条例化の関門 その7 憲法審査②

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2023.06.07

★本記事のポイント★
1 人権を制約する条例の憲法審査では、条例の規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される人権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して憲法適合性の判断を行うべきである。 2 憲法審査の基準としては、公共の福祉のため人権を制約する場合には、人権の制約は必要最小限であるべきということで、この基準を基に、人権の性格や公益の内容を考慮しながら、条例の目的・手段について、憲法適合性を検討していくことになる。 3 ワクチン接種促進政策に関して、憲法に適合しているかという問題について考察する。

 

1.憲法判断の方法

 前回述べたように、条例立案における憲法審査をする際には、まず、条例を適用するとどのような結果が生ずるかを想定します。そして、その結果が、憲法が保障する人権の制約になるなら、その制約が許容されるかどうかを検討することになります。その際、どのような方法で憲法判断を行うかが問題となります。
 この点について、様々な学説がありますが、筆者は、森林法共有林事件(最高裁昭和62年4月22日判決)の憲法判断の方法が参考になると思います。同判決は、「財産権に対して加えられる規制が憲法29条2項にいう公共の福祉に適合するものとして是認されるべきものであるかどうかは、規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきものである」とした上で、森林法の共有林分割制限規定について、目的・手段両面にわたり詳細に立法事実等の検討を行っています。
 言われてみれば当然の理論で、人権を制約する条例の憲法審査でも、条例の規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される人権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して憲法適合性の判断を行うべきと考えます。これは、憲法判断を行う際の枠組みとなる内容で、この枠組みの中で、次に述べる憲法審査の基準を適用して憲法判断を行うことになるでしょう。

 

2.憲法審査の基準

 次に、条例立案における憲法審査の基準について考察します。
 憲法の学説では、かつては、「二重の基準論」をベースとして、人権の種類や規制目的に従って、厳格な基準、厳格な合理性の基準、合理性の基準など厳格度の異なる基準を設定することが通説的な見解でした。しかし、最近では、通常審査や三段階審査・比例原則などの学説も有力に主張されています。これについては、最近の憲法の書物では解説されており、皆さんもご存知だと思います。
 学説を参照することは重要ですが、学説が主張する厳格度の異なる基準を適用するとしても、条例の目的は簡単に積極目的と消極目的の2つに区分できるものではないとともに、具体的な問題について、厳格な基準、厳格な合理性の基準、合理性の基準それぞれの範囲を明確に画定することは難しいでしょう。むしろ、厳格度は、程度の問題と考えて、どのような場合に厳格度が増減するのかを学説の主張も考慮しつつ検討した方が妥当な結論が出ると考えます。
 一点、総論的な基準として考えられるのは、憲法第13条の「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」という文言から、人権を制約する理由は公共の福祉であり、公共の福祉のため人権を制約する場合には、人権の制約は必要最小限であるべきということでしょう。この総論的な基準を基に、人権の性格や公益の内容を考慮しながら、条例の目的・手段について、憲法適合性を検討していくことになるのでしょう。

 

3.目的審査

 正当でない目的で人権を制約する条例を立案すれば、規制手段の正当性も証明できず、結局、条例全体が正当性を持たないものになります。したがって、人権を制約する条例では、目的が正当であることを明らかにしなければなりません。条例の目的が正当と言えるためには、その条例の目的が公共の福祉に適合するものでなくてはなりません。
 ただ、条例のもととなる政策は、必要性があり、社会的正義・公共性に適合するものとして形成されていますから、条例の目的は、条例立案における憲法審査においても正当なものとされることが多いでしょう。しかし、人権の制約をする条例にあっては、その目的も厳格に審査される必要があります。従来、学説において、公共の福祉の内容は、人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理であるとされ、人権を制約するのは他の人権との調整の必要がある場合に限るとされてきました。また、公共の福祉は、個々人の利益と異質な利益、個人の利益を犠牲にしても実現すべき利益ではなく、個々人の利益に共通な利益、あるいは、個々人の対立する利益の調和として成立する利益というように、あくまで個人の利益と結合した利益と観念すべきとする見解もあります
 人権を制約する条例の目的を審査する場合には、このような公共の福祉に関する学説の趣旨を十分に踏まえ、条例の目的が公共の福祉に適合するかをよく吟味する必要があると考えます。

 

4.手段審査

 条例立案における憲法審査において、手段審査が必要であることは、いうまでもありません。前述の公共の福祉のため人権を制約する場合には、人権の制約は必要最小限であるべきとする総論的な基準からすれば、手段審査においては、目的を達成するのに必要最小限の手段かどうかを検討することが中心となると考えます。その際には、関係する判例・学説を基に考えていくのですが、実務では次回お話しします種々の原理、制度等との整合性を検討することも重視されていると思います。

 

5.ワクチン接種促進政策 関門5

 第1回で問題提起しましたワクチン接種促進政策に関して、「Q4これらの政策は、憲法に適合しているでしょうか」という問題について考察します。
 当初のワクチン接種促進政策のうち、ワクチン接種をすると何らかの特典を与える政策については、人の権利を侵害するものではないので、憲法上の問題は生じないでしょう。
 一方、第5回で検討しました多数の人が利用する施設において感染拡大を防ぐという目的で、これらの施設の管理者にワクチン接種証明書又はPCR検査等の陰性証明書を提示しない者を施設に入場させないように要請するという政策は、人の行動の自由、施設の営業の自由などの制約になりますので、憲法適合性を検討する必要があります。
 多数の人が利用する施設において感染拡大を防ぐという目的は、感染症法の目的規定にある「感染症の発生を予防し、及びそのまん延の防止を図り」という公共の福祉の内容に適合し正当なものだと考えられます。
 また、付随的効果として位置付けることとしたワクチン接種の促進という目的は、接種を受けた個人が感染症から守られるとともに、社会全体も感染症から守られるという、予防接種法の目的規定にある「国民の健康の保持」という公共の福祉の内容に適合し正当なものだと考えられます。
 次に、多数の人が利用する施設の管理者にワクチン接種証明書又はPCR検査等の陰性証明書を提示しない者を施設に入場させないように要請するという政策の手段が、目的を達成するのに必要最小限の手段かどうかを検討することになります。ここが一番の問題で、種々の原理、制度等との整合性を検討しつつ目的に応じた必要最小限度の手段であるかを検討することになります。この問題については、次回に検討したいと思います。

 

1 高橋和之『体系 憲法訴訟』(岩波書店、2017年)215頁注5参照。

 

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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