マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会
第16回 カフェ発 大規模被害は、クラッカーより内部犯 個人情報漏洩事件(前編)
ICT
2019.06.07
第16回 カフェ発マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会
大規模被害は、クラッカーより内部犯
個人情報漏洩事件(前編)
ランサムウェアは怖くない!?
ある日の午前、都内文田区にあるカフェデラクレ(Café de la clé)。梅雨の合間によく晴れた日で、客の入りもよく、店は割と混んでいた。
* * *
カランカラン♪
「いらっしゃいませ。」
マスターの加藤が入り口に目をやると、常連の竹見が入ってきた。早速カウンターでアルバイトの絵美がグラスに氷を入れはじめた。竹見は、近くの帝都大学を定年退職しており、よくこのカフェにあらわれていたのだが。
「先生、なんだかお久しぶりですね。前は毎日いらしていたのに、今日は一週間ぶりぐらいでしょうか。」
絵美が水の入ったグラスを置きながら言った。
「そうなんだよ。不本意ながら。加藤くん、いつものを頼む。」
竹見は、カウンターに腰掛けながら加藤に言った。
「はい、かしこまりました。」
加藤はすぐに、コーヒーの入ったドリップポットに手をかけた。
「お忙しいんですか? ランサムウェアの件以来、色々とお仕事があると伺いました(注)。」
絵美は、グラスを片付けながら声をかけた。竹見は、退職後は定職を持たずに悠々自適に生活をしたいと思っていたようだが、なかなかそうはいかないようだ。
「ランサムウェアの件は、後輩に任せたんだが、別件でちょっとね。」
「僕は、先生が引退するには早いと思っていましたので、これでよかったんじゃないかと。」
と、言いながら、加藤は良い香りのするコーヒーを竹見に出した。黒い液面からゆったりと湯気がたっている。
「うーん、僕はそう思っていないんだが… コーヒー、うまいな。」
竹見は、ゆったりとコーヒーに口をつけ言った。その姿を眺めながら絵美がつぶやいた。
「ランサムウェアみたいなケースって、見た目は派手で怖いですが、あれは、単に暗号化されただけなんで、ちょっと不便になるぐらいでしたね。」
ウイルスよりも、クラッカーよりも怖いこと
「まぁ、確かに暗号化されただけであればその通りだね。でも、その暗号化されてしまう状況になるためには、何らかのウィルスに感染したために不正なツールを入れられたり、標的型攻撃を受けて端末の乗っ取りを受けていたりするなど、いろいろなことがおきた上で生じていることだろうと思うよ。」
竹見はコーヒーの香りを何度も確かめるようにしながら、ゆったりと口をつけている。
「確かにそうなんですけど。」
絵美は手元のカップを拭きながら言った。
「でも、イメージですけど、攻撃としては、プロの攻撃者が攻撃をする方が怖そう。個人情報の漏洩とか、私のコンピューターを監視するとか。」
「そういう事例もあるけど、ウィルスとかよりも、クラッカー(*)よりもっと怖いことがあるよ。」
加藤は、ちょうど店の奥の方で奥様方のグループに呼ばれ、メモを片手に向かったところだった。
「コンピュータシステムをクラックされるよりも怖いことがあるんですか? ウィルスよりも?」
絵美が手を動かしながら聞いた。
「うん、統計データをみるとね、クラッカーが起こした犯罪よりも、被害が大きい犯罪事例があるんだよ。」
「え? クラッカーよりも被害が大きいってどういうことですか? ウィルスとかよりもなんですよね。」
絵美は考えながら手が止まってしまった。
「年によって違うから一概には言えないけど、3 年ぐらい前だな。大きくニュースにもなったよ。」
「え? 犯罪で? どういう被害だったんですか?」
絵美が驚いた顔をしながら尋ねた。
「あのときは、個人情報の漏洩事件だったな。特に、子供に関する個人情報だったから世間の衝撃も大きかった。」
竹見が思い出すように語り出した。
☆☆続く☆☆
*クラッカー
クラッカーとは、悪意をもってコンピュータシステムに対して何らかの攻撃を行う攻撃者のことをいいます。ニュースなどでは、このクラッカーのことをハッカーと呼ぶことがあり、このほうが一般的かもしれません。ただ、ハッカーの本来の意味は、高度なコンピュータ技術を持つものを差し、悪意のある人であっても善意の塊の人であっても区別をしません。高度なコンピュータの知識がある人をハッカーと呼ぶのは、古い映画等のなかで、犯罪者がコンピュータを駆使して悪事を働くイメージが大きいのでしょう。