「新・地方自治のミライ」 第25回 消滅可能性自治体・大阪市のミライ

時事ニュース

2023.05.16

本記事は、月刊『ガバナンス』2015年4月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 いわゆる「増田レポート」によって、「消滅可能性自治体」や「地方消滅」が話題になったのが、2014年の状況である。そこで挙げられている自治体固有名は、主として地方圏の町村が多く、消滅可能性は大都市圏ではなく地方圏の問題と受け止められているようである。しかし、15年3月段階で、最も消滅の可能性が大きくなったのは、自治体としての大阪市である。今回は大阪市問題について論じてみたい。

大阪都構想の登場

 いわゆる大阪都構想は、橋下徹氏が大阪府知事時代に提唱を始めた制度改革のアイデアである。単純化して言えば、大阪地域の経済再生のためには、現在の大阪府と大阪市の二元体制は桎梏になっている、そこで、成長を強力に進める「強い大阪都」と、住民生活を支える中核市並みの「やさしい特別区」に再編する。前者が稼いで、後者が分配する、というイメージである(注1)

注1 そのため「One 大阪」とも呼ばれる。

 大阪市と大阪府の対立抗争は「不幸せ(府市あわせ)」と呼ばれてきたように、積年の論点である。戦前から、そして戦後直後にも、大阪市側は大阪府からの「独立」を目指す特別市制を提唱し、その後も、政令指定都市の権限拡大を目指してきた。これに対して、大阪府側は、特別市制の導入を阻止したり、大阪市域の拡張に抵抗しながら、折に触れて、「大阪○○都構想」を打ち出し、大阪市側を牽制してきた。このような力学の均衡点が政令指定都市制度であり、そのもとで、大阪府は大阪市域外にプロジェクトを集中し、大阪市域内は大阪市が事実上は専管するという、二元体制が進められてきたのである。その結果が「共倒れ」というのが、大阪都構想の提唱者の直観である。

 しかし、「大阪○○都構想」は、橋下氏の専売特許ではなく、むしろ、大阪府側の普通のアイデアである。橋下・大阪府知事が独創的なのは、こうしたアイデアを政治的に具体的に活用したことである。制度改革は、大阪府知事だけで決められることではない。この過程は、必然的に政治的なものになる。

大阪都構想の大阪での政治化

 大阪府知事が大阪都構想を実現するためには、第1に、大阪関係者を納得させなければならない。つまり、大阪府知事、大阪府議会、大阪市長、大阪市議会(市会)という四つの政治機関の意思の合致が不可欠である。このときに採用されたのが、「大阪維新の会」という地域政党である。橋下氏という個人は、同時に四つの機関を兼職できない。こうして、10年4月に発足した「大阪維新の会」は、大阪都構想を掲げて、大阪市会を除く三つの機関を掌握したわけである。

 まずは、11年4月の統一地方選挙で、府市議会を掌握することが目指された。小選挙区制の多い府議会は単独過半数を得た。次に、11年11月の大阪市長の任期満了に合わせて、橋下氏は大阪府知事を辞職し、大阪市長選挙に立候補し、大阪市長に当選する。同時に、大阪府知事には、「大阪維新の会」として政策の一致する松井一郎氏を候補とし、府市の両首長を掌握した。

 もっとも、政治的合利性からみれば、大阪都構想は大阪府側のアイデアであって、大阪市側に立場が変われば、反対に豹変するのが当然である。大阪市長になれば、特別市制など、大阪市の権限を強化することが、政治的に合利的である。しかし、「大阪維新の会」という地域政党を通じて、橋下氏は府市双方を掌握できるのであれば、大阪市長としても大阪都構想を掲げ続けることが合利的になるのである。

 しかし、11年4月の選挙において中選挙区制の大阪市会では、単独過半数を得られていない。地域政党色によって政治機関を掌握することを試みることは、逆に、掌握できなかった場合には、その後の阻害要因となる。このことが、大阪都構想をミイラ化させることに繋がった。

大阪都構想の国政での政治化

 仮に大阪の4機関を掌握して大阪都構想で一致しても、自治制度改革には国政での決定が必要である。したがって、第2に、大阪都構想を実現するには、国政を変えるしかない。それゆえ、地域政党「大阪維新の会」は、「維新の会」勢力として国政に進出する誘因を持つ。とはいえ、他の国政政党に、大阪都構想を進める誘因は通常はない。

 ところが、国政諸政党が、国政選挙での「維新の会」勢力の協力を欲するという政局状況において、大阪都構想の食い込む裂け目が存在した。これが、12年当時の政局状況である。与党民主党は末期症状を呈し、政権転落が目睫に迫る。他方で、野党自民党・公明党・みんなの党などは、次期総選挙での協力、または、選挙後の連携の選択肢を残そうとして、「維新の会」勢力(注2)に秋波を送る。こうして12年9月に成立したのが、大都市地域特別区設置法である(注3)。大阪府市4機関が協議会において合意を形成し、大阪市民投票で承認を得られれば、大阪市消滅と特別区設置が可能になる法的措置をしたのである。

注2 「大阪維新の会」は、総選挙を睨んで2012年9月に「日本維新の会」となる。2014年9月には「維新の党」となる。

注3 正式名称は、「大都市地域における特別区の設置に関する法律」である。

 もっとも、この段階では、上述の通り、大阪市会の過半数は「維新の会」勢力は持っていなかったので、国政諸政党はタカをくくっていたといえる。秋波を送るのは、12年冬にでも想定される総選挙までの秋季であった。12年12月の総選挙で自民党が圧勝し、媚態は終わる。

 大阪都構想用の法制はできたが、大阪でも国政でもそれを進める政局は消滅した。それでも、13年7月の参議院選挙で、自公与党が勝利できなければ、国政で「維新の会」勢力に与党が妥協をする余地も出てくる。しかし、橋下氏の「従軍慰安婦発言」などもあり失速し、国政レベルでの政局状況を作れなかった。

ミイラのゾンビ的復活?

 こうして、大阪・国政の双方のアリーナで、大阪都構想はミイラ化していった。大阪府市4機関で構成される特別区設置法定協議会では、大阪市会側委員の抵抗により、進捗はなかった。局面を打開しようとして、市長を辞職して民意を問う出直し市長選挙(14年3月)を行っても、市会の構成は変わらないため、膠着状態が続いた。民意が確認されたとして、14年7月に強引に法定協議会を通過させたものの、大阪市会で否決される(注4)

注4  実際には、大阪府議会でも「維新の会」勢力は脱会者によって単独過半数を失っており、2014年10月には、大阪市会・大阪府議会の双方で協定書は否決された。

 ところが、14年12月の総選挙を挟んで、この間の水面下の経緯は全く不明であるが、ミイラが復活することになる。総選挙では、失速したはずの「維新の会」勢力は、それなりの議席を保った。こうして、15年1月の法定協議会では、「維新の会」勢力のほかに公明党が賛成して、協定書が可決された。大阪府議会・市会でも、「維新の会」勢力に公明党を加えれば過半数となるため、3月、四つの政治機関を通過したのである。公明党は、「大阪都構想」すなわち協定書の中身には反対であるが、「都構想議論の収束を図る」ために「住民投票で決着をつける」として、賛成したのである(注5)

注5  2015年1月13日第21回協議会議事録、清水義人委員(公明党)討論より。この発言を額面通り受け止めれば、ミイラの復活可能性を市民投票で絶つ、ということになる。もっとも、論理的には、市民投票で否決されても、自発的辞職や翻意がない限り、市長も府知事も両議会の構成も変わらない。

おわりに

 こうして、特別区設置法に基づく市民投票(注6)が、15年5月17日に実施される。その前の15年4月の統一地方選挙の大阪府市議会選挙では、大阪都構想自体も選挙の争点になろうが、協定書自体はすでに確定済みである。最終的法的拘束力のある法定住民投票は異例である。しかも、どんなに低投票率でも決定される。大阪市という自治体の消滅の自己決定=自決が、大阪市民の手に委ねられた。

注6  大都市地域特別区設置法第7条によれば、選挙人の投票に付されるのは「関係市町村」であって、「関係道府県」ではない。したがって、大阪府民投票ではなく、大阪市民投票である。

 もっとも、その先のミイラ復活の祟りは不明である。仮に大阪市民投票で可決されても、協定書が求める法的措置を、「国権の最高機関」たる国会が行う保障は全くない(注7)。むしろ、勝手に、大阪側が期待しない法制上その他の措置をする可能性も有り得る。そのような政治的決定をする政局に国政があるかが、非常に大きなリスク要因として浮上する。

注7 政府には、協定書を踏まえて、「必要な法制上の措置その他の措置」をする義務はある。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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