政策事例研究 vol.1 - 異次元の少子化対策①

キャリア

2024.09.02

★本記事のポイント★
1 政策形成力を磨くためには、日ごろから政策を自らの考えを踏まえて検討する習慣を身につけることも必要。 2 次元の異なる少子化対策の実現に向けて閣議決定された「こども未来戦略」を題材にして、少子化の背景と乗り越えるべき課題を考察する。 3 経済的事情で結婚できないことに関連して、雇用の安定を図る施策を考察する。

 これまで、政策形成に関する手順やスキルについての連載をしてきました。政策形成力を磨くためには、日ごろから政策研究をする習慣を身につけることも必要でしょう。特に、政策の背景、課題、解決策などを自らの考えを踏まえて検討することが重要だと思います。そこで、今回からは、現在取り組まれている政策を題材として、政策の事例研究をしたいと思います。不定期な連載になりますが、一緒に考えていただければ幸いです。今回からは、これからの最重要課題とされる少子化対策に関する課題などについて考察したいと思います。今回は、非婚化に関連して雇用の安定に焦点を当てたいと思います。

 

1.こども未来戦略

 少子化対策は、重要な政策課題で、これまでもいろいろな取り組みが行われてきましたが、令和5年12月22日、次元の異なる少子化対策の実現に向けて「こども未来戦略~次元の異なる少子化対策の実現に向けて~」が閣議決定されました 1
 同戦略は、「2030 年までに少子化トレンドを反転できなければ、我が国は、こうした人口減少を食い止められなくなり、持続的な経済成長の達成も困難となる。2030 年までがラストチャンスであり、我が国の持てる力を総動員し、少子化対策と経済成長実現に不退転の決意で取り組まなければならない」として、「次元の異なる少子化対策としては、(1)構造的賃上げ等と併せて経済的支援を充実させ、若い世代の所得を増やすこと、(2)社会全体の構造や意識を変えること、(3)全てのこども・子育て世帯をライフステージに応じて切れ目なく支援すること、の3つを基本理念として抜本的に政策を強化する」としています2
 そして、今後3年間の集中的な取組である加速化プランとして、①ライフステージを通じた子育てに係る経済的支援の強化や若い世代の所得向上に向けた取組、②全てのこども・子育て世帯を対象とする支援の拡充、③共働き・共育ての推進、④こども・子育てにやさしい社会づくりのための意識改革の4つの柱のそれぞれについて具体的な施策が盛り込まれています3
 さすが次元の異なる少子化対策というだけあって、思い切った施策のメニューが並べられています。同戦略は、これからの行政運営にとって重要な指針となるもので、皆さんもその内容をご存じだろうと思います。以下では、これらの施策がうまくいくための課題を考察したいと思います。

 

2.少子化の背景と乗り越えるべき課題 - 非婚化

 同戦略では、こども・子育て政策を抜本的に強化していく上で乗り越えるべき課題としては、①若い世代が結婚・子育ての将来展望を描けないこと、②子育てしづらい社会環境や子育てと両立しにくい職場環境があること、③子育ての経済的・精神的負担感や子育て世帯の不公平感が存在することの3点が重要であるとして、それぞれについて具体的な課題を指摘しています4。単純に要約すれば、経済的事情や長時間労働などの理由により結婚できない、結婚しても希望する数のこどもを持てないというものでしょう。同戦略は、このようなことに目配りして、施策のメニューを提示しています。
 ところで、乗り越えるべき課題の①若い世代が結婚・子育ての将来展望を描けないことに関して、「雇用形態別に有配偶率を見ると、男性の正規職員・従業員の場合の有配偶率は 25~29 歳で 27.4%、30~34 歳で 56.2%であるのに対し、非正規の職員・従業員の場合はそれぞれ 9.6%、20.0%となっており、さらに、非正規のうちパート・アルバイトでは、それぞれ 6.2%、13.0%にまで低下するなど、雇用形態の違いによる有配偶率の差が大きいことが分かる。また、年収別に見ると、いずれの年齢層でも一定水準までは年収が高い人ほど配偶者のいる割合が高い傾向にある」と指摘しています5
 少子化の原因の一つとして、結婚しない人が増加する非婚化があげられます。上記の指摘を図式化すれば、次のようなものでしょう。

 この点、同戦略が「今回の少子化対策で特に重視しているのは、若者・子育て世代の所得を伸ばさない限り、少子化を反転させることはできないことを明確に打ち出した点にある」としているのは6、問題の本質を捉えた指摘だと思います。

 

3.雇用の安定

  次のような論述がありますが、雇用の安定を図るためには、どのような施策が必要か検討しましょう。

 労働市場への参入時の状況が調査時現在の低所得状態に影響を与えるプロセスを考察したところ、学校から職業への移行において間断があることは初職が正規雇用以外であることに影響し、初職は職業キャリアを通して現職を規定し、現職が正規雇用以外であると低所得状態に陥りやすくなるという不利の連鎖が明らかになった。初職が非正規雇用であっても現職で正規雇用になることができれば、現在、低所得状態に陥っている可能性が低いと予想したが、そのような挽回のチャンスも少ないようである。つまり学卒から初職、現職、現在の低所得状態にいたるライフコースを通じた不利の連鎖を断ち切るには、より前の段階で不利な状態から抜け出すことが重要なのである。
 最後に、ある時点の低所得状態がその後のライフコースに与える影響について、結婚を取り上げて検証したところ、そもそも低所得状態からは結婚が困難であること、結婚できたとしても結婚後の世帯の経済的水準は低いことなどから、低所得状態がその後のライフコースにも負の影響を与えていることが確認された7

 <考察>
 この論述のように、卒業時点で正規雇用とならないなら、挽回するチャンスも少ないようで、それが低所得状態や結婚が困難となることにつながっていきます。これが我が国の新卒一括採用の負の側面かもしれません。最近は、雇用市場の自由度もやや向上したと思いますが、新卒一括採用は、教育と雇用の融合したシステムで、そう簡単に改められることはないでしょう。
 この問題は、我が国の社会の深層にある格差問題と関連するもので、その解決は簡単ではありません。非正規雇用から正規雇用への転換、非正規雇用者の待遇改善を図ることや、さらなる雇用市場の自由度を増すことにより「挽回するチャンス」が与えられる社会を築くことが必要だと思います。

 

1 同戦略の経緯、概要等については、柳瀬翔央「次元の異なる少子化対策の実現に向けたこども未来戦略」『立法と調査463号』(参議院常任委員会調査室・特別調査室、2024年)参照。 2 同戦略1頁・2頁。 3 同戦略14頁以下。 4 同戦略4頁以下。 5 同戦略4頁。 6 同戦略2頁。 7 林雄亮「現代日本の若年層の貧困」石田浩編『教育とキャリア』(勁草書房、2017年)190頁

 

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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