マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会
第10回 カフェ発 便利なコンビニの登場か レジなし店舗と新しい認証技術
ICT
2019.05.10
第10回 カフェ発マイナンバー・ICTが拓くセキュアで豊かな社会
便利なコンビニの登場か
レジなし店舗と新しい認証技術
レジなし店舗で買い物をする時代へ
ある日のお昼前、都内の文教地区、文田区にあるカフェデラクレ(Café de la clé)。すっかり木々の枯れ葉が落ち、冬の冷たい風が吹いていた。
カランカラン♪
「いらっしゃいませ。」
カウンターからマスターの加藤とアルバイトの絵美が声をかけた。時々くるお婆さん、里中が現れた。お店の奥のいつものスペースには竹見が座っていた。里中や竹見はこのカフェデラクレの常連で、よく顔をあわせる。
「マスター、コーヒー頂戴。竹見先生、こんにちは。」
「あぁ、里中さん、こんにちは。」
竹見は読んでいた本から顔をあげて、にっこり挨拶した。
「里中さん、いつもどうも。」
マスターは、コーヒーサーバにネルをセットすると、コーヒーの粉が入っているドリップポットに手をかけた。里中はいつも通りカウンターに座り、隣の席にバッグをおいた。
「なんだか、世の中便利になっていくわねぇ。なんだか、ついていくのがとっても大変。せっかくスマホを手に入れて色々変わったのに、なかなか続かないの。」
「あ、何か新しいもの買ったんですか?」
絵美が水の入ったコップを出しながら尋ねた。
「ううん、違うの。孫にね、スマホを買ったから便利になったわ、って言ったら、もっと便利になるわよ、って、動画を送ってくれたのよ。よくわからなかったんだけど、昨日見たテレビのワイドショーで同じ動画の解説をしていたの。やっと意味がわかったのよね。」
「どんな動画ですか?」
横で話を聞いていた竹見がカウンターに移動して、尋ねた。加藤が良い匂い漂うコーヒーの入ったカップを里中の前に置いた。
「あのね。」
里中が説明をはじめた。
* * *
里中が見た動画は、アメリカの大手インターネット通信販売会社の新技術だった。
売りは、“レジのない店”。客は、スマホの専用アプリにバーコード画面を表示して店に入り、欲しいものをとってそのまま店を出ると、代金が事前に登録されたクレジットカード等から精算される仕組みで、レジには並ばずに決済が終わる。
このバーコード画面を飛行機に乗るときに利用されるようなガラスパネルにタッチすることで、自動改札のように入店する。入店後は、店内の商品を自由に取って、店舗を出るだけでよい。清算後、アプリ上でレシートを受け取る。
客は、レジに並ぶ必要性はない。
店舗では、日本のコンビニのようにパンやサンドイッチやお菓子などを買うことが出来る。
「その動画は僕も見ましたよ。」
竹見も同調した。
「あれ、おもしろい動画でしたね。」
「動画を見たときはよくわからなかったのよ。でも、ワイドショーで解説がついたら、何となくわかってきたの。」
「あ、わかりにくかったですか?」
「なんかね、お店を自由に見て回って商品に手をかけるだけにみえるじゃない。最初は、普通のスーパーでの買い物みたいに見えたのよね。」
里中は、コーヒーカップに手をかけながら言った。
「確かに、そこは今までと何も変わらなかったですね。」
「で、ビデオになっているじゃない。単にレジの場面をカットしただけに見えたの。」
「ついつい自分の常識が入ってしまいますからね。レジを通らないなんて感覚なかなかないのでしょうね。」
「だって、レジを通らないとお店が何を買っているかわからないじゃない。いくつか買った場合の合計金額、どうやったらわかるのかしら。」
「こういう喫茶店だと、コーヒーだけとか扱っている品物の種類が少ないし、頼んだ点数も少ないでしょうから、合計金額の計算も楽でしょうけど、コンビニとかだと、お弁当と飲み物、おやつみたいな組み合わせで数点買いますよね。合計金額も自動で計算してくれるんですか?」
横でだまって話を聞いていた絵美が質問した。
「あぁ、あれは、センサー情報とかを使って、客が何を買ったのかを追跡しているようだよ。」
「それで、本当に誰が何を買ったのかわかるんですか? 店舗に1人ならいいでしょうけど、コンビニみたいに色々な人がいるんですよね。私、急いでいるときの買い物って、他の人が見ているのに、横で手を出したりしますよ。そういう風に色々と入り乱れるような場合結構あると思うんですけど。おにぎり買うときとか、結局いつも決まっているものを買うことになるので、混んでたら手を伸ばして取るときとかありますよ。」
絵美がカップを磨きながら尋ねた。
「あぁ、うん、そうだよね。僕もそう思うよ。動画では、裏の技術を細かくは説明してなかったけど、センサー情報とか、上手に組み合わせてそうだったけどねぇ。」
「へー、うまくいくんですか。」
絵美はまだ半信半疑なようだった。
「今回の米国の場合は、僕もちゃんとはわかってないが、今の技術レベルからすると、十分つくれるものだと思うよ。」
竹見が頷きながら言った。
「一度取った商品をやめることもできる、って言っていたわ。テレビの中では、一度手に取ったカップケーキを棚に戻していたわ。」
コーヒーカップを手にしながら、里中が言った。
「そういうのって、すごいですね。人間だって間違えることあるのに。よほど上手に追跡してるんですね。」
コーヒーの道具を片付けていた加藤が会話に加わった。
「そうだねぇ。あれ、1つの技術で追跡をしているわけではないと思うよ。いくつか組み合わせて、ある程度予想とかをしながら正しい答えを導き出しているんじゃないかな。」
竹見の解説を聞きながら、ふと、里中がつぶやいた。
「でもあれ、アプリを起動しないといけないのよね。」
「あぁ、そういう動画になっていましたね。」
竹見が言った。
「だとすれば、もうああいうのって、アプリの起動とかしなきゃいけないから、使いこなせないわ、私には。アプリが起動できないとか、入り口でうまくタッチできなくて時間がかかってしまうとか、恥ずかしいもの。」
里中が、残念そうにつぶやいた。