「新・地方自治のミライ」 第19回 ミイラ化する地方の創生と早逝

時事ニュース

2023.03.14

本記事は、月刊『ガバナンス』2014年10月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 集団的自衛権行使容認など、一見すると威勢のよい第2次安倍政権であるが、現実の日本は、人口減少によって右肩下がりに転落の過程にある。折角「海外派兵」できるようになったのに、肝心の「若者」がいなくては、為政者としては困るかもしれない。「異次元」に発想を切り替えて、超高齢社会に相応しく「老兵」を派遣する手もあるが、現実性がない。となると、人口減少対策という課題が浮上しうる。

 ということか、日本創会議に触発されたか、どうかはともかく、人口減少対策や地域経済の活性化に取り組むとして、2014年7月に、「まち・ひと・しごと創本部」準備室が設置された。9月3日の内閣改造で地方創担当大臣が指名され、閣議決定(9月3日付)により、まち・ひと・しごと創本部も設置された(注1)。マスコミ的には、15年4月の統一地方選に向けた「地方重視」の目玉政策と解されているようである。「安保一辺倒」では国民受けが悪いのであるが、逆に言えば、人口減少対策や地域活性化という政策課題が、こうした「安保的発想」の政権の軍事に詳しい大臣のもとでしか国政課題とならないことに、ミイラ化する日本の国政の硬直化が垣間見える。満洲事変(1931年9月)の後にしか、疲弊した農村を救うと称する「時局匡救費」(1932年〜34年)が実現できなかったように、である。

注1 次期首相を目指す「まちびと」に「しごと」を「創生」してあげる、という意味かもしれない。

地方創生

 「まち・ひと・しごと創生本部」は首相を本部長、担当相と官房長官を副本部長、他の全相を本部員とする。各省官僚で構成する事務局と、有職者懇談会が付置される。報道によれば、「50年後に1億人程度の人口維持を目指す」とする「長期ビジョン」と、東京五輪が開かれる2020年までの国の5か年計画となる「総合戦略」をまとめ、15年1月までに策定する。さらに、都道府県ごとには「地方人口ビジョン」を15年3月末までに作成し、少子化対策を盛り込んだ「地方版総合戦略」をつくることを想定している。

 「総合戦略」の目標は、以下のようなものが考えられるという。(1)出生率向上=結婚割合向上、第2・3子以上の出生数の増加、(2)人口流出是正=若年人口の流出抑制、人口流入数の増加、拠点都市の「人口のダム機能」強化、(3)一定以上の人口減少不可避=地域社会の資源、サービスの利用方法の見直し、などである。

 とはいえ、普通に政策過程が進めば、大した成果は見込めない。というのは、条件不利地域への各種の地域振興施策は、戦後一貫して取り組まれてきたので、模倣してしまうアイデアの先例は多いからである。離島振興(1953年〜)・過疎対策(1970年〜)などは中央省庁・自治体には馴染みである。バラマキになると効果が薄いとして、特定の拠点を選定して集中的な発展を期待するのは、新産業都市(1962年〜)以降、手を変え、品を変え、何とか「ポリス」「都市」とか、何とか「地域」「地区」「拠点」とか、打ち出されてきた。しかし、大概は芳しい効果をあげなかったのである。竹下政権の「ふるさと創1億円」(1988年〜89年)も、バブル時代のエピソードとして終わった。地方創生とは実に難しい。

地方早逝(世)

 2001年からの小泉政権の構造改革路線は、地方の切捨てを目指すものであった。三位一体改革による地方財源総額の抑制や、交付税改革による小規模町村への交付削減、平成の大合併による周辺部町村の消滅は、地方早逝路線である。戦後一貫して取り組まれた地域振興路線のもとでも、真の意味での創生を齎もたらすことはなく、一極集中と少子化は一貫して進んでいたが、少なくとも、地方への財源散布によって、地方での住民の仕事・生活を支えてきた。その意味で、地域開発施策の実態は、地方の「生命維持装置」だった。小泉構造改革路線は、こうした処置策を「ぶっ壊す」ものだった。

 しかし、地方早逝は、当然ながら、甚大な痛みを伴う。そこで、地方の疲弊という痛みを発する神経自体を切断する施術に踏み切った。これが、平成の大合併である。地方が疲弊すれば、その最前線に直面した町村等自治体は、救済を求めて声を上げ、また、自ずから様々な自主的政策に乗り出す。しかし、こうした声がある限り、地方を早逝させることはできない。そこで、合併によって声を奪っておく。合併された周辺の旧町村部が疲弊しても、合併自治体の中心部に住民の比重があり、首長・議員はそうした中心部の声を主に反映する。こうして救済を求める声は聞こえなくなる。

 ちなみに、2000年代に議論となり、いまも時折くすぶり、また、第1次安倍政権も課題に据えた道州制も、同様の地方早逝効果が期待される。地方が疲弊すれば、周辺道府県が声を上げるし、現在も上げているわけである(注2)。仮に道州制になれば、吸収された周辺の旧県域が疲弊しても、ほとんど声を上げることはできなくなる。道州制が必要となるのは、さらに日本列島の周辺部の疲弊が深刻になっている状態であろうが、現時点では、そこまでの状況には至らなかったというだけである。現状では、周辺旧町村部や、「未」合併の小規模市町村の「早逝」が進められている段階である。

注2 例えば、2014年7月には、「日本を救うラストチャンス 少子高齢化対策待ったなし!」として全国知事会議が開催され、「少子化非常事態宣言」がまとめられた。

早逝と創生の双生

 地方創生が政策課題となったのは、こうした地方早逝からの方向転換であろうか。為政者の意図は方向転換かもしれないし、あるいは、戦前・戦後を通じた地方重視のスタンスを「とりもどす」だけかもしれない。とはいえ、真の地方創生に成功したことは一度としてなく、将来展望は暗い。今回の地方創生も「選挙目当て」と言われがちなのは、効果が期待できないことの裏返しである。結果的には、創生にならず、生活の質(QOL)の低い延命に終わるということである。

 こうしてみると、地方早逝と地方創生は、右肩下がりの日本の地方社会の双生児である。前者は、疲弊と衰退の過程に伴う痛みに対して、「声」を上げさせる回路を封じて、痛みに耐えさせて、疲弊を加速化する。後者は、疲弊と衰退に対して、「カンフル剤」や「栄養点滴」を投与することで、措置をしているという弁明と責任回避を可能とする。地方創生は、地方疲弊を反転するわけでも減速するわけでもなく、「何かしている」という自己満足により、実際には衰退を加速化する。その意味では、両者の役割は同じである。

 結局のところ、国の為政者のできることは極めて限られている。もちろん、自治体のできることも極めて限られている。自治体の為政者や住民・団体が、内発的で主体的な活動を行い、それに国などの外部が大きな支援をして、たまたま、ときの環境状況に合致したときには、当該地方は疲弊から脱することができるかもしれない。この第三のシナリオは、多くの自治体関係者が希求してやまない方向であろう。そして、自治体が回復軌道に乗るときに、地域創生の成果の分配に与(あずか)りたい国の為政者も、便乗して参画してくる。しかし、その逆はない。

 とはいえ、現実には、そのような回復軌道(第三の道)に乗れる地方がどの程度あるかは不明である。そのときに、早逝を含意する「痛みに耐える道」でもなければ、創生と称する「悪あがき」の延命策でもなく、第四の道を選択できるかに、多くの自治体が直面する。いかに痛みを適切にコントロールし、自然の流れに沿って、悠々と尊厳ある時を過ごせるかが、地方の直面するもう一つのシナリオなのである。

 自治体としては、集権的指向の強い国の地方創路線に、基本的にはお付き合いしつつ、もし可能であれば、内発的な発展の可能性を模索する。また、国が地方早逝路線に回帰することを抑止して、国を少なくとも意図の面では地方重視につなぎとめる。それと同時に、鎮痛を行いつつ、日々の住民の生活と経済を営む、という地道な生活の質の戦略とシナリオが必要となろう。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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