時事問題の税法学

林仲宣

時事問題の税法学 第21回 税情報のセキュリティ

地方自治

2019.07.26

時事問題の税法学 第21回

税情報のセキュリティ

『月刊 税』2017年7月号

税金横領事件

 ネット住民の間では、「しめしめ感」が今年の流行語大賞にノミネートされると話題になっているようだ。税金横領事件で逮捕された滋賀県下の町役場元税務課職員である容疑者による、逮捕前のインタビューにおける発言での言葉である。逮捕と同時にテレビで放映されたことから、全国的なニュースとなってしまった。「着服しなかったら死んでいた」などという身勝手な発言に、容疑者の精神分析がネット上には散乱している。

 容疑者が窓口で収受した税金をそのまま着服したという行為に世間は衝撃を受けたが、秋田県下の市役所税務課長が滞納者を戸別訪問し徴収した税金を着服した事件もあったから(日経新聞平成27年6月21日)、驚くには当たらない、と書いたら言いすぎだろうか。

 もっとも中小企業の経理に関与する立場からすれば、この手の話はよくある。横領する側の意識は犯罪行為というより、会社のお金を「ちょろまかした」という軽い感覚が強いようだ。それも往々にして身内の犯行ということが多く、そのたびに経営者には同情を禁じ得ない。

 この従業員の横領が税務調査で発覚すると大騒ぎとなる。この場合には、取引先に水増し請求させ、バックリベートを着服する典型的な手法が多い。この水増し額は申告漏れにつながるし、一方、従業員への損害賠償請求もままならず、あげくに調査官には会社ぐるみの行為と疑われるなど、踏んだり蹴ったりという状況に追い込まれる。

 冷静に考えるまでもなく支払った相手がいることから、すぐバレてしまうと思うのだが、性善説を説くまでもなく、当人の資質の問題であり、官民を問わないということになる。

徴収管理の脆弱性

 しかし極めて重大なことは、税金の徴収管理の脆弱性が露呈したことにある。中日新聞HP掲載の記事によれば、横領の発覚は平成28年1月だったが、着服の洗い出しや事実関係の確認作業に手間が掛かり、告訴状の受理は昨年11月にずれ込んだ。この間、容疑者が机に隠していた192戸分の町民税などの納付書(計約2900万円分)が見つかり、職員が納税者宅を訪問し、納付済みかどうか確認する作業が続いた。さらに調査を進め、町がパソコンで保管するデータで未納になっているにもかかわらず、実際に支払っていた世帯が見つかった。町幹部はすべて一人に任せきりにしたことが事件の大きな原因の一つと反省している。調査の過程で、容疑者が関わった未納者と、そうでない未納者のデータを仕分ける作業中、2000件分を消去してしまう事態が起きた。元データが残っていたため、再び同じ作業を始めたが、作業は今も続いているようだ。

 経理の王道は、担当者二人による相互チェックである。紙ベースの帳簿が基本の時代では、帳簿改ざんは判別できた。しかし、会計データに限らず、磁気記録の加筆修正は簡単にできる。だからこそパソコンに接触できる者を制限し、その記録を管理することが重要である。それを一人に任せきりにしていれば、官民にかかわらず、どこの職場でも起こり得る不祥事と言っていい。

 この町のHPによれば、同町の平成27年度歳入に占める町税総額は約8億2100万円、平成25年4月現在の税務課職員は4名と記載されている。仮に年商8億円の中小企業において経理担当者が4名配属されているとするならば、4人は多いと感じる人数である。

 さらに中日新聞HPでは、この町における税務行政の新たな疑問が掲載された。7年前、町民から徴収した税金滞納の延滞金について、現町長が町職員に指示し、半額を還付していたことが分かったという。自治体がいったん徴収した延滞金を返すのは異例とされるが、町では平成21年まで固定資産税などを町民が滞納していても、慣例で延滞金を請求せず、差押えにも消極的だったという。現町長が就任した同年秋以降、適切に取り扱う方針となり、トラブルが起きたようだ。踏んだり蹴ったりなのは、期限内に納税した善良な町民の方かもしれない。

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