自治体×先端技術

小松 俊也

自治体×先端技術① 空飛ぶクルマの商用利用開始まであと2年 ――自治体は「革命」に備えを

地方自治

2023.03.01

日に日に発展する先端技術は、自治体のさまざまな部署での活用が想定されており、地域の課題解決につながるとも期待されています。全3回の本シリーズでは、日本政策投資銀行に出向し、注目の技術について調査を行っている東京都職員の小松俊也氏に、自治体職員に向けてコンパクトに解説していただきます。


 

日本政策投資銀行産業調査部調査役 小松俊也
(監修:同・調査役 岩本学)

 

はじめに

空飛ぶクルマは遠い将来の話だと思われるかもしれないが、早くも2025年の大阪万博で商用利用が開始される予定である。住民が生活で利用するようになるのは、さらに先にはなるが、すでに自治体が準備を進めるフェーズに入っている。

空飛ぶクルマはその名称から、「地上を走る自動車が空を飛ぶ」という誤解が多いが、世界的には「eVTOL(electric Vertical Take-Off and Landing、イーブイトール:電動垂直離発着機」と呼ばれ、電動で飛行するヘリコプターのようなモビリティである。さまざまな形状の機体が開発されているが、大きくはドローンを大型にしたような形状のマルチコプタータイプと、プロペラと固定翼を持った有翼タイプの2種類に分けられ、いずれも地上は走らない。プロペラを使って専用の離発着場から垂直に離着陸することが可能であり、目的地まで点から点への効率的な移動が可能となる。観光、地方都市間交通、救命救急などさまざまな用途での活用が期待されており、短距離・中距離の空の移動が多くの人に身近になることで「空の移動革命」が起こるといわれている。


図 空飛ぶクルマ(マルチコプタータイプ)の飛行イメージ(株式会社SkyDrive)

 

1 実装の旗振り役となる自治体

地域での実装には、離発着場の整備や飛行ルートの設定などが求められるため、旗振り役としての自治体の存在が重要になる。すでに複数の自治体が取り組みに着手しているが、特に推進に力を入れているのが2025年の大阪・関西万博でのサービス開始とその後の普及を目指す大阪府だ。2020年11月、関連事業者などと協働で「空の移動革命社会実装大阪ラウンドテーブル」を立ち上げ、規制・制度設計における国との協議・連携から、新たなサービスの創造、空飛ぶクルマの実現に向けた機運醸成まで幅広い目的の実現を目指して活動を進めている。

大阪府以外で積極的に取り組んでいる自治体に三重県がある。
2020年3月に三重県は地方で初となる独自のロードマップを作成し、毎年度の調査や、社会受容性の向上や県内事業者の参入機運の醸成を目的とするシンポジウムを開催するなど、空飛ぶクルマの社会実装のためにアクションを取ってきた。2023年1月には、県内の商業施設で「空のモビリティ展」を開催し、機体の展示やVR体験の機会を提供するとともに、地元小学生と三重県内での空飛ぶクルマの活用を考えるワークショップを開催した。


図 2020年に策定された「空飛ぶクルマ三重県版ロードマップ」

 


図 三重県「空のモビリティ展」の展示

 

2 なぜ空飛ぶクルマが必要なのか

空飛ぶクルマを地域に実装していくのは、単に目新しい技術だからではない。地域課題の解決や、新たな価値の創出に資すると見込まれているからだ。各地域によって状況は異なるものの、おおむね次のような活用が見込まれる。

(1)地域課題の解決
①地域交通
現在、人口減少によって、多くの地域で赤字路線が増加している。交通インフラの維持・管理が大きな負担になり、継続が困難な地域も出てきているが、人口が減少する中、各地域でさらに深刻化してすることが懸念されている。空飛ぶクルマは離発着場の整備だけで利用できるため、2点を線的につなぐ線路や道路などのインフラの整備・維持費用を削減できる。また、事業継続が深刻な過疎地域や離島などにおける移動手段としても利用できる。

②救命救急・防災
深刻な病気やケガは、いかに迅速に救急救命医療を提供できるかが、患者の生死を分けることになる。日本では現在ドクターヘリが活用されているが、空飛ぶクルマはこれを補完する役割を担うことができる。具体的には傷病者のもとへと医師を迅速に輸送するフライトドクターとしての利用である。また救命救急医療以外にも、大規模地震で土砂災害や電柱の倒壊が生じ、道路が使用できなくなった場合には、空から救助活動や必要物資の運搬を行うといった活用も考えられる。

(2)新たな価値の創造
①観光振興
空飛ぶクルマはレジャー観光にも利用できる。自然や夜景の美しい地域で遊覧飛行のサービスを展開すれば、富裕層の誘致につながる。また、観光地までの移動時間が短縮されることで、これまでアクセスしにくかった観光地にも好機が増える。たとえば三重県の観光地である志摩スペイン村は、これまで中部国際空港から高速道路で約2~3時間、鉄道利用で最大約3時間半かかっていたが、空飛ぶクルマで直線に移動することで移動時間を約30分に短縮できると見込まれている。

②都市内・都市間移動
空飛ぶクルマは大都市や地方都市の都市内・都市間でも活用が期待される。都市内では地上の渋滞を回避し、短時間で目的地まで移動するエアタクシーとしての利用が考えられる。また、既存の交通インフラでは移動が不便な地方都市間でも、空飛ぶクルマがあれば短時間で効率的に移動することが可能になる。これらの利用により、これまでになかった新たな移動需要が生み出され、地域経済の活性化につながることが期待できる。

 

3 自治体は何をすればよいのか

(1)ビジョンと計画の策定
空飛ぶクルマを実装するには、まず地域に合わせたビジョンを描く必要がある。地域が抱える課題は多様であり、空飛ぶクルマが必ずしもすべての地域に適した解決策になるわけではない。高低差の大きい地域や、強風・豪雪といった天候条件などによっては、実用に適さない地域もあるだろう。そのため、まずは地域特有の課題を洗い出し、その解決に向けて空飛ぶクルマが活用できるかどうか検証するとともに、自動運転など、他のモビリティと比較したときの優劣を明確にすることが重要である。ビジョンの作成後は、その実現に向けてロードマップや具体的な計画を策定していくことが必要となろう。

(2)都市計画の対応
空飛ぶクルマの運行を実現するには離発着場を新たに整備する必要があることから、早い段階から都市内の要所に整備用地を確保することが重要である。都市計画の中で将来を見据えた開発を行うことで、「空の移動革命」後の社会に適した地域をつくれる。

(3)組織内の連携
空飛ぶクルマへの準備に乗り出しはじめた自治体の中でも、所管部署は政策系、デジタル系、産業系、交通系など多様だ。これは空飛ぶクルマがさまざまな分野に関連し、特定部署の所掌内に収まらないことが背景にあると考えられる。空の利活用をあらゆる分野で身近にしていくには、研修や広報を通じて空飛ぶクルマに対する職員の理解を向上させ、組織横断的に取り組む体制を築くことが重要になるだろう。

(4)地域内事業者との連携
自治体の役割が重要とはいえ、自治体だけでは空飛ぶクルマの実装は困難であり、地域の事業者などと連携する必要がある。事業者にとっても新たなビジネスチャンスとなり、地域経済の活性化にもつながる。2022年7月に取組計画を公表した愛媛県では「空の移動革命・社会実装推進ネットワーク」を設立し、県庁が中心となって基礎自治体や地元事業者と連携しながら、社会実装に向けた歩みを進めることを目指している。


図 愛媛県「空の移動革命・社会実装推進ネットワーク」

 

(5)社会受容性の向上
いかに地域課題の解決に資する技術であっても、住民の理解を得られなければ実装には至らない。空飛ぶクルマの安全性や重要性について地域住民の理解を促進し、社会受容性を向上させる必要がある。前述のように三重県が子ども向けのワークショップを開催するなど、住民が空飛ぶクルマを身近に感じられるようにする取り組みが考えられる。実際の搭乗を体験することが困難な現在においても、機体展示やVR体験を通して疑似的な体験の機会を提供することで、地域住民に未来のモビリティを身近に感じてもらうきっかけを作ることは高い意義がある。

(6)他自治体との連携
空飛ぶクルマは、航続距離等の性能を踏まえると県単位ではなく地域単位で実装されていくものだと考えられる。そのため、単一の自治体だけで検討するのではなく、近隣の都道府県や市町村と連携し、地域において有望なルートを考えていくことが重要だ。具体的な手法としては、近隣自治体との連携協定の締結や、広域のネットワークの構築・参加など、トップ同士・担当者同士で連絡調整を行いやすい環境を整備することが有効だろう。

 

4 おわりに

空飛ぶクルマはこれまでも「未来都市」の予想図に描かれてきたが、空を飛ぶというアイデアばかりが注目され、誰がどのように使うのかは、十分に考えられてこなかったのではないだろうか。空飛ぶクルマの実用化が目の前に迫った今、世界中で行政機関や事業者がその実装と活用に向けた議論を進めている。国内でも国や一部の自治体で検討が続いているが、地域によって温度差が大きいのが現状だ。

空飛ぶクルマはすべての課題を解決する万能薬ではないが、特定の用途では大きな効果が期待できる。大都市だけでなく、あらゆる地域での活用が見込まれるため、自治体には「革命」を我が事としてとらえ、企業や住民を巻き込みながら取り組んでいくことが求められるだろう。

 

【著者プロフィール】

【著】
小松俊也/日本政策投資銀行 産業調査部 調査役
東京都職員として自治体国際化協会シドニー事務所派遣、国際業務や長期戦略策定の所管部署などを経て、2022年4月より現職(出向)。メタバース、スマートシティ、観光などの調査を行う。

【監修】
岩本 学/日本政策投資銀行 産業調査部兼航空宇宙室 調査役
2012年4月に株式会社日本政策投資銀行入社。
企業金融第4部にてエアライン・リース会社向け機材ファイナンス業務に従事した後、物流不動産やデータセンター向けの不動産ファイナンスを担当。
2019年7月より航空宇宙室にて、国内外の航空機関連メーカー向けファイナンス業務や航空宇宙関連のイノベーション分野の調査業務を担い、2022年4月より産業調査部にて次世代エアモビリティを含む航空宇宙関連分野全般の調査を担当。

 

関連記事

自治体の活用も増えだしたメタバース 今、なぜ注目されているのか

 

アンケート

この記事をシェアする

  • Facebook
  • LINE

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

関連記事

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

小松 俊也

小松 俊也

株式会社日本政策投資銀行産業調査部調査役。東京都職員として国際業務や長期戦略策定などの所管部署を経て、2022年4月より現職(出向)。メタバースのほか観光、スマートシティなどの調査を行う。修士(工学)。

閉じる