政策課題への一考察 第88回 移民政策の転換期に自治体は何を考えるべきか(下) ― 「社会統合」の視点
地方自治
2024.05.09
※2023年7月時点の内容です。
政策課題への一考察 第88回
移民政策の転換期に自治体は何を考えるべきか(下)
―「社会統合」の視点
株式会社日本政策総研主任研究員
竹田 圭助
(「地方財務」2023年8月号)
はじめに
前号では、急激な人口減少が人手不足を深刻化させ労働力としての移民の重要性が増している現状を踏まえ、移民の増加を考えるうえで市民の生死を含む生活全般に関わるサービスを提供する自治体が考慮すべき観点として、移住に関する認知から移住国での死去までの移民個人のライフサイクル(人生周期)について論じた。
本稿では、移民個人のライフサイクルとは別に移民政策の転換期に自治体が持つべき観点として、移民が各段階で日本社会にどのように関わるか、またその程度や影響を語るための思考の枠組みとしての「社会統合」について概説するとともに、この考え方を自治体の具体的な活動の中でどのように援用すべきかについて論じ、最後にライフサイクルの視点と社会統合の視点を踏まえた自治体における移民政策に必要な視点を整理する。
1 移民の社会統合の視点からみた自治体の役割と課題
(1)「社会統合」とは
外国人受入政策は大別して2つのモデルがある。1つは「多文化共生社会」モデル(文化・アイデンティティの問題として捉える視点)、もう1つは「同化/統合」(社会統合)モデル(経済的地位の問題として捉える視点)である(是川(2022))。日本は、多くの自治体で「多文化共生推進課」類似の組織名称が主流となっていることからもうかがえるように概ね「多文化共生社会」モデルの概念を採用し、一方で移民受入先進国であるドイツ・フランス・イギリスなどでは「同化/統合」モデルの概念が用いられている。
この2つの概念の大きな差異を池田(2020)の定義を援用して具体化すると、まず「多文化共生社会」モデルは「民族、人種、宗教などの属性の違いによる集団を認め、その社会的機能を重視する」ものであり、「同化・統合」モデルは「外国人に対してその国の国民と社会への溶け込みを促し、受入国のアイデンティティと一体性の保持を図る」ものとされている。
永吉編(2021)は「社会統合」について、「移民が日本社会の主要な制度に参加する過程」と定義し、さらに表のとおり分類している。
この分類を先述の「多文化共生社会」モデルと照合すると、「社会的統合」や「心理的統合」の一部で要素が重複するといえるが、その他の要素は比較的捨象されているといえる。この点から筆者は、「多文化共生社会」モデルは移民の生活に関わる行政が持つべき視点としてはやや不足していると考える。社会的統合や心理的統合は、本人の自発的な意思に基づくものでなければ同化主義政策と類似の批判を受けるものである点に留意しつつ、労働市場を主とした社会経済的側面に限定されない統合の障壁の存在を捉える思考の枠組みとして有用であるため、本論では以降、永吉編(2021)の3分類を援用し議論を進める。
① 社会経済的統合
社会経済的統合は、移民の統合を社会経済的地位の促進からみる概念である。主な構成要素は「教育」「雇用(職業的地位)」「賃金の面での地位達成」である。
一般に教育達成(ある学校の課程を最後まで終えること)と雇用(職業的地位)の達成は連関している。また本人の教育達成状況はその子の教育機会に影響するとされている。移住前に十分な教育を受けていないもしくは移住後に日本での体系的な教育を受けていない場合もあり、それらは移民本人の職業的地位達成とその子の教育機会に影響する可能性がある。
次に、雇用(職業的地位)の面からみると、移民が日本国籍者と同等の社会経済的地位を得ることは、経済基盤の確保だけでなく教育達成や職業的地位達成の資源となる。なお来日前に既に専門職であったかどうか、また来日してからはじめて就く仕事の就労形態が正規雇用か非正規雇用かもそれらに影響する。
最後に、賃金は移民受入国の労働市場における就労形態や職種、業務内容等により、労働の対価としての賃金の程度が異なり、場合によっては社会経済的に不利な立場に置かれる。またそれが移民第二世代以降に引き継がれることも想定される。
② 社会的統合
社会的統合とは、移民の統合を主に移民とホスト国の社会との関わり方からみる概念である。その主な構成要素は、「家族の形成」と「社会的活動への参加」である。
家族の形成とは、出身国からの家族の呼び寄せと移住国での結婚・出産の両方を含む。いずれにせよ移住国での家族の形成は母国との関係性を希薄化させ帰国は難しくなる。また移住国での結婚の相手が移民か日本国籍者かでもその後の人生への影響は異なる。
社会的活動とは、近隣の人々を手助けすることや、自治会・町会を含む様々な団体・組織・集団の活動に自発的に関与する一連の行為である。
③ 心理的統合
心理的統合とは、移民の統合を主に移民個人の日本社会に対する心理的な変化からみる概念である。その主な構成要素は、精神的な健康と日本への帰属意識、永住意図である。精神的な健康については、移民の雇用状態、経済的な不安定さ、仕事の不快さや危険性に加え、移民に対する差別的な言動等、移民が直面する苦境により精神的な健康が損なわれる。日本への帰属意識については、移民が受入国の居住社会に関わっている、ある程度一体となっているということを指すほか、移民自身のエスニック(言語や文化を共有する民族)集団との比較を持つことになる。自治体で多文化共生推進政策を実施する場合、両者の意味合いが含まれるケースがある。永住意図は、帰属意識とは別に日本への永住の意図や計画についての観点である。
(2)移民の社会統合の視点を踏まえた自治体が認識すべき事項
社会経済的統合の観点では、教育達成のために自治体の関与が求められるだろう。理由は、移民の教育達成が雇用(職業的地位)と子の教育機会に影響するためである。そうである以上、移民第一世代に対するアセスメントと本人に適した教育プログラムの実施が必要となる。なお移民の子(第二世代)に関する制度上の制約として、就学義務の対象となっておらず学齢簿に登録されていない点が課題として残る。文科省「外国人の子供の就学状況等調査(令和4年度)」によれば学齢相当の外国人の子供の人数(住民基本台帳上の人数)は全国で13万6923人であり、このうち不就学の可能性があると考えられる外国人の子供の数は、小学生相当5286人、中学生相当2897人となっている。浜松市のように不就学を未然に防ぐため就学状況の継続的な把握や就学支援を行うことは自治体の基本動作になるだろう。また是川(2019)によれば移民は移住時に社会的地位の下降を経験するが、その後滞在が長期化する中で地位を向上させることができるとされている。雇用に関しては雇用主(企業)の役目が主となるが、国・自治体はそれに付随した職業教育の機会を提供することも本来的には求められる。これは単純に雇用機会を提供することによる経済的な安定のみならず、労働者を人的資本とみた場合に、非正規雇用から正規雇用への転換や昇進・転職等が適正に担保されることに繋がる。
社会的統合の視点では、家族形成を自治体として察知し、どのように継続的に支援するかが問われる。またこれまでも各自治体で多文化共生の文脈で推進されてきたが、日本社会への参加促進のための自治体の役割はこれまで以上に求められるだろう。というのも、社会的統合とは、そもそも社会的関係を十分保有できている状態を指すが、それは人々の間での相互行為を通じて形成されるもの(永吉編(2021))だからである。なお永吉編(2021)の分析によれば、自治会・町会などの地縁から離れたボランティア活動等が移民の社会参加の場となっているという。一方、生活に根差した地縁コミュニティは、多文化共生視点での交流目的のみならず防災分野(例:消防団)、環境分野(例:ごみ分別)などの出口に繋がることから、ホスト社会としては参画を求めることが望ましい。
心理的統合の視点では、各種政策を通じた精神的な健康と本人の自発的な意思に基づく心理的帰属に向けた施策の実施が必要となる。この点は既存の多文化共生施策の中で考慮されている場合も考えられる。前提として、先述のとおり社会経済的統合や社会的統合の程度が心理的統合に影響することにも留意したい。日本語能力と社会的地位の向上、また日本社会との接点、そして日本社会との橋渡しとなるような頼れる日本人の存在が、移民のメンタルヘルスを向上させる。既に一部の自治体が取り組んでいるように、移民に対する差別の解消等を条例として制定することも考えられる。
そして以上の基礎となるものは、日本の言語の習得はもちろん、日本の法・制度・歴史・文化・価値・規範などに関する一定の知識である。髙橋(2019)によれば、イギリスではこれらを移民が「身につけることを〈市民〉であることの要件として求めるものであり、そのために試験や講習といった制度を導入し、それらを国籍や永住資格の取得あるいは入国や滞在、家族呼び寄せの許可などと結びつけるもの」としており(「市民的統合」)、ドイツ、フランス、オランダ等でも類似のプログラムが実施されている。これを日本で導入するならば国レベルでの議論が必要となるが、少なくとも日本社会で暮らすにあたり、日本語教育のみならずこうした知識の早期習得が社会経済的・社会的統合を促進する点は留意したい。
2 まとめ
以上を踏まえ、今後の自治体における移民政策の推進にあたっては少なくとも以下の2点を理解しておきたい。
第一に、これまで自治体で基本となっている「多文化共生」と移民受入先進国で主流の「社会統合」といった2つの概念の類似点と相違点を理解し、社会文化的な要素の強い「多文化共生」の観点を中心に行われてきた自治体の移民政策に、社会統合の要素を付加する必要があることである。前者には移民の日本での生活を最も左右する社会経済的統合の視点が不足しているからである。特に教育達成や雇用、賃金の面での地位達成は移民当事者のみならず第二世代を含む家族の生活に影響を及ぼし、さらにそれらが移民の居住する地域の住みやすさや、その地域を域内にもつ自治体の政策内容や歳入に影響する。
第二に、移民個人のライフサイクルの段階を適切に捉え、行政需要の予測に努めつつ社会統合の各視点を踏まえた支援を行うことが求められる。またそれにあたっては、移民の需要や増加の可能性を把握できる産業振興部門や介護部門等と、移民の具体的な生活の支援に関わる多文化共生部門、市民部門、教育部門、福祉部門等の情報共有により、庁内全体としての移民の需要や増加の可能性に関する認知から対策の検討、それにかかる資源配分の検討、実行までのラグを極力短縮することが必要となる。その理由は、行政需要の把握による将来のコスト認識に基づき、移民が享受すべき利益と行政の有限な資源とのバランスの中で、どの程度移民政策を推進するかが問われるからである。
移民個人のライフサイクルの視点と社会統合の視点を踏まえ、今後、さらに具体的な実務レベルの知見の蓄積と共有、そしてそれに基づく自治体職員による理解と実践が求められる。
〔参考文献〕
・永吉希久子編(2021)『日本の移民統合―全国調査から見る現況と障壁』明石書店。
・是川夕(2019)『移民受け入れと社会的統合のリアリティ』勁草書房。
・是川夕(2022)「移民の多様性と活力、社会的包摂から社会的統合へ」2022年度佐倉市国際文化大学第2回講義(公益財団法人佐倉国際交流基金)。
・髙橋誠一(2019)「移民の統合と排除―イギリスにおける市民的統合の現状、課題と限界」大原社会問題研究所雑誌№733、法政大学大原社会問題研究所。
・池田志穂(2020)「フランス社会統合政策の現状と地域の取り組み」自治体国際化フォーラムVOL364、一般財団法人自治体国際化協会。
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