相手を動かす話し方

八幡紕芦史

相手を動かす話し方 第10回 当事者意識をもたせるコツ

キャリア

2019.08.05

相手を動かす話し方
第10回 当事者意識をもたせるコツ

月刊『ガバナンス』2009年1月号

 最近、駅前の放置自転車について住民からの苦情が増えてきた。交通の妨げになるだけでなく、事故を引き起こす可能性もある。そこで、田中君の課では、この問題を解決するプロジェクト・チームを立ち上げた。そして、田中君がチーム・リーダーの重責を担うことになった。

 ところが、しばらくするとメンバーの鈴木君に、問題行動が見られるようになった。頻繁に会議に遅れる、期限通りに仕事が終わらない、報告書にモレやヌケが多いなど…。そこで、田中君は、鈴木君と個別に話し合うことにした。

 

〝人と仕事の必然性〟を伝える

 さて、この事例の場合、田中君は鈴木君にどのような話をすればよいだろうか。

 会議に遅れないように叱責する、仕事の納期について再確認する、報告書はしっかり見直してから提出するようになどと、指示する方法が考えられる。しかし、それでは表面的な問題を取り上げていることにしか過ぎず、対症療法に終始する可能性がある。

 対症療法であれば、当面の問題は解決されるかもしれない。しかし、しばらくすると、同じ問題が繰り返されるだろう。そこで、何が問題の原因かについて、考える必要がある。もし、鈴木君が通常の仕事はきっちりこなしているのであれば、このプロジェクトを遂行する当事者意識がないのかもしれない。仮に、そうだとすれば、何はともあれ、その原因を取り除くことが大切だ。

 鈴木君が当事者意識をもっていない原因は、おそらく、「なぜ、私がこのプロジェクトに参加するのか?」という〝人の必然性〟、「なぜ、このプロジェクトが必要か?」という〝仕事の必然性〟──これらを理解していないことによると考えられる。この「人と仕事の必然性」を理解していないと、鈴木君は意欲的に取り組んでくれないだろう。

 そこで、鈴木君との話では、まず、プロジェクトが立ち上がった背景や理由を理解しているかどうか確認してみよう。もし、理解が不十分であれば、プロジェクトのキックオフ・ミーティングに欠席していたとか、途中から出席し内容が理解できていないのかもしれない。鈴木君には、きっちり説明し理解を求めることが大切だ。

 それに、よくある話だが、あまり深く考えずにプロジェクト・メンバーの人選をしてしまうことがある。たとえば、時間がありそうな職員だからとか、優秀な職員を集めようとか、勉強になるから参加させようなどの理由で選ぶ傾向があるだろう。このような方法で選ぶと、最初のうちはいいが、しばらくすると当事者意識のないメンバーが出てくる。

 改善策としては、話し合いの中で、たとえば、「鈴木君は、自転車通勤しているようだけど、自転車に乗る立場から、このプロジェクトに貢献してほしい」とか、「駅前のスーパーで買い物をするときに、きっと鈴木君も困っていると思うけれど、一般住民の視点から、この問題を考えてほしい」などと、プロジェクトとメンバーにブリッジをかけることがポイントだ。

仕事のゴールとメリットを伝える

 鈴木君が「人と仕事の必然性」が理解できたとしても、プロジェクトが進む中で、「この仕事をやって、結果はどうなるの?」という疑問が湧いてくることがある。そうなると、鈴木君は〝やらされ感〟をもつことになる。その結果、どうしても通常の仕事の方を優先するようになり、プロジェクトは片手間の仕事になってくる。

 そこで、鈴木君にプロジェクトのゴールを示すことが必要だ。つまり、達成すべき目標を具体的に説明する。たとえば、「このプロジェクトが終了したときには、駅前の放置自転車がなくなり、住民が快適に買い物ができるようにする」とか、「駅前の美観を取り戻し、観光客にきれいな街だと喜んでもらえるようにする」などといった具合である。もし、ゴールを示されないで、ヨーイ、ドンとピストルを鳴らされても、走りたいとは思わないだろう。それは仕事でも同じことだ。

 しかし、ただ仕事のゴールを示されるだけでは、「私が走ったら、どうなるの?」という疑問をもつ。そうなると、ダラダラとやる気のない走り方になるのは当然だ。そうならないようにするには、鈴木君がこのプロジェクトを遂行した結果、得られるであろうものを明確にすることだ。本来は鈴木君個人が考えるべきことかもしれないが、当事者意識が感じられないなら、話し合って引き出してあげよう。

 たとえば、「このプロジェクトを経験することがキャリア・アップにつながる」とか、「プロジェクトの目標を達成することにより、鈴木君個人の評価が高くなる」とか、「街の活性化を担当している鈴木君にも、仕事の上できっと役に立つだろう」などと。

当事者意識をメンテナンスする

 このように、「必然性」は人を後押しする力になる。「目標」は人を引っ張る力になる。プロジェクト・メンバーに、これらを理解させ把握させることが、当事者意識をもたせることにつながる。「頑張れ!」とか「キミのため…」などと、精神論や感情論で人に迫る方法もあるが、このように論理的にアプローチすることにより、より強固な当事者意識をもたせることができる。

 ところが、人は忘れやすい生き物だから、プロジェクトの途中で「なぜ、私が?」という必然性を忘れてしまうことがある。また、「私がやった結果は?」という達成すべき目標を失念したりするのもよくあることだ。

 さらに、細かい仕事に没頭すると、全体を見失ったり、間違った方向に進んだりすることもある。せっかく緻密に仕事を積み上げても、方向が間違っていると、すべてがボツになってしまう。そうなると、「どうせ自分なんて…」などと、当事者意識が崩壊することになる。

 そこで、定期的にメンバーの当事者意識をメンテナンスする必要がある。もちろん、自ら必然性や目標を明確にして、セルフ・スタートできるメンバーもいるが、人は易きに流れやすい生き物だ。効果的かつ効率的にプロジェクトを進めるには、定期的に仕事を振り返るマイルストーンを設定する。その際、単に仕事の進捗を確認するだけでなく、メンバーの当事者意識についても見極めることが重要だ。

 具体的には、途中でプロジェクトの必然性や目標について、個々のメンバーと話し合いの機会をもつ。当事者意識の高いメンバーには、さらなる上を目指すストレッチ・ゴールを設定してみる。あるいは、当事者意識の低いメンバーには、進捗状況をフィードバックし改善策を示唆することで、さらなる目標達成の意欲を引き出すことだ。

 

著者プロフィール

八幡 紕芦史(やはた ひろし)

経営戦略コンサルタント
アクセス・ビジネス・コンサルティング(株)代表取締役、NPO法人国際プレゼンテーション協会理事長、一般社団法人プレゼンテーション検定協会代表理事。大学卒業とともに社会人教育の為の教育機関を設立。企業・団体における人材育成、大学での教鞭を経て現職。顧問先企業では、変革実現へ、経営者やマネジメント層に支援・指導・助言を行う。日本におけるプレゼンテーションの先駆者。著書に『パーフェクト・プレゼンテーション』『自分の考えをしっかり伝える技術』『脱しくじりプレゼン』ほか多数。

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