がしっかりと報われるようにと人事給与制度改革に力を入れ、初任給も日本一となり話題を呼んだ。どのような想いで市政を担い、将来のまちの姿を描いているかを聴いた。

2021年5月に開庁した3代目庁舎。庁舎前のイズミ広場の真っ赤な「I♡和泉」のモニュメントの前で。取材日は大雨だったが、インタビュー終了後に快晴に。「晴れ男なんです」と辻󠄀市長。
1956年に和泉町、北池田村、南池田村、北松尾村、南松尾村、横山村、南横山村が合併し、和泉市が発足。1960年に八坂町、信太村を編入し現在の市域に。大阪府南部の泉州地域に位置し、東西6.9㎞、南北18.8㎞と細長く、面積84.98㎢、南は和歌山県境、北は堺市、高石市に西は泉大津市、岸和田市、忠岡町に、東は河内長野市に接する。地形は南高北低で、南部には和泉山脈が連なり、中部・北部は丘陵、平地が広がる。市内南部から北部に向かい、槇尾川、松尾川が流れる。26年5月末日現在、人口180,692人、83,926世帯。2026年度の当初予算一般会計は904億円。
ハートがなければ、良いサービスは提供できない
大学院で広げた視野
――商社社員から市議会議員に。政治の世界に志したきっかけは。
大学卒業後、商社に勤めた。実家が商売をしており、いずれは貿易関係の商売を自分で立ち上げたいと思いを持っていた。政治家を目指したのは30歳の頃だった。
政治家になるには選挙に出なければならない。会社勤めではなかなか難しく経済的に独立をしなければならないと思い、妻が薬剤師をしていたこともあり、31歳で薬局を始めた。33歳の時に選挙に立候補をしたいと家族に相談したところ、反対。諦めきれず4年後の37歳の時に市議会議員選挙に立候補し、当選。政治家人生が始まった。
元々は議員としてずっと頑張っていこうという思いを持っていた。2004年に市議会議員3期目に当選した翌年に当時の市長が問題で辞職。和泉市の「汚名返上しないといけない」という気持ちで、市長選にチャレンジしたが、敗れてしまった。4年間浪人し、家族に支えられながら地道な活動を続けた。4年後の2009年は現職、さらにはその前の元職も立候補する三つ巴になったが、支えてくださった方々のおかげで当選することができた。

――議員時代には大学院にも通った。
大学時代は理系で化学をやっていた。就職してからは商社で営業をしていたため、政治や行政の知識がなかった。議員になってからは決算書や例規集などを携えて、仕組みを職員に教えてもらっていた。2年くらいかけて教えてもらいながら勉強をした。職員に教えてもらったことはありがたかったが、それだけでは職員以上の知識レベルにはなれない、もう少し勉強しようと大阪市立大学(現在の大阪公立大学)に聴講生として通った。当時、法学部に政治学者の加茂利男先生がいらっしゃり、いろいろと教えていただいた。加茂先生から「辻󠄀さん、腰を据えて勉強してみてはどうか」とアドバイスを受け、入学を決意した。同僚の市議会議員などからは「大学院は大変やで。(通常の2年でなく)3年計画でやったほうがええ」と言われた。しかし、3年だと次の選挙のタイミングと重なってしまうため、なんとか2年で修了できるように計画を立てた。
大学院に入学して、稲継裕昭先生(現早稲田大学教授)に出会った。厳しくゼミも論文の指導もしていただいた。修士論文は「住民投票」について書いた。大学院でしっかり学ぶことができ、行政的な視野を広げることができた貴重な時間だった。

市長室には30年後(市制100周年)の和泉市の姿を現した模型が置かれている。地図上には、市長だけでなく管理職職員らの描く未来像が書かれている。
頑張っている人が報われるように
――市長5期目を迎えた。これまで特に力を入れてきたことは。
市議会議員になる時から、「一生懸命頑張っている人が報われる政治」「人と人とがつながりを感じられる政治」「弱い立場の人を本気で労われる政治」を目指してきた。
当市の最上位計画として「和泉市総合計画」があるが、それとは別にまちづくりの具体策などを定めた計画を5年ごとに作ってきた。まず、2011年度に「和泉再生プラン」を策定、その後継計画として2015年度からは「躍進プラン」を策定した。一貫して、選択と集中によるまちづくり、財政の健全化、組織・人づくりの3本柱で取り組んできた。2020年度からは「和泉創発プラン」、そして本年度から、より深化させた「創発プラン2.0」が始まっている。
3本柱のうち、やはり実行が難しかったのが人事制度改革だ。旧態依然とした手当やわたり制度を廃止するなどはできたが、給料表の改革などは難しかった。特に係長から管理職になる時に給与が大きく下がっていた。責任は重くなっているのに、役職手当はそれほど大きくないにもかかわらず、時間外手当がなくなってしまい、(残業が多い人だと)年間で100万~200万円くらい減ってしまうような状況だった。しかし、課題と分かりながらもなかなかこの状況を打開することができないまま、先送りになっていた。
元々商社で営業をしていたこともあって早く行動を起こしていきたい性格だ。しかし、行政の慎重に前に進んでいくペースに、市長になってから3期の間は辛抱していたが、4期目に入った時に、背水の陣だと後戻りできないような体制を敷いた。
膠着していた人事制度(給与、人事評価)改革を前進させるために外部有識者を招き、多角的な意見を聴取しようと「人事給与制度改革検討懇話会」を設置した。外部有識者として、座長には、大学院時代にお世話になった稲継先生にお願いし、そして個人的にも親しく、人事制度において年功序列の給与制度を改革するなど先進的な自治体だった箕面市の倉田哲郎・元市長、そして全国市長会でもご一緒した、多角的な知見を持っている谷畑英吾・元滋賀県湖南市長に参加していただいた。
行政で行われる審議会などでは、事務局案を持ってきてそれについて検討するのが主流だろう。しかし、この会では、ゼロベースで、「頑張る職員が報われる人事給与制度を構築するため」という目的について様々な意見を交わした。有識者に意見を聞き、次の回までに事務局がまとめ、さらに議論し、また意見をもらいブラッシュアップしていく──これを繰り返しやっていった。2022年5月から翌年1月まで月2回計12回、「人材育成基本方針に掲げる人材像」「給与」「人事評価」などについて議論を重ねた。有識者の皆さんは、お忙しい中、毎回参加してくださった。私も毎回参加し、まさに「懇話会」と銘打ったように、対話をしながら改革の方向性を見出していった。座長の稲継先生は、国の人事制度の研究会の委員などをされていたため、国での議論や、かなり突っ込んだようなことでも「ここまでなら大丈夫」といったアドバイスをいただいたことは心強かった。
――人事給与制度改革の中で特に注目を集めたのは初任給日本一。
もともと「初任給を日本一にしよう」と思って取り組んだわけではなかった。当時、当市の初任給は大阪府33市中26番目。地域手当も隣接自治体よりも低く、採用競争力で劣っていた。懇話会でも、せめて平均と同程度には…と検討をしていたが、調べたところ当時府内で一番高く、日本一でもあった守口市と平均くらいの自治体の差額は2万円程度。「それなら一番になったら人が来てくれるのではないか」という話になった。事務局は「日本一になったら目立って叩かれるのではないか…」と心配していたが、「叩かれたら叩かれたでええやないか」と皆さんがおっしゃり、ではやろうと思い切った。
結果的に評価をしていただいた。自治体は住民感情なども考慮し、給与を上げにくい。行政がまず率先して職員給与を上げることで、民間企業もついてくる、社会も好転していくのではという発想で実行した。
懇話会も新しい方法での運営だったが、職員らも頑張ってくれた。議論を踏まえた「和泉市人事給与制度改革実行プラン」を2023年8月に策定し、翌年度から新制度に移行している。改革後は、係長以上の職階の職員については、部下が年上であっても年下の上司の基本給が必ず高くなる給料表を作成した。私が追い求めてきた「頑張っている人が報われるような」制度に変えることができた。プランはこれが最終形ではない。時代に合わせながら、改革、改善しながら運用していきたい。

つじ・ひろみち
1959年生まれ。1984年京都工芸繊維大学卒業。2004年、大阪市立大学大学院法学研究科修了。1996年~2005年和泉市議会議員(3期)。2009年より和泉市長。現在5期目。趣味は、ジョギング(フルマラソン10回完走)、読書。座右の銘は「事興るは逆境にあり」。
教育の持つポテンシャル
――人口減少社会の中にあって、地域をどのように見ているか。
今住んでいる住民の方々が税金を納めてくれることで、まちづくりを進めることができる。人を呼ぶために税金を使うのではなく、今住んでいる住民の方々に住み続けたいと思ってもらえるようなまちを作っていければ、自然と転入も増えてくるのではないかと考えている。
当市は歴史的にみても旧石器時代から人が住んできた地域だ。人口は、この数年、平均で毎年約1000人の自然減だ。ただ、人口は毎年700人程度しか減っておらず、約300人の転入増になっている。その反面、中山間部の人口減が著しい。
特に教育面で、子育て世代が魅力を感じてもらえていることを実感している。2017年に市内で初、府内で2番目の施設一体型義務教育学校「南松尾はつが野学園」が開校した。前身の南松尾小、中学校は地域の過疎化が進み、児童生徒数も減っていた。子どもの数が少なく、より多くの生徒がいる環境に行かせたいと、中学進学のタイミングで地域外の私学に通わせる家庭も多かった。一方で、はつが野は子どもの数が増え続けていた。異なる環境の2校区を統合したが、このエリアに住む子育て世帯の比率が高くなってきた。
2025年には、当市で最も過疎化が進んでいる横山、南横山地域に「槇尾学園」が開校。同校は、市内の他校区からの入学・転学を認める小規模特認校で少人数学級が特徴だ。今年の入学生を昨年10月に募集したところ募集枠に対して3倍の応募があった。教育が地域の定住、移住の促進の大きな要因になるのだと感じている(*)。
*2027年度には3校目となる義務教育学校「富秋学園」の開校を予定している。

辻󠄀市長は書も嗜む。左右の「一燈照隅」「和泉発日本」は市長の書。「和泉フィロソフィー」にも書かれている言葉だ。
バックキャスティングでまちをつくり、人を育てる
――職員の理念や行動指針を示した「和泉フィロソフィー」とは。
自治体(役所)は特殊な文化のあるところだ。市長1期目の時に、市内の様々な企業の朝礼に出させていただく中で、民間企業の取組みや意識を役所に浸透させることが大切なのではないかと感じた。稲盛和夫さんの「京セラフィロソフィー」を参考にし、職員理念・行動指針として「和泉フィロソフィー」を作成した。職員にアンケートを取り、作った。常に目に触れ、声に出すことで潜在意識に職員としてのあるべき姿が自然と刷り込まれていくと信じている。
――「人材育成基本方針」では「人間力の向上」を掲げる。人間力とは。
人事制度などは職員を育てるためにある。しかし、テクニカルな部分よりも、ハートがなければ住民の方々に良いサービスは提供できない。住民目線で想像することができる職員であってほしい。
人事制度改革、初任給もアップしたことで職員採用の倍率も高くなった。これにより、これまでは他の自治体に行っていた優秀な人材を獲得できるようになってきた。だからこそ、自分磨きができる役所であること、そのための制度が大切だと思う。国や府への派遣に行きたい職員には積極的に行ってもらうようにしている。大学院修学の助成や地域での副業の許可も行っている。経験を積んで、自分の成長とともに職場に還元してほしいと思っている。
当市は今年、市制施行70周年。30年後の100周年にどんなまちにしたいかを描きながら、バックキャスティングでまちづくりを進めている。そのような中で「人を育てる」ことは非常に重要だ。日本は天然資源が豊かな国ではない。発展していく上で人をいかに育てていくかがこれからの一番の課題だ。「和泉市版フルブライト奨学金」のようなものもできたらと構想している。
――自治・地域のミライをどう描いているか。
当市では、「健康寿命日本一」を目指し、健康寿命を延ばそうと、様々な取組みを実行している。人を優先したウォーカブルなまち、人と人とが触れあえるコミュニティハブの場づくりもしているところだ。健康寿命を延ばし、ウェルビーイングを高めていきたい。
――自治体職員へメッセージを。
住民目線をしっかり持つことが大切だ。役所には何かしら生活の不安があって来ている人もいる。どこに行っていいか分からなくてウロウロし、誰にも声を掛けられないままや、帰る時に不安だけを持ち帰るような役所であってはならないと思う。役所でも解決しない課題もあるが、それでも職員と話して気が楽になったと言ってもらえるような、そういう職員になってほしい。自分を磨き続け、スキルアップし、地域に貢献してほしいと願っている。
(取材・構成/本誌 浦谷收、写真/秦 裕一)
★「自治・地域のミライ」は「月刊 ガバナンス」で連載中です。本誌はこちらからチェック!

月刊 ガバナンス 2026年8月号
特集1:〝豊かな〟人口減少社会を描くには
特集2:アサーティブコミュニケーションの手引き
編著者名:ぎょうせい/編
販売価格:1,320 円(税込み)
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