自治体×先端技術
自治体×先端技術② 地域のスマート化を支える「デジタルツイン」とは
地方自治
2023.04.07
日に日に発展する先端技術は、自治体のさまざまな部署での活用が想定されており、地域の課題解決につながるとも期待されています。全3回の本シリーズでは、2023年3月末まで日本政策投資銀行に出向し、注目の技術について調査を行った東京都職員の小松俊也氏に、自治体職員に向けてコンパクトに解説していただきます。
前・日本政策投資銀行産業調査部調査役 小松俊也
0 はじめに
近年、「デジタルツイン」という言葉が社会で使われる機会が増えた。自治体の現場ではまだ耳慣れないかもしれないが、今後さまざまな行政分野での活用が期待される。
デジタルツインは仮想空間(サイバー空間)上にコピーした、現実空間(フィジカル空間)の双子(ツイン)である(図表1)。現実空間から収集したデータを使って仮想空間上でシミュレーションを行い、結果をリアルにフィードバックすることで現実の都市機能の向上に役立てられる。
仮想空間を使うという点ではメタバースとの類似性もあり、実際にメタバースとデジタルツインが混同して使われることもある。ここでは、定義を明確にするため、図表2のとおりメタバースとデジタルツインを使い分ける。なお、メタバースの詳細は、ぎょうせいオンライン掲載「自治体の活用も増えだしたメタバース 今、なぜ注目されているのか」のとおりである。
先進事例としてはヘルシンキ市(フィンランド)のHelsinki 3D+や、国全体を再現したシンガポールのVirtual Singaporeなどが知られているが、すでに国内でもさまざまな取り組みが生まれている。現在の自治体での取り組みでは、主に3D都市モデルを使用したものと、3次元点群データを使用したものがあり、それぞれの詳細と事例は次のとおりである。
1 3D都市モデル
国土交通省は2020年に3D都市モデルの整備・活用・オープン化を行う事業「Project PLATEAU」(プロジェクト プラトー)を開始した。2021年に全国56都市の3D都市モデルをオープンデータとして公開しており、2027年までに全国約500都市でのデータ整備を目指す。
3D都市モデルは、建物などを3次元で生成したデータである。すでに構築された3D都市モデルは、同省のウェブサイト上のPLATEAU VIEWで閲覧できるだけでなく、オープンデータであるため外部のソフトウェアでも利用できる(図表3)。
現在、自治体が行うデジタルツインの取り組みの多くは、このプラトーを活用したものであり、自治体が持っている地図や測量のデータを活用でき、国の補助制度の対象にもなるため、比較的安価に構築できる。また、オープンデータとして誰もが利用できるため、産学官民でさまざまな活用が期待される。
2 3次元点群データ
3次元点群データは、膨大な量の点が集まったデータのことである。一部のスマートフォン機器でも点群データを取得できるが、広範囲でデジタルツインを構築するには航空機やドローン、自動車などからレーザ測量の装置を使用して取得する。
代表的な取り組みを行っているのが静岡県である。静岡県は南海トラフ巨大地震など災害への備えを目的に、2016年度から点群データの蓄積とオープンデータ化を進めており、2019年には仮想空間に仮想県土を創る「VIRTUAL SHIZUOKA」構想を開始した。
すでに県内ほぼ全域のデータを取得しており、実際に災害対応にも役立てられている。2021年7月に静岡県熱海市で発生した土石流災害では、被災前の点群データとの比較により、被害観測が迅速に行われ、従来は1か月程度要していた作業が1週間程度に短縮された。また、公開した点群データは防災だけでなく、民間のアプリやゲームの開発などにも活用されているという。
3 自治体での活用方法
3D都市モデルや3次元点群データを使った「都市のデジタルツイン」は、多様な行政分野で活用が期待できる。以下は実証実験などを行う活用例である。
●防災
デジタルツインは、静岡県の事例のように災害の被害観測に使えるだけでなく、災害の被害を軽減するのにも活用できる。河川の3Dデータに水位の情報を重ねて氾濫リスクを予測したり、津波の被害を最小化するための避難経路の検討などに役立てたりする。
●交通・混雑
デジタルツイン上で交通データや人流データの解析を行うことで、交通の最適化や施設の混雑回避に活用できる。
●環境・エネルギー
3D都市モデルが持つ建物の配置や形状などを活用し、温熱環境のシミュレーションによる気候変動の影響の想定や、太陽光パネルの効率的な配置の検討などを行う。
●まちづくり
都市のデジタルツインをAR(拡張現実)やVR(仮想現実)の技術を用いて表示することで、複数人で都市の3DCGを共有しながらまちづくりの検討などを行う。
●観光・地域振興
人流データをデジタルツイン上で活用すれば、観光客や住民の移動を可視化して観光地や地域のにぎわい創出に向けた検討に役立てられる。また、プラトーのデータを使って地域に関するARやVRのコンテンツを開発する事例もあり、観光コンテンツにも活用できる。
4 デジタルツインの将来
都市のデジタルツインは行政だけでなく、民間による活用も盛んになるだろう。自動運転車や、空飛ぶクルマ、ドローンのシミュレーション、XR(ARやVRなどの総称)やメタバースのコンテンツ開発、広告効果の検証など多様な活用が見込まれている。自治体が今から3D都市モデルや3次元点群データを整備・公開しておけば、企業や住民の力を地域のスマート化につなげることもできるだろう。
都市のデータ収集や3DCGの製作などに使う技術は日々発展しており、将来的により簡単にデジタルツインを構築できるようになれば、世界中の多くの都市でデジタルツインが活用されるようになると考えられる。
また、製品のデジタルツインや、地球規模のデジタルツインなど、あらゆるデジタルツインは1つのプラットフォームにまとまるかもしれない。現実空間のあらゆるものが再現されたデジタルツインは「ミラーワールド」ともいわれる。プライバシーなどの問題は残るが、街中のセンサーや、人工衛星から取得した多様なデータがリアルタイムで反映され、AIがシミュレーションを行うようになれば、災害の防止や、移動の効率化などさまざまな用途での活用が見込める。
5 おわりに
これまで書いたように、デジタルツインにはシミュレーションや製品・コンテンツの開発などで多様な用途があり、自治体でも防災、交通、まちづくり、環境、観光などの部署で活用が期待される。取り組みの第一歩としては、国との連携などにより3D都市モデルを構築したり、レーザ測量で3次元点群データを取得したりするなど、基盤となるデータを整備・公開する必要がある。
プラトーの3D都市モデルは、条件によっては100㎢のモデルを比較的安価な300万円ほどの予算で整備することが可能であり、財政上の負担が少ないため多くの自治体が活用している。全国で均質的なモデルを構築するため、1つの自治体で行った実証実験の結果や開発したアプリなどを他の自治体に展開しやすいという利点もある。
また、3次元点群データは、3D都市モデルよりも土地や建物の詳細な形状を表現できることなどの魅力がある。地域の姿を3Dで精細に記録する場合、あるいは地形データを災害対応に活用する場合にその利点を生かすことができる。
現在、「スマートシティ」や「DX」などの政策により、多くの自治体で技術の導入やデータの利活用によるスマート化が進められているが、デジタルツインはその下支えをする基盤になるものだ。いち早く都市のデジタルツインを構築し、活用を進めることで自治体のスマート化を一層進めることが期待できる。
【著者プロフィール】
【著】
小松俊也/前・日本政策投資銀行 産業調査部 調査役
東京都職員として自治体国際化協会シドニー事務所派遣、国際業務や長期戦略策定の所管部署などを経験。2022年4月から翌年3月まで日本政策投資銀行でメタバース、スマートシティ、観光などの調査を担当。
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