【図書案内】医療現場でのクレーム・トラブルQ&A―初期対応から法的対応まで―
ぎょうせいの本
2019.05.28
【図書案内】医療現場でのクレーム・トラブルQ&A―初期対応から法的対応まで―
医療現場を取りまくクレームのリスク
1999年に首都圏の大学病院で発生した患者取り違え事故以降、医療バッシングが公然と行われるようになり、それに呼応するように医療施設において患者・家族からのクレームや医療側と患者・家族とのトラブルが多発するようになりました。
当初は物理的な暴力やあからさまな脅迫も珍しくなく、多くの施設は、警察OBの配置や弁護士との連携等で、この危機に対応してきた歴史があります。その結果、クレーム・トラブルが減少したと言いたいところですが、確かに、暴力・脅迫といったわかりやすいものは減少傾向にあるものの、警察OBや弁護士が単独では直接関わりにくい、サイレントなクレーム・トラブルが増え、実数の総計としては増加している印象があります。
医療の高度化、患者の権利意識の変化、SNSを含むインターネットの普及などその要因は多岐に及びます。したがって、クレーム・トラブルの原因もその解決方法も多種多様であり、絶対的な方法はありません。医療者は「患者の希望や意思をできるだけ実現するために頑張る」という臨床倫理的視点に立って診療やケアを行っています。
しかし、これは性善説に基づいた振る舞いであるので、患者の希望や意思が不適切なときや不当なとき、行き過ぎたときなどは多くの医療者は稚雑な対応しかできないのが実情です。
このような状況で、現場にまず求められることは、ぶれることのない毅然とした対応です。そのためには医療上の知識や社会通念だけでなく、法的な知識も必要なことが少なくありません。
本書は法律家が中心となって編集されたものですが、法律の解説に偏ることなく、医療関係者とも共同で、医療と法律、理論と実践の調和を保ちながら、現場で苦労されている皆さんにお役に立てるように配慮されたものです。多くの具体的な事例に即していることから、多面的な視点で実践的なクレーム・トラブルへの対応方法が学べると確信しています。一人でも多くの方の手に取っていただければ幸いです。
医療施設におけるクレーム・トラブルの特徴
前述したとおり、医療者の行動基盤は「患者の希望や意思をできるだけ実現するために頑張る」という臨床倫理であり、不適切な希望や要求など、性善説的対応では対処できない事例への対応は非常に苦手としています。このように、医療者がクレーム・トラブル対応に慣れていないことに加え、医療施設におけるクレーム・トラブルにはいくつかの特徴があり、対応をさらに難しくしています。
① 患者が100%満足する医療サービスを提供することは非常に困難であること
手術目的で入院、経過良好で予定通り退院などの一見、患者は満足しているようなケースであっても、医師の言葉遣いがよくなかった、給食のご飯が硬すぎた、隣の人のいびきがうるさくて眠れなかったなど、小さな不満は潜在している可能性が高いと考えます。数日以上に及ぶ入院生活において、完璧な医療サービスの提供は困難であり、経過がよくない場合などは容易に顕在化します。患者から見れば、医療機関にはクレームをつける多くのネタがあることになります。
② 患者はどこかを病んでいること
当たり前のことですが、病んだ人やけがをしている人が病院にやってきます。患者は身体だけでなく、精神面や経済面でも追い込まれていることがあります。また、疾病そのものが患者の言動に影響を与えることも少なくありません。これらにより、“普段はいい人”であっても易怒的に、あるいは、情動的ときに粘着的に変容することは容易に想像できます。
③ 期待通りの治療効果が得られないことも少なくないこと
経過がよくなければ、②の要素が先鋭化するわけですし、当然、医療には直接関係のない①にあげた潜在的不満の顕在化に繋がります。また、医療ミスなのか合併症なのかがしばしば問題になります。合併症であると判断された場合、患者の不満が爆発することも少なくありません。
④ 医療ミスが契機となることも多いこと
患者に健康被害が発生するような医療ミスは当然、健康の回復に全力をあげるとともに医療安全部門の介入が必要となりますが、実は健康被害に至らない小さな医療ミス、あるいは、未然に防止された医療ミスは現場では頻発しています。点滴を間違えそうになった、内服薬の配薬時刻を間違った、採血をし忘れた等々…。これらは①に示した小さな不満の原因と似ていますが、医療職(いわゆる白衣組)が診療・ケアの過程で犯せば医療ミスとなってしまいます。
⑤ 医療職は“患者第一”との認識が強いこと
患者によるハラスメント等について、アンケート調査を行った際、このような回答が多数ありました。「胸を触られても“患者様”がしたことだから我慢しようと思った」「わけもなく罵られたけれど、術後の経過がよくなくイライラしているから仕方がない」。前者などは、電車の中でしたら犯罪ですよね。しかし、多くの医療者は“患者様”第一という認識が身についています。その背景には、患者のために頑張るといった臨床倫理的基盤に加え、患者はどこかが病んでいる弱者だからという思いがあります。さらに、クレームの原因が、医療ミスに起因している場合は「こちらが悪いのだから仕方がない」と不当なクレームに耐えている場合も多々あるようです。これらの要因が複雑に関係し、また、患者に直接対応する人が数多くいるため、クレームを受ける人、場所、場面がばらばらとなり、対応をより難しくしています。
そのような現状であっても、いくつかは有効な手順があります。
医療現場のクレーム・トラブルは問題をシンプルに分解して検討
医療現場におけるクレーム・トラブルは、医学的介入の必要性の有無などの基準に基づき、クレームをできるだけシンプルな形に分解していくことが求められます。すごいクレームだと思っても、分解すると個々の要素はとるに足らないレベルであることも少なくありません。医学的に社会通念上了解可能かどうかの判断は、現場では困難であるので、早期から部署の管理者や医療安全部門の介入が求められます。
詳しくは、『医療現場でのクレーム・トラブルQ&A―初期対応から法的対応まで―』(2019年、ぎょうせい)をご覧ください。医療現場でのクレーム・トラブルの現状分析や患者の怒りの原因はもちろんのこと、クレーム・トラブルに向き合うための正しい法律知識、具体的な事例に即した「クレーム・トラブルQ&A」などでまとめています。
編著者プロフィール
兼児敏浩(かねこ としひろ)[監修]
三重大学医学部附属病院副院長・医療安全管理部長・教授・医師。
日本内科学会総合内科専門医、インフェクションコントロールドクター(ICD)。患者・職員の安全管理、医療事故対応、医療の質の確保など、医療安全・病院評価を専門とする。
楠井嘉行(くすい よしゆき)[編著]
弁護士・博士(医学)。
三重県立看護大学客員教授。複数の看護学校等で関係法規の講師を務める。平成28年、三重大学大学院医学系研究科博士課程(公衆衛生・産業医学分野)修了。行政クレーマー、医療クレーマー対策に詳しい。