「新・地方自治のミライ」 第46回 住民訴訟制度と首長へのガバナンスのミライ

時事ニュース

2023.11.28

本記事は、月刊『ガバナンス』2017年1月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 2016年3月16日に第31次地方制度調査会が「人口減少社会に的確に対応する地方行政体制及びガバナンスのあり方に関する答申」を提出した。同答申は、前半部分は広域連携や外部資源によって公共サービスを確保しようとするもので、後半が首長・監査委員・議会・住民等の役割分担によって事務の適正性を確保するガバナンスを検討している。人口減少によって資源が限られるなかで、合意形成が困難な課題について自治体は解決することが期待されているので、事務の適正性を確保するというわけである。

 そのなかで、ガバナンスの役割分担の枠組の一環として、住民訴訟制度の見直しが検討されている。住民訴訟制度は、財務会計行為に関して、住民が監査委員への住民監査請求を経たうえで裁判所による司法判断を求めるという、ガバナンスまたはコントロール(comtrol)の役割分担に掛かるものである。政府は本答申を受けて制度改正に踏み込むのか、また、踏み込むとすればどのような内容になるか現時点では見通せないが、今回はこの問題を検討してみよう(注1)

注1 飯島淳子「住民訴訟制度の「改正」に向けて」『都市問題』2016年10月号。

答申の概要

 答申によれば、12年の最高裁判決の個別意見などで、4号訴訟における首長や職員の損害賠償責任について、萎縮効果、国家賠償法との不均衡、損害賠償請求権の放棄が政治的状況に左右される、などの問題が指摘されているという。もっとも、同答申は露骨には述べていないが、自治体に「財産が戻る蓋然性は低い」にもかかわらず「個人の負担能力を遙かに凌駕する膨大な損害賠償請求が認容され、長等が苛酷な負担を負う」事態を救済したい、という問題意識が背景にある(注2)

注2 総務省『住民訴訟に関する検討会報告書』2013年3月、3頁。

 裁判所の判例は、看過しがたい瑕疵に限られ、首長等の裁量を広範に認めているとしても、裁判所の判断は事後的である以上、首長・職員にとって事前には不確実であるため、萎縮するとする。また、自治体という組織としての仕事にもかかわらず、個人責任を追及する構造である以上、萎縮効果は払拭されない現実があるという。また、国家賠償法では公務員個人への求償は故意又は重過失であるが、住民訴訟では軽過失も含んでいる、という点でアンバランスだという。さらに推論すれば、そのような「理不尽」な首長への賠償責任のあり方が、議会による政治的な判断による、裁量権の逸脱・濫用を生みやすい構造になっている、ということであろう。

 そこで、答申は見直しの方向性として、「全体のガバナンスの見直しによって不適正な事務処理の抑止効果を高める」ことと引き替えに、首長・職員の損害賠償責任は、「萎縮効果を低減させるため、軽過失の場合における損害賠償責任の長や職員個人への追及のあり方を見直すことが必要」(答申25頁)とする。ただし、首長等への一方的な責任緩和にならないように、①不適正な事務処理の抑止効果を維持するため、裁判所により財務会計行為の違法性や注意義務違反の有無が確認されるための工夫、②4号訴訟係属中の損害賠償請求権の放棄の禁止、③4号訴訟の判決が確定したときには損害賠償請求権の放棄が客観的かつ合理的に行われるよう、監査委員等の意見聴取、という対処策が述べられている。

 とはいえ、①はどのような制度設計になるかは不明である上に、仮に判決で「違法」と認定されたからといって何になるのか、という問題がある。職員の場合は懲戒処分もあり得ようが、(退任しているかもしれない)首長を「懲戒」する人間は存在しない。②は当然のことにすぎない。③については、首長が任命するにすぎない監査委員の意見聴取に、何の意味があるのか不明である。あえて言えば、現首長に任命された監査委員は、「政治的」に前首長の責任のみ厳しく追及するだろう。

ポピュリスト的ガバナンスへの追認

 このように見ると、答申のいうガバナンスは、基本的には首長の責任を限定し、首長に果断な行動を求める発想にたっている。答申は合意形成を促進するための制度設計や運用上の心構えは、月並みな議会改革論に言及するだけで、本格的には論じる気はない。むしろ、暗黙のうちに、合意形成を諦めている。そのうえで、「人口減少社会において資源が限られる中で創意工夫をこらした施策を講じることが求められる状況において、当該萎縮効果により本来行うべき施策も行わないことになってしまうことは問題である」(答申24頁)と述べている。

 そこには、人口減少社会のなかでジリ貧を恐れて、軽挙妄動と大言壮語による無謀な施策が行われる、あるいは、そのような焦燥感から、住民等との合意形成を軽んじる危険が高まっている、それゆえに、首長暴走に対する統制が必要になっている、という時代認識はない。

 住民からのポピュラー(劇的人気)な民意に支えられた首長が、合意形成などは配慮せず、過激なスタイルで既得権益やレジームに巣喰う既成政治勢力を、断固として破壊する、という通俗的イメージを、答申は是認している。いわば、石原慎太郎・元都知事、竹原信一・前鹿児島県阿久根市長、橋下徹・前大阪市長のような、「選挙独裁」を想定している。そして、ポピュリストは結果として既成の強者を扶け、レジームを格差拡大的に再生産する。

 こうした対外強硬・国内強行派のポピュリスト型政治家は、小泉純一郎、ベルルスコーニやグリッロ(伊五つ星運動)、ハイダーやホファー(墺自由党)、フォンタインやウィルダース(蘭自由党)、ルペン(仏国民戦線)、ペトリ(独のための選択肢)などと、16年に、また日本に限ったことではなく21世紀になってから広く見られる現象である。答申は16年3月段階であったが、その後のブレグジット(注3)でのファラージ(英国独立党)やボリス=ジョンソン元ロンドン市長の勝利、小池百合子・都知事やトランプ・米大統領の誕生を見越し、こうしたポピュリスト為政者を追認するガバナンスを検討したのである。

注3 ただし、国民投票を実施したキャメロン首相が期待したEU残留という結果ではなかったという意味では、為政者の意向が拒否されたのであり、むしろ「ブレビシット」(ブリテン的プレビシット)の挫折と見ることができる。同様に、2015年5月の大阪都構想に掛かる市民投票も、2016年12月のイタリア国民投票も、為政者の意向が拒否されたという意味では、プレビシットが拒否されたと見ることもできる。

「選挙独裁」への対抗ガバナンス

 人民を扇情して選挙で勝利して、人気を背景に暴走し得るポピュリスト首長への牽制こそが、人口減少社会に向けて本来は答申がガバナンスとして検討すべきであった。積極的には、痛みを伴う決定に合意形成ができる民主主義の改善である。消極的には、暴走首長への歯止めである。後者は、Ⓐ選挙で落選させるための対抗勢力の育成、Ⓑ任期・多選制限、Ⓒ住民投票(レファレンダム)による抑止、Ⓓ議会による牽制の強化、Ⓔ司法統制の強化、Ⓕ職員による首長への諫言や違法な首長命令への拒否の強化、などである。

 Ⓒは、住民によって首長暴走を止めることであるが、ポピュラーな首長のもとでは、為政者主導型翼賛的人民投票(プレビシット)になる危険もある。橋下・大阪市長が大阪都構想の住民投票で目指したものはプレビシットであったともいえよう。こうして考えると、ⒹⒺという権力分立制によってガバナンスを回復する立憲主義を強化するしかない。その意味では、首長の責任を軽くすることではなく、反対に責任を強化することこそが、求められているのだろう。

 Ⓕは、政治家首長から自律した公務員制度の確保という意味では、権力分立制・立憲主義の一環をなすガバナンスの役割分担である。しかし、4号請求では、首長と首長の指揮命令を受ける職員が、あたかも同じように扱われている。答申のように、首長暴走に甘い発想では、むしろ、首長が職員への責任転嫁をして、懲罰的な処分や左遷・降格人事を助長する(注4)。特に、答申の言う①の場合には、制度設計によっては、違法行為に責任のある職員への首長による処分が正当化されやすく、公務員バッシングというポピュリスト首長に迎合し得る。むしろ、いかに部下の行政職員を暴走首長から守るかも、重要なのである。

注4 例えば、豊洲市場移転に掛かる「盛り土」問題で、小池・都知事は、石原・元都知事に対しては不問であるが、歴代市場長などの行政職員へは懲罰人事を行った。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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