「新・地方自治のミライ」 第9回 教育集権抑制への「大人の知恵」

時事ニュース

2022.12.14

本記事は、月刊『ガバナンス』2013年12月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 連載前回において、いわゆる「八重山教科書問題」について触れたところである。文部科学大臣は、2013年10月18日付で沖縄県教育委員会に対して是正の指示を発出した。今回も、引き続きこの問題を考察してみよう。

教科書無償法における「同一」

 地方教育行政法によれば、教科書採択は各市区町村教育委員会が権限を持つところであるが、教科書無償法によって、採択地区に関しては関係教育委員会が協議して同一の教科書を採択することとされている。「特別法が一般法を破る」という原則によって、後者が優先すると理解されている。つまり、同一採択地区内では、同一教科書を採択する義務を、構成するすべての市区町村教育委員会は負うことになる。現在の状態が違法であるという文部科学省の見解は、充分に首肯できる。

 しかし問題は、その先である。同一採択地区Xを構成するA市B町C町において、A市教育委員会はα社を、B町教育委員会はα社を、C町教育委員会はβ社を採択したときに、「違法状態」を生み出しているのは、ABCのどれであろうか。

 文部科学省は、C町教育委員会が「問題」と考えているようであるが、これは単なる思い込みである。「喧嘩両成敗」で、本当はA市B町C町教育委員会のいずれもが「問題」である。双方が悪いのに、一方だけを叱るという依怙贔屓教師は、宜しくない。同じように、双方が悪いのに、一方にだけ違法の原因を求めるのも、宜しくない(注1)

(注1) 文部科学省は「大人の世界は理不尽で、依怙贔屓が普通なのだ」という社会の実態を、C町の子どもに教えてあげようという、深い教育的配慮があるのかもしれない。

 教科書無償法が法的に要求しているのは、A市B町C町の間で、一致した教科書を選択することでしかない。結論的に言えば、教科書無償法に違反したのは、A市B町C町教育委員会のすべてである。したがって、文部科学大臣が是正の指示を出すのであれば、石垣市・与那国町・竹富町の3市町教育委員会に対する是正の要求を出すことを、沖縄県教育委員会に求めるべきである。

 そして、早い話、「痛み分け」でγ社をA市B町C町が一致して採択すれば、違法状態は解消される。なにも、α社に統一しなければならないわけではないのである。もちろん、β社に統一してもよいが、A市B町は納得しないであろう。ならば、第三の候補にするしかないであろう。通常、二つの候補が対立したときの「大人の解決」は、第三の候補を探すことである。ところが、現在の文部科学省には、こうした「大人の知恵」はないようである。

採択地区協議会の「答申」

 文部科学省の見解では、3市町が規約で設置した採択地区協議会なるもので、α社に統一したと考えるようである。確かに、教科書無償法では、各教育委員会が協議することが求められているので、3市町教育委員会の協議が、この採択地区協議会で行われることは、充分に理解できよう。しかし、この採択地区協議会なるものは、協議の舞台(アリーナ)ではあるが、意思決定の主体(アクター)にはなり得ない。協議とは、そういうものである。協議の舞台が同時に意思決定の主体になるとすれば、それは合議制機関を設置することである。しかし、教科書無償法にも、地方教育行政法にも、そのような教科書採択を決定できる機関として、採択地区協議会は規定されていない。むしろ、採択地区協議会が決定主体となる場合には、両法に抵触する恐れすらある。

 協議会で取りまとめられた結論と異なる教科書を採択する構成教育委員会があるとすれば、採択地区協議会での討議は、教科書無償法に言う「協議」を尽くしたものではないということになる。要は、採択地区協議会の「答申」が取りまとめられたとしても、それは、斡旋案・調停案程度のものである。

 協議を進める過程で、意思の合致を得るために、様々な原案を示すことがあろう。しかし、受け入れられないような斡旋案・調停案では、意味がない。要は、全構成者が受け入れられないような「答申」を出すこと自体が、採択地区協議会として、充分な仕事をしていないことを示しているだけである。

 もちろん、立法論的には、採択地区協議会そのものに、採択権限を付与することも一案ではある。また、一部事務組合を構成したり、機関の共同設置によって、合議制の意思決定主体を構築することは、不可能ではない。しかしながら、「八重山教科書問題」においては、採択地区協議会はそのような意思決定主体とはなっていない。所詮は、「答申」をするだけである。答申が即ち意思決定であるという法制は、現行法体系では有り得ない。そもそも、「答申」とは、「諮問」する単一の意思決定主体が存在することが前提である。三者から構成される組織が示すものは、「答申」というよりは、上記のとおり、「斡旋案・調停案」のようなものである。

教科書無償提供の義務

 義務教育は無償であり、教科書も同様である。教科書を市町村等に無償で提供する義務を負っているのは、国である。そして、教科書無償法の規定によれば、同一採択地区内では、構成する各市区町村教育委員会が結果として採択するはずである同一教科書を、無償提供しなければならない。逆に言えば、同一採択地区内で採択すべき同一教科書が決定されない場合には、国は教科書を提供してはいけない。もちろん、この場合、違法状態の原因を作っているのは全構成市区町村教育委員会であって、文部科学省ではない。したがって、文部科学省の違法性は低い。

 しかし、児童生徒に教科書を無償提供するという、憲法・教科書無償法の原則からすれば、こうした状態を放置することは望ましいとは言えないだろう。

 とはいえ、文部科学省が焦って、α社の教科書を無償提供すると、何の法的根拠もないのに、文部科学省は公金を支出することになる。その意味で、A市・B町に教科書を無償提供することは、文部科学省が積極的に違法行為をすることになる。民主党政権下の文部科学省は、教科書を無償提供する義務を果たそうとするあまり、こうした違法行為をしたのであるが、政権交代によっても見直されなかった。

違法なのは誰か

 こうして考えると、「八重山教科書問題」で違法状態を生み出しているのは、石垣市教育委員会、与那国町教育委員会、竹富町教育委員会、文部科学省の四者である。違法行為をしている文部科学大臣が、違法行為をしていない沖縄県教育委員会に対して、是正の指示を出すのは、誠に奇妙な光景である。法治主義の倒錯である。あえて立法論的に言えば、沖縄県教育委員会こそが、文部科学大臣に対して、是正の要求を出せるような法制が必要である。

 違法行為をしている3市町教育委員会のすべてに、是正の要求を出すことを沖縄県教育委員会に指示するのであれば、まだ理解も可能である。文部科学省が違法行為に手を染めなければならない原因を作っているのは、当該3市町教育委員会の全員だからである。しかし、依怙贔屓的に、竹富町教育委員会にのみ、違法の責任を押し付けることは、中立・公正な判断とは言えないだろう(注2)

(注2)都道府県・市町村のように独立の行政委員会方式をとっていない国に対して、中立・公正性を求めることは、ミイラに生き返ることを期待するように、酷なことかもしれない。

 違法行為に加担していない沖縄県教育委員会は、違法当事者である上記四者に、違法行為を止めるように説得すべきである。しかしながら、自己の正当性に固執する四者を説得することは、現実的には見通しが立たない。四者を従わせる法的権限がない場合には、結局、赤裸々な力関係が作用してしまうからである。

 論理的には、前号で指摘したように、八重山郡を分割し、そのうえで、採択地区を再設定することが、沖縄県知事・議会・教育委員会の責務ではある。ただ、現実的には時間もかかるであろう。その意味では、すでに指摘したように、「大人の知恵」を発揮して、第三のγ社とすることで、3市町教育委員会を説得するのが、沖縄県教育委員会の道義的責務であろう。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
 1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)など。

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