政策形成の職人芸 ~その1 アプローチ~

キャリア

2022.09.13

★本記事のポイント★
①政策形成には、政策法務や公共政策学の理論とともに経験に基づくスキル「職人芸」が必要。 ②政策形成は、プロセスとして問題の設定と解決策の提示からなる。政策は、内容的に目的と手段から構成される。 ③地域の実情や要望を一番知っているは自治体の職員。多くの職員が政策形成に携わることが本来のあり方で、政策形成の一般的理論の必要性が高まると期待。

 

1.この時期に「職人芸」?

 読者の皆さんは自治体DXへの取組で大変だと思います。また、政策形成にもAI技術が活用される事例も増えてきました。このような状況下で、「職人芸」を語るのは時代遅れと思われるかもしれませんが、政策形成の勘所では経験に基づくスキル「職人芸」が必要だと考えています。
 筆者は、法律案の立案に携わった経験や、法科大学院、公共政策大学院等で立法学(法政策)や地方自治法の講義をした経験から、自治体の政策法務(特に条例等の立案)の進展に注目していました。条例等の立案においては、政策をどう立てるか(政策形成)、政策をどのように条例等にしていくか(法的検討)というプロセスがあります。政策形成は、条例案の立案だけでなく、行政措置や予算措置などにとっても重要なものですが、法的検討と比較すると、検討の手順・内容は、十分には定型化されていないように思います。その原因を考えると、政策形成については、政策の対象となる問題の設定から始めなくてはならないとともに、問題の発見、結果の予測、利害・価値の調整における比較衡量など想像力やバランス感覚が必要とされる場面が多くあることが挙げられます。そして、このような場面では経験に基づくスキルが重視され、そのスキルの理論化が困難であるゆえに、検討の内容・手順が定型化することが難しいのではないでしょうか。
 公共政策学の書物の中に、公共政策学のアプローチには、アートとしての公共政策学、エンジニアリングとしての公共政策学、サイエンスとしての公共政策学があるとし、「公共政策が対象とする政策問題の複雑性からアートの側面が強調される」「アートとしての公共政策学に関しては、学問としての体系化が非常に困難である。・・・経験的知識や執務的知識は政策デザインでは非常に重要な要素であるものの、それらは「職人芸」として個人に付随するノウハウである」という論述1がありますが、同様の趣旨を述べたものでしょう。

 つまり、政策形成には、政策法務や公共政策学の書物で解説されている理論とともに経験に基づくスキル「職人芸」が必要だということです。以下では、政策形成について、「職人芸」を考察し、思考方法、スキルなどを示そうと思います。「職人芸」は、表現になじまないところもあり、模範解答とは程遠い「たたき台」にしかならないでしょうが、読者の皆さんがこれを基に、政策形成の考え方の道筋をつかみ政策形成力を高めてくだされば幸いです。

 

2.政策形成のアプローチ

 政策形成は、プロセスとして問題の設定と解決策の提示からなります。また、政策は、内容的に目的と手段から構成されています。
本稿では、以下のとおり、解説していきます。

①問題の設定と解決策の提示に至る手順と必要なスキル(第1~12回)
問題の設定と解決策の提示というプロセスにおける問題の発見、原因の探求、結果の予測、条件の制限、利害・価値の調整などの論点について、手順とその手順に必要なスキル
※想像力やバランス感覚により検討を行う場面が多い

②政策の内容である目的と手段(第13~16回)
目的:目的の導き方、目的の検証、目的の具体化など
手段:手段の決定に必要な知識、手段の基本的な型である手法、手段の決定過程など

 なお、政策形成の考察方法としては、政策形成の内容を考察するアプローチと政策形成の政治過程を考察するアプローチがあります。多くの公共政策学の書物では、前者を「inの知識」、後者を「ofの知識」として、分野横断的な政策形成の一般的理論を解説しています。
 皆さんも経験されたかもしれませんが、事務方として合理的に政策を形成しても、その政策を後押しする政治勢力がない、あるいは、政治勢力が政策の必要性を否定することにより、政策が政策過程に乗らない(アジェンダにならない)ことや、様々な立場から様々な意見が出され、内容を修正せざるを得ないことはよくあり、「ofの知識」の重要性は言うまでもありません。
 この分野にも、うまく意見を調整しまとめあげるような「職人芸」があるのでしょうが、ここでは、政策形成の検討における手順・内容を示しつつ、そこで必要な「職人芸」を考察したいと思います。政治過程で揉まれるしても、合理的な政策案はいい政策となる可能性が高いと考えるからです。

 

3.政策形成の土台作り

 ところで、福祉政策、環境政策などの具体的な政策課題については、その分野の法制、施策等の知識や専門家の知見等を基に政策が形成されますが、政策形成の一般的理論の必要性はどのようなものでしょうか。
 この点については、問題をどのように発見するか、その問題は公共政策の対象となるかどうか、解決策がどのように形成されるのかなどといった政策形成の検討の際の内容・手順に関する知識は、個別具体的な問題の政策形成に必要な土台となると考えます。簡単に言えば、政策形成の一般的理論という土台の上に、専門分野の知識等を活用して、政策形成が行われるのでしょう。
 コロナ問題について独自の施策を講じてきた東京都江戸川区の斉藤猛区長が令和2年6月30日に、日本記者クラブで講演した際、生活支援について区の職員から1,000件以上の提案があり、そのうち60件を実施したと述べたそうです。地域の実情や要望を一番知っているは自治体の職員であり、自治体の政策形成の本来のあり方を示すような話だと思いました。このように、多くの職員が政策形成に携わる機会が増えてくるならば、政策形成の一般的理論の必要性も更に認識されていくと期待しています。

 

1 秋吉貴雄・伊藤修一郎・北山俊哉『公共政策学の基礎(第3版)』(有斐閣、2020年)19頁以下。

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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