【特別企画】伝統の技を織り込んだシビックプライド香るホールの再生――三重県鈴鹿市

地方自治

2023.09.28

『月刊ガバナンス』2023年10月号

公共施設の老朽化対策等が全国的な課題となるなか、三重県鈴鹿市は1968年にオープンした市民会館(イスのサンケイホール鈴鹿)の大規模改修を選択。だが、単なる改修ではなく、市の豊かな自然や伝統を誇る匠の技をホール等の意匠に活かすことで内外に強くアピールする施設として再生させた(2018年竣工)。同市の末松則子市長と大鹿洋館長、ホールの椅子張地等を手掛けた㈱FABRIKO(ファブリコ)の澤村祐子室長に当時を振り返ってもらった。

 

震災等を機に踏み切った大規模改修

――鈴鹿市が市民会館改修に踏み切った理由は。

末松 鈴鹿市民会館はオープンから半世紀近くコンサートや演劇、公演、式典等のために利用されてきましたが、老朽化が目立つようになり、建て替えを検討していました。

すでに耐震化工事は実施していましたが、2011年の東日本大震災の際に東京・九段会館で大ホールの天井が落下して犠牲者が出る痛ましい事故があり、市ではホールの吊り天井改修をメインとした工事を進めることにしました。市民会館は音響設備に定評があって市民に親しまれてきた施設であることから、その機能を維持して引き続き大切に使っていくことを前提として、2017年2月に工事に着手したのです。


三重県鈴鹿市長・末松則子さん。

――FABRIKO社には自治体からこのような相談はありますか。


澤村 全国的には耐震改修等をきっかけに、椅子の入れ替えを検討される自治体が多い印象です。天井改修の際は足場を組むため椅子を取り外しますが、古い施設は椅子の幅が狭くウレタンも劣化しているため、一緒に入れ替える判断になるようです。また、天井改修だけではどこを直したのかわかりづらいのですが、椅子の張地を替えるとパッと皆さんの目に入り、新しくなったなと感じていただける利点があります。


㈱FABRIKO 室長・澤村祐子さん。

 

シビックプライドとシティセールスの発信拠点に

――改修は単なるリニューアルではないと位置付けていますね。

末松 市は都市間競争に打ち勝つために、市の魅力や個性を内外にアピールする取り組みを積極的に進めています。市民会館は市を代表するグレードの高い建築物ですから、改修にあたっては変える部分と残す部分を慎重に見極めながら機能面の更新を進めました。天井の耐震化が一番の目的でしたが、バリアフリー化や快適性も重視しました。そのため、エレベータの設置や客席の新調、授乳室の増設、パウダールームの設置、段差の解消等を実施しています。

また、改修においては市の強みを生かすことにも配慮いたしました。例えば、客席のシートには市の花・さつきの花をあしらい、ロビーの天井にも伊勢型紙(*)をイメージしたデザインを施しています。これらの取り組みは、「鈴鹿市シティセールス戦略」に明記した、市民がまちに誇りを持つシビックプライドの醸成とまちの魅力を発信するシティプロモーションの強化につながったものと考えています。

*伊勢型紙 
伊勢型紙とは、友禅、浴衣、小紋等の着物の柄や文様を染めるために用いる型紙で和紙を柿渋で加工した紙(型地紙)に、彫刻刀で文様や図柄を丹念に彫り抜いてつくる。鈴鹿市白子地域に1000 年以上伝わる伝統的工芸品(用具)。




ホールの椅子やロビーの膜天井は、市の花さつきをモチーフに伊勢型紙の伝統的な要素を取り入れてデザイン。ホール全体が地域の魅力発信に貢献している。


――具体化にあたり留意したことは。

大鹿 椅子張地の改修に条件は二つありました。一つは耐久性のある素材であることです。改修前の椅子に擦り切れが見られたことから、FABRIKOさんに耐久性に富み摩擦にも強い素材を念頭にモケット張地を提案してもらいました。もう一つはデザインに鈴鹿らしさを反映させることでしたが、末松市長から本市の特産品のさつきを柄に使ったものをと話がありましたのでそのデザインをお願いしました。

――FABRIKO社はどう具体化しましたか。

澤村 鈴鹿市から市の花でもあるさつきと伝統の伊勢型紙をモチーフにオリジナルかつストーリー性のあるデザインをとご要望をいただきました。そこで市のイメージコピー「さぁ、きっともっと鈴鹿。海あり、山あり、匠の技あり」から山並みや海の波を反映させるため、椅子張地に〝さつきの花の波〞をデザイン、膜天井には伊勢型紙のイメージも重ねたデザインをご提案いたしました。

 

メリハリつけてデザイン性とコストダウンを両立

――苦心の点は。

大鹿 客席新調にあたって最重要と考えたのが、耐久性と快適性の両立です。しかし、それは非常に難しく、予算にも限りがありますから、当時の担当は悩んだようです。

そこで、まず椅子自体は実績ある既存のものに決め、ただし張地はお客さんに喜んでいただけるように特注のオリジナルデザインにしました。また、さつきの波の柄は背もたれ部分に限定することでコストダウンを図っています。前方座席はよく擦り切れますから、座面は将来的に後方座席とローテーションできるように工夫したわけです。

澤村 素材と技術の融合や時間的な制約などはありましたが、私は苦心というよりむしろ常にワクワクしていました。椅子の布地からスタートしたテキスタイル、デザインを膜天井や装飾サインなどに展開し、地域のブランディングにつなげられるような施設全体のデザインを提案できたらと考え続けていました。

――新装した市民会館をご覧になった感想は。

末松 市の誇る自然や伝統工芸をモチーフとして、魅力ある使いやすい施設に生まれ変わったことを嬉しく思いました。

市民の皆さんからも好意的な反応をいただいています。ゆったりしたシートやさつき柄のデザインが素晴らしいとか、トイレも綺麗だと喜ばれています。絵画の展覧会や書道展でぜひ使ってみようという方が増えましたし、実際に改修翌年の利用者は対前年比で25%も増えました。現在、文化会館もリニューアルを進めていますが、優れた提案力に期待して引き続きその椅子張地等もFABRIKOさんにお願いし、色を変えたさつき柄にする予定です。


化粧室やチケットホルダーにもさつきの文様を取り入れ全体にさつきの波が広がるイメージを表現。

――今後の自治体と公共デザインのあり方をどう考えますか。

末松 本市でも人口減少が進んでいますが、公共サービスの向上や地域の活性化を考えれば、市民に活用される施設は付加価値を付けながらリニューアルすることがSDGsやカーボンニュートラルにもつながります。これからも民間との連携等によって安らぎを与えられる公共施設の姿を模索したいと考えています。

――澤村室長はいかがですか。

澤村 公共施設は長い期間、地域の皆さんに使われ親しまれるものですから、そのデザインは責任のある仕事だと考えています。文化資源を見直すきっかけとなり、地域のシンボルとなるように、多くの方に共感していただけるストーリーを紡ぎ、訪れた方の心を豊かにするような提案を心掛けていきたいと思います。


末松則子鈴鹿市長(中央)、大鹿洋鈴鹿市民会館長(左)、澤村祐子㈱FABRIKO室長(右)。

 

㈱FABRIKO TEL:03-5280-5385
お問合せ先:https://www.fabriko.co.jp/contact

公式インスタグラム:https://www.instagram.com/fabriko_official/

 

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