「新・地方自治のミライ」 第58回 全国知事会の改憲草案のミライ(上)
地方自治
2024.07.26
本記事は、月刊『ガバナンス』2018年1月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
はじめに
全国知事会(以下、知事会)の総合戦略・政権評価特別委員会「憲法における地方自治のあり方検討WT」は、2017年11月に『憲法における地方自治のあり方検討WT報告書』(以下、『報告書』)をとりまとめた。
国政では憲法改正を主張する勢力が圧倒的多数を占め、また、安倍首相自体が改憲を提唱しており、何らかの形で憲法論議が進んでいくことは想定される。そのなかで、知事会が、条文形式の改正草案の形も含めて、一定の考え方をまとめるのは、意味がある。そこで、今回から『報告書』を論じてみたい。
知事会の「国家(地方)像」
実は、知事会が憲法論議を行うのは、国政の改憲勢力の動きが風雲急を告げているからではなく、参議院選挙区の「合区問題」が背景にある。『報告書』によれば、憲法の地方自治規定が僅か4ヶ条で、しかも、「地方自治の本旨」(憲法92条)があまりに抽象的であることから生じているとする。そこで、原点に立ち返って「目指すべき国家(地方)像」を明らかにして、逐条改正草案をまとめるスタンスを採った。それは、以下の7項目からなる。
❶住民一人ひとりが個人として尊重され、それぞれの地域で、自由と幸福追求できる。 ❷住民は自らの意思に基づき地方自治に参画する権利を持つ。 ❸主権者たる国民は全て自治体の住民であり、国民主権の原則に基づく住民参画による地方自治の発展が民主主義を発展させる。地方自治は国政の立法・行政・司法三権との関係で尊重される。 ❹自治体は国民主権の原則のもとに住民から直接授権され、固有の権能が保障される。 ❺自治体は住民がゆとりと豊かさを実感して安心して暮らせるように、地域の多様な価値観の尊重や住民福祉の増進に努める。 ❻国の役割を限定し内政の要は自治体が果たす。 ❼国と地方は対等関係のもと連携・協働する。
地方自治の本旨
こうした「国家(地方)像」が、草案に反映している。特に、個人を重視し、幸福追求権(憲法13条)を理念の原点に据えたのは重要である(草案92条①)。しばしば、「改(壊)憲勢力」が国家主権・統治権力を体現した上から目線で、国民の義務を重視し、個人の尊重を否定する傾向がある点を鑑みれば、知事会が「お上」側ではなく、国民=個々人側に立ったことは意義深い。知事会は個人主義に立った立憲主義的改憲草案を示した。
また、国民=住民という観点を打ち出したことは興味深い。不用意に国民主権の原則を前面に出すと、「国民」が決定した国政が地方自治に優位するという、ジャコバン主義的な集権国家像が導かれることも多い。住民は、最高の存在である主権者=「国民」には従わなければならない、というわけである。しかし、知事会は、主権者=国民=住民=個人とし、主権者=住民=個人が参画する自治体は固有の権能を有し、国政から尊重されると位置づけた(草案92条②)。『報告書』では、国民とは「一にして不可分」の統一体ではなく、個々人の自らの意思(草案92条①)に基づく結合であり、国民にも住民にもなるのである。
草案の各条項の限界
『報告書』の「国家(地方)像」は立派なものであるが、それを具現化する草案各条項は、必ずしも充実した内容ではないこともある。現状を曖昧な文言で規定したものに留まることもある。もちろん、憲法で詳細に規定しすぎると将来への桎梏にはなりうるが、曖昧な規定ゆえに苦労してきた戦後地方自治の歴史を踏まえていない。
「地方公共団体」の種類の意義と限界
第1に、「地方公共団体」として「基礎的な地方公共団体」と「広域的な地方公共団体」と「その他法律で定める特別の地方公共団体」を具体的に掲げた(草案92条③)。「地方公共団体」という現行憲法で導入された意味不明な用語を継続することの是非は、問われていない。また、二層制自治制度が明示されるのは、現行憲法にはない。しかし、それは現状追認に過ぎない。
この規定によって、個々具体の現行47「都道府県」の存立が保障されるわけでもない。従って、合区問題に対しても何の解決策も提示しない。例えば、合区を解消するには、鳥取県・島根県あるいは高知県・徳島県を単に合併すればいいだけ、という方向に誘導される。むしろ、都道府県の「自決」(=自己決定を放棄することを自己決定すること)という道州制を、知事会が捨て切れていないことを露わにしている。
さらに、不用意に「特別地方公共団体」を明示し、法律で導入できるとしたことは、「蟻の一穴」になりかねない危険を認識しているか、大いに疑問である。善解すれば、特別区(いわゆる23区)は憲法上の地方公共団体ではないという最高裁判決を覆し、特別区にも憲法保障(例えば、区長直接公選制)を及ぼす可能性もある。とはいえ、現行の特別地方公共団体の全て(例えば、一部事務組合)に憲法保障を及ぼせるとは思えないから、思惑通りになるとは言えない。むしろ、憲法保障を法律でかいくぐる「特別地方公共団体」を許容する可能性もある。
あまり魅力的ではない草案の条項
第2に、「国家の存立に関する役割及び全国的な視点を必要とする政策、その他国が果たすべき役割」として、国・地方間の「適切な役割分担」を盛り込もうとしている(草案92条④)。しかし、こうした「役割限定論」は、2000年分権改革の初期に模索され、一定程度は理念として実現した事柄の確認に留まる。しかも、現実には、「適切な役割分担」とは曖昧であり、ほとんどの政策・事業に関しては国・自治体の双方が関わる融合状態は解消できなかった。その意味で、ほとんど有名無実の理念規定になるだろう。
第3に、現行(憲法93条)の二元代表制の大枠を変えないとしている。もっとも、議事機関としての議会は明示されているにもかかわらず、町村総会が地方自治法上は可能であるかという疑義には答えていない。また、首長が必置機関として明示されていないため、本当に二元代表制が維持されるのか、また、維持されるべきか、は不明である。結局、曖昧な地方自治保障の状態は変わらない。
第4に、現行(憲法94条)の条例制定権は維持される。もっとも、現実には法律だけではなく、政令・省令・告示・各種基準などで自治体を拘束できる現状を阻止するものにはなっていない。
つづく
『報告書』の草案には、まだまだ多くの条項の提案がなされている。
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全体として言えば、草案には、評価すべき内容、興味深い内容も盛り込まれているが、戦後70年間の自治実践の蓄積の現状追認に留まるともいえる。その意味では、現状という「ベースキャンプ」からの後退を許さないという護りの意思は示されていよう。しかし、国政為政者によって起因される「転落事故」を、本当に防げるだけの強力な「ザイル」になっているかは疑問である。さらに言えば、将来の「登攀」に向けての道筋は必ずしも示されていない。その意味では、知事会のさらなる構想力が求められていると言えよう。
そして、今回の草案の直接の契機は、参議院選挙区の合区問題である。一部の小規模県の「業苦」に対して、全国の都道府県が共感を示したことは、集団的自治権として極めて重要である。自治とは、調子のよいところだけの連携・協力だけではなく、他者の痛みを自分の痛みとして連帯することを、制度的基盤にする。『報告書』の残りの条項についての評論は、次回に論じることにしたい。
Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。