徴収の智慧

鷲巣研二

徴収の智慧 第55話 根拠と理由

地方税・財政

2020.01.10

徴収の智慧

第55話 根拠と理由

元横浜市財政局主税部債権回収担当部長
鷲巣研二

『月刊 税』2019年1月号

滞納整理は因果な仕事?

 滞納整理では少なからぬ徴税吏員が滞納者とのトラブルで頭を悩ませているのではないか。督促状を出せば「こんなものを送ってよこしやがって!」と怒鳴られ、差押えをすれば「何の予告もなく勝手に差押えなんかしやがって!」などと言いたい放題の滞納者も少なくないから、因果な商売ならぬ因果な仕事だと苦虫を噛み潰したような気持ちになるのも無理からぬことのように思われる。これらはいずれもそうした原因を作っているのは滞納者なのであって、何とも道理の通らない的外れな抗議でありかつ理不尽なことでもある。納期限までに完納されない税があれば督促状を発するのも差押えをするのも、いずれも法律でそのようにすることが(徴税吏員に)義務付けられているのだから徴税吏員にしてみれば、いわば正当な業務を遂行しているのに怒鳴られるという「普通ならあり得ない」状況なのである。徴税吏員として本務を全うしているのに責められることほど理不尽なことはない。もっともこうした理不尽で度を越した抗議をするのは、一部の滞納者に過ぎない。滞納者といっても大多数は、督促状や催告に促されて遅れながらも納税しているのが実情であり、一定の経費はかかるものの、かろうじて自主的な納付に応じている点が、せめてもの救いになっていると言えなくもない。

もう一つのトラブルの原因

 滞納整理におけるトラブルはこれだけではない。適切さを欠いた徴税吏員の対応に起因するものもあるかもしれない。例えば、滞納者から「分納中なのにどうして差押えをするんだ」と問いただされたときに、「何の連絡もなく分納が途絶えたので、法律に基づいて差し押さえたまでです」のように木で鼻を括るかの如き返答をしてしまうことはないだろうか。別にそれ自体内容が間違っているというわけではない。徴税吏員にしてみれば、当たり前のことをしたまでだと思っているし、恐らくは滞納者からの問いに対して的確に答えたつもりでいるのだろう。しかし、ここには二つの問題点が潜んでいるように思う。一つは、返答の内容以前に「ものの言い方」が相手の感情を逆なですることになっていやしないだろうか。ただでさえ差押えを受けた滞納者は心中穏やかではないはずだ。そこへもってきて無愛想で杓子定規な答えを聞かされたのでは、そうした徴税吏員の返答(の仕方)を挑発的と受け止めたのかもしれない。勿論徴税吏員の側にはそのような認識は微塵もないのだが、不本意な差押えをされたと感じている滞納者の心理からすれば、恐らく挑発的・高圧的・一方的と映っているのだろう。

認識のすれ違い

 こうしたトラブルの原因は、「ものの言い方」もそうだが、滞納者と徴税吏員との認識のすれ違いからも来ているように思われてならない。すなわち、もう一つの問題点はこうである。滞納者は、自分は(役所から)分納を認められているのにどうして差押えをされなければならないのか、その「理由」を聞きたいと思って尋ねたのに、法律に基づいて差し押さえたのだという「根拠」で答えを返されたところにすれ違いを感じて「自分が聞きたかったのは根拠ではなく理由だった」のに、法律に基づいてやったことだから文句は言わせないかのような期待に反する答えだったのでトラブルになってしまったと思われるのだ。だから徴税吏員が「あなたは分納すると誓約したにも拘わらずその約束を守らなかっただけでなく、私どもからの度重なる催促にも応じない上、弁明すらされなかったので、当初分納を認めたときにご説明申し上げた通り、法律に基づいて差押えをしたのです」のように、今回なぜ差押えに至ったのか、その経緯と理由について説明していれば避けられたトラブルだったかもしれないのである。

 もっとも滞納者の中には、徴税吏員が、そのように的確かつ丁寧な説明をしたとしても、自らの義務違反や怠慢を棚に上げて、責め立てる「道理の通じない人」もいるので、徴税吏員が誠意を示せば同じように誠意を以て返してくれる誠実な人ばかりではないということを承知の上で対応する必要があるだろう。ともあれ少なくとも徴税吏員の側に原因のあるトラブルだけは起こしてはならないと思う。

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元横浜市財政局主税部債権回収担当部長

日本大学法学部卒、横浜市入庁。緑区役所納税課を経て企画財政局主部収納指導係長の後、保育課管理係長、保険年金課長、財政局主税部収納対策推進室長、区総務課長、監査事務局調整部長、副区長などを経験し、財政局主税部債権回収担当部長を最後に退職。共著に『事例解説 地方税とプライバシー』(ぎょうせい、2013年)などがある。

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