「新・地方自治のミライ」 第41回 再生団体・夕張市のミライ

時事ニュース

2023.10.11

本記事は、月刊『ガバナンス』2016年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 2006年6月10日付の北海道新聞報道を機に、夕張市が巨額の債務を抱えていることが表面化した。信用不安のなかで、同市は金融機関からの資金繰りが困難になった。万策尽きて、6月20日には、後藤健二・夕張市長(当時)が、準用再建団体への申請を表明した。いわゆる夕張市の「財政破綻」である。
 
 07年3月6日に夕張市は準用再建団体として総務大臣の同意を受け、以後、厳しい緊縮財政を続けることになった。その後、当時の地方財政再建促進特別措置法は、地方公共団体財政健全化法に改正され、10年3月9日から、夕張市は同法に基づく財政再生団体に移行したが、再生計画自体の骨格は変わることはなかった。当初は夕張市支援の声もあったものの、夕張市への国民的関心は薄れているかもしれない。しかし、関心は消えても債務は消えない。夕張市は、既に実質10年の長期超緊縮財政を続けている。今回は夕張市問題を採り上げてみたい。

検討委員会報告書

 夕張市は、15年10月に「夕張市の再生方策に関する検討委員会」(座長:小西砂千夫・関西学院大学教授)を設置し、再建10年を迎えることを機に、これまでの財政再建の過程を振り返り、今後の再建の在り方を検討した。同委員会は、16年3月4日付で『報告書』を市長に手交した。

 「はじめに」では、「財政再建の途上にあっても、地域の誇り、自治権の確保、夕張市民あるいは夕張市職員であることの希望が、いつまでもないがしろにされることがあってはならない」としている。そこで、「財政再生計画終了後を見据えた市政運営に移行していくことを求め……これまでの財政再建の歩みを踏まえて、財政再建と地域再生のバランスを引き続き図りながら、準用再建団体以降後の約10年、夕張市が厳しい緊縮計画を実行してきた事実を踏まえ、10年の節目を転機とし、従来以上に地域再生の側面を重視した財政再生計画へと収支計画を全面改定」すべきとしている。

 「4・これからの夕張市に必要な取り組み」では、夕張市は、超過課税や受益者負担の引上げ等による住民負担や、住民サービスの削減・抑制という状況に10年も置かれているが、財政再建団体の再建期間は長くても10年程度だったことを指摘し、「新たな段階に移行」することを提言している。「夕張市民のなかに、他団体に比べて過重となっている財政負担等の軽減を求める声はあるものの、人口減少対策と地域再生に夢をつなぐための子育て新政策、定住・移住促進政策、新エネルギー政策、コンパクトシティの推進、文化・芸術・社会教育等のための複合施設建設など、未来志向の政策の展開」を求める声が大きい、とする。「そのような政策を実施するには、行政執行体制が脆弱であり……市職員等の処遇改善や人材確保、能力向上に資する研修等の実施、さらには特別職の給与面等での早急な待遇改善を要望する声も大きい」とする。

今後の財政再生計画の考え方

 『報告書』によれば、これまで計画は、「最低のサービス・最高の負担として、そのかわり財政再生計画期間を可能な限り短縮」する「シナリオ0」だったが、「10年を超えた時点で市民や職員の負担やサービスの水準を再生後の水準に段階的に移行」する「シナリオ1」または「シナリオ2」を目指すべきとした。つまり、11年目以降は、これまでのサービス抑制・負担過重を段階的に緩和するという意味である。

 しかし、「財政再生期間の延長を回避すべきであるというのが本検討委員会の総意である」とも述べている。非常に判りにくい表現であるが、以下のことを含意する。
 
 11年目以降にサービス抑制・負担過重を緩和した場合、各年度での返済可能額が減少するから、返済すべき債務総額(再生振替特例債)が変わらなければ、財政再生期間を延長するしかない。にもかかわらず上記の表現となる以上、地方創生のための財源やふるさと納税、地域再生のための各種交付金などに加え、「必要に応じて国と北海道からの財政支援を求めるなど、財政歳入フレームの充実を求めるべき」であり、「財政再建と地域再生の両立に向けて、地方公共団体財政健全化法第21条の趣旨に則り、国と北海道は夕張市に対して協力を惜しんではならない」としている。

 つまり、『報告書』は、公的資金を注入すべきことを婉曲に表現している。これに対して、債務を積み上げたのは夕張市の責任であり、夕張市が債務を確実に返済すべきだという議論が有り得よう。

 そこで、「おわりに」において、「夕張市民に財政再建の責任をどこまで問えるかという微妙な問題」があることを指摘している。「返済の義務は、一義的には夕張市民が財政負担というかたちで負わざるを得ない」としながらも、「地方自治体の民主主義的な意思決定の結果に対して、法的な瑕疵が問われない範囲においては、住民は原則として無限責任を負うとまでいいきれるのかどうか」と問う。しかも「人口の入退出が自由にできる地方自治体にあっては、市民も特別職を含む職員も、今では顔ぶれが大きく入れ替わっている」とも指摘する。

自治体債務の返済負担責任

 『報告書』が問いかける論点は、自治体が、合法・違法を問わず、意思決定で生み出した債務を、誰の負担でどの程度の期間で返済すべきか、という問題である。

 一見すると、違法な意思決定であれば違法な財務会計行為を行った個人が負担すべきだ、となるかもしれない。しかし、個人が300億円もの負債を返済できるはずはなく、結局、夕張市が金融機関などに負っていた負債の返済責任は夕張市に残る。つまり、合法・違法を問わず、自治体が生み出した債務は、責任追及それ自体では消えない。

 そこで、冷静に論じられるべきことは、第1に、負担を帰着すべき具体的諸個人は誰かという問題である。夕張市の歳入の出所は夕張市民である以上、夕張市民となりそうである。しかし、具体的な「夕張市民団」は存在しておらず、抽象的に観念されるだけである。端的に言えば、06年までに債務を生み出した夕張市民と、07年度以降に債務を返済している夕張市民とは、抽象的には同一でも、具体的には同一とは限らない。借りた金を返すのは正しいとしても、借りてもいない金を返す謂れはないだろう。

 第2に、仮に負担すべき「夕張市民団」が存在したとしても、債務全額返済という無限責任を負うべきかどうかという問題である。およそ、民間経済において、無限責任を負うのは現実的ではない。自治制度において、自治体の債務に関して無限責任を負うことを、住民に充分に周知して来たとは思えない。むしろ、均衡予算原則や地方債許可制度などによって、自治体が負う債務は制度的に限界が付されている。それゆえに、「住民団」が負うべき債務も有限であるというのが、全体としての自治制度の趣旨と思われるのである。しかし、再生団体の運用は、自治制度の趣旨を踏まえているとは言えないようである。

おわりに

 デフレ下では、借金の負担は大きくのしかかる。借金の負担を軽くするのは、インフレである。戦後日本は高度成長とそれに伴う物価上昇があったがゆえに、地方財政再建制度は成り立っていた。もちろん、経済成長・物価上昇に応じて、いくらかの金利も発生するが、それに対しては利子補給で対処すれば、物価上昇の効果のみを享受できる。しかし、デフレ下・低(マイナス)金利下の夕張市の財政再生は、あるいは、財政再生制度それ自体は、債務負担を調整(限定)するメカニズムは埋め込まれていない。

 自治体・夕張市および「夕張市民団」は、債務に緊縛され続ける。公的資金の注入または債務調整がなされなければ、ミイラのように干からびる危険を生み続けるだろう。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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