「新・地方自治のミライ」 第29回 セーフティネットと「蜘蛛の糸」のミライ

時事ニュース

2023.06.19

本記事は、月刊『ガバナンス』2015年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 本連載5月号でも触れたように、生活困窮者自立支援法が本年4月1日より施行された。自治体は生活困窮者自立支援に取り組むことになったのである。

 1995年以降、生活保護受給者は傾向的には急増してきた。そのようななかで、生活困窮の度合の高い層が、生活保護に「至る」ことのないように、自立支援策の強化を図るとともに、生活保護から「脱却」した人が再び生活保護に「頼る」ことのないようにすることが必要であるとして、生活困窮者自立支援制度が構想されたのである。

生活困窮者自立支援制度の概要

 生活困窮者自立支援制度は、自治体から見れば、必須事業と任意事業からなる。必須事業には、自立相談支援事業と住居確保給付金がある。任意事業には、就労準備支援事業、一時生活支援事業、家計相談支援事業、学習支援事業がある。さらに、就労訓練事業(いわゆる「中間的就労」)の認定がある。

 自立相談支援事業は、福祉事務所設置自治体が必ず行わなければならない事業である。国庫負担4分の3である。訪問支援などのアウトリーチも含め、生活保護に至る前の段階から早期に支援する包括的な相談支援が目指されている。

 ワンストップ型の相談窓口によって、情報とサービスの拠点を構築する。そして、総合的なアセスメントを通じて、一人ひとりの状況に応じ、自立に向けた自立支援計画を作成する。こうして、以下に述べる多様な状況の生活困窮者のそれぞれの状況に応じた支援への入口とする。そのためには、関係機関との連絡調整が必要である。

 ①居住確保支援:離職によって住宅を失った者に、再就職に向けた就職活動を支えるための家賃費用である住居確保給付金を給付するという趣旨である。必須事業で国庫負担4分の3である。

 ②就労支援:早期就労が見込まれる者は、公共職業安定所(ハローワーク〈しょくあん〉)との一体的支援を進める。就労に一定期間を要する者には、就労に向けた日常・社会的自立のための訓練として、就労準備支援事業を有期で行う。任意事業であり国庫補助3分の2である。就労準備支援をしてもなお一般就労が困難な者には「中間的就労」を推進する。簡単に言えば、「就労に必要な知識及び能力の向上のための必要な訓練等を行う事業」という名目で、支援付就労あるいは福祉的就労を進める。ただし、中間的就労は、自治体が自ら行うのではなく、事業者に対する支援に過ぎない。

 ③緊急支援:住居喪失などの緊急に衣食住の確保が必要な者には、一時生活支援事業を行う。一定期間は宿泊場所や衣食の提供などを行い、支援方針決定までつなぐ。任意事業であり国庫補助3分の2である。

 ④家計再建支援:家計から生活再建を考える必要がある者に対しては、家計に関する相談、家計管理に関する指導、貸付の斡旋など家計相談支援事業を行う。任意事業で国庫補助2分の1である。

 ⑤子ども・若者支援:いわゆる「貧困の連鎖」を防ぐため、生活困窮家庭の子どもに対する学習支援や保護者への進学助言など学習支援事業を行う。これも任意事業で国庫補助2分の1である。

「第2のネット(網)」論と「蜘蛛の糸」

 生活保護というセーフティネットに至る前に、早期のセーフティネットを張るというのが、制度構想の背景にある。すなわち、「第1のネット」である社会保険制度・労働保険制度と、「第3のネット」である生活保護制度との間に、「第2のネット」を張ろうというものである。

 しかし、この「第2のネット」は、必ずしも正確な比喩ではない。というのは、ネットであるならば、「転落」を防ぐ下支えの網が給付されなければならない。必須事業の自立相談支援事業では、生活困窮者には何も給付されない。網となりうるのは、有期の住居確保給付金(必須事業)と一時生活支援事業(任意事業)でしかない。

 前者は有期であるから、その間に就職活動が成功しなければ、生活保護への「転落」は不可避である。それならば労働(雇用)保険の拡充こそが本来の対策であろう。また、後者は「一時」でしかなく、任意事業である。あるかもしれないし、ないかもしれないし、というものがセーフティネットたり得るはずがない。「第2のネット」のはずの生活困窮者自立支援制度は、実は、ほとんどが「網」とは関係のない就労に向けた「命綱」を想定している。端的には就労支援である。これまで求職者支援制度のかたちで行われていた事業の拡大である。さらに言えば、元々、雇用保険とは、有期の現金給付であり、その間での就職活動を、公共職業安定所を介して行うという仕掛けであり、実のところ就労支援は雇用保険制度そのものの任務なのである。こうしてみると、就労支援は「第2のネット」ではなく、「第1のネット」の労働保険制度における現物給付の問題である。

 また、就労準備・家計相談・学習支援・中間就労は、直ちにはこうした「第1のネット」に参加できない者に対する現物給付であり、「第3のネット」である生活保護制度の自立助長に過ぎない。

 つまり、就労という「極楽浄土」へ繋がるであろう、多数の「蜘蛛の糸」(芥川龍之介)を垂らしたというのが、生活困窮者自立支援制度の実相である。

網か糸か

 セーフティネットの比喩は、「転落」の危険を安全に受け止め、さらにそれをトランポリンのように「再上昇」させる仕組みをイメージさせる。社会保険・労働保険や生活保護制度の現金給付は、受け止める網の機能は持っていたが、「再上昇」=就労に繋げる現物給付の機能が脆弱であった。その限りで、現物給付という「再上昇」に向けた「蜘蛛の糸」を用意することには、一定の意味がある。

 しかし、それは充分な「第2のネット」を創出したのではなく、単に、旧来の網に欠けていた「再上昇」への跳躍促進作用を補うものである。「第2のネット」と言えるものを本格的に整備するならば、生活困窮状況に応じて現物給付を張り巡らせて、生活保護への「転落」を回避する、リアルなモノとサービスを提供することが必要である。ところが、そのための財政負担が容易ではなく、どうしても気休めのカウンセリングである「自立相談」をしておしまいになりがちである。

 より重要なのは、「第0のネット」である完全雇用状態が創出できなければ、「蜘蛛の糸」を辿って昇ろうとしても、就労には至らないことである。「転落」させないように頑張って「蜘蛛の糸」を垂らしても、徒労に終わる「終労」である。 そして、戦後日本の自治体は、そのようなことを理解していたから、無駄と言われようと、土建事業を行って雇用創出をしてきたのである。とはいえ、無駄な国土強靭化事業を続けても先行きは限度があるので、新たな時代に対応した完全雇用である「第0のネット」が作れるかが、最大の難関なのである。

おわりに

 自治体は、生活保護制度を担任するという意味で、日本社会の「第3のネット」を担当してきた。しかし、そこで受け止められることは限りがあり、特に、「第0のネット」の再整備なくして、対応は容易ではない。そのなかで、張り子の「第2のネット」が新設され、生活困窮者自立支援への対処が迫られている。

 国が「第0のネット」「第1のネット」を整備しないがゆえに、自治体が「第2のネット」「第3のネット」を負担する。しかし、雇用という「第0のネット」なくして自治体の対処能力には限度がある。自治体は、生活困窮者自立支援制度を着実に運用することにも増して、国や経済界に完全雇用を強く働き掛ける必要があろう。さもなければ、生活困窮者自立支援制度はミイラ化する。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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