自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[65]熱海土石流災害と被災者支援
地方自治
2022.08.24
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2021年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
福祉避難所の経緯とガイドライン
「令和3年7月1日からの大雨」により被災された皆様に、心からのお見舞いを申し上げます。被災地外では、「今年『も』7月初旬に災害が発生しました」と言われることがあるが、それぞれの被災者にとっては多くが初めての被災である。支援者は、常に、被災者、被災自治体の目線、感覚で災害をとらえなくてはならない。
特に静岡県熱海市伊豆山では7月3日午前10時半頃、土石流災害が発生し、多くの被害が出てしまった。報道によると、死者10人、安否不明者が18人となっている(7月11日現在)。土中に雨の量が多い時に強い雨が降ったり、その雨が収まった後でも土砂災害が発生する可能性がある。救助活動に従事されている方々には、万一にも二次災害に遭わないよう切にお願いしたい。
メディアの対応
メディアの方々には被災者、被災自治体支援の観点からの報道をお願いしたい。災害が発生してしまえば、事前の対策がどうだったかなど検証している場合ではない。自治体、消防、警察、自衛隊、ライフライン企業など防災関係団体は、次の被害を最小限度にとどめ、被災者支援に、全力を尽くさなければならないからだ。
しかし、メディアは以前から被災自治体の発する避難情報が適切だったかどうかにこだわることがある。
今回も、朝日新聞7月4日の社説は「住民の避難行動を支えるのは、行政が発する情報である。熱海市の土砂災害でも、避難情報に遅れはなかったか、住民にしっかりと伝わっていたか、いずれ検証が必要だろう。5月から『勧告』が廃止されて『指示』に一本化されており、その周知の程度や有効性の分析も課題になる」と指摘した。
同日の読売新聞社説でも「熱海市は土石流の発生当時、危険度が最も高い警戒レベル5の『緊急安全確保』や、これに続く『避難指示』ではなく、警戒レベル3の『高齢者等避難』という避難情報の発令にとどめていた。突然発生する土砂災害は、予測が難しい。とはいえ、雨量や特有の地形を踏まえた場合、市の避難情報は適切だったのか。しっかりと検証することが重要だ」と書いている。
このように、避難情報が適切だったか、と書かれると市民はどう思うだろうか。やはり「被災自治体の対策が悪かったために被害が大きくなったのだ」と不満のはけ口が向かうのではないか。
原因追及の指摘は応急対応が終わって、検証の段階ですれば良い。災害直後に、行政の小さな課題をことさらに取り上げるのは良くない態度である。災害報道では、何を書くかよりも、大局的に考えて何を書かないかも判断いただきたい。
高齢者、障がい者等の見守り体制
警戒レベル3、4、5が出ている間は、ハザードマップの危険な地域に住んでいる高齢者、障がい者等への在宅福祉サービスの継続が難しくなる。福祉避難所や福祉施設への緊急入所という手段もあるが、やはり慣れた自宅で過ごしたいと思う人は多い。コロナ禍では特にそうなる。熱海市の福祉事業者からは、「在宅福祉サービスを再開するかどうか迷っている」との声が聞かれた。
しかし、下手をすると、その間に在宅の高齢者、障がい者等の体調が悪化する恐れがある。熊本地震の関連死は、半数以上が1か月以内だ。できるだけ早いタイミングで地域住民と福祉事業者、行政が連携した見守り体制を確立することが重要である。
その拠点となるのが地域支え合いセンターだ。仮設住宅設置のタイミングで設置され、入居者の孤立化防止を目的に活動することが多いが、ぜひ早急に設置して、関連死の防止につなげていただきたい。これまでの災害で「地域支え合いセンター」業務を担われた人は、リモート、または現地でその経験を伝えていただきたい。
コロナ禍での避難生活(公衆衛生の悪化防止)
土砂災害警戒区域、特に特別警戒区域の人は、できるだけ安全な避難場所・避難所、親族・知人、ホテル・旅館などへの避難が望ましい。やむなく自宅に留まる場合でも、少なくとも斜面の反対側で過ごすことが大切だ。
避難所については、体育館で雑魚寝から始まる避難生活を避けなければならない。熱海市は日本有数の観光地であり、今回は避難所を二つのホテルに集約し、550人以上が避難している。コロナ禍における避難所の良い事例となった。
一方で、在宅避難者の安否確認、ケアを早めにお願いしたい。特に1階が浸水して、2階で生活している被災者が厳しい。今回は地元JC(青年会議所)の方が支援物資を在宅の被災者に配布している。被災地の住宅が急な坂道なのでなかなか支援物資を受け取りに行けない中で、このような地域の助け合いが生きて
いると感じた。
福祉避難所の開設
福祉施設も大変な中ではあるが、余力のある施設は事前指定の有無にかかわらず、また自治体からの要請を待たずに、福祉避難所として高齢者・障がい者等を受け入れていただきたい。
ただ、福祉避難所では、人と物資が不足するので、早い段階で仲間の法人、企業、自治体に応援要請をすることが大切だ。長期戦になるので、職員が疲れ切ってからではなく、早めに交代要員を確保いただきたい。
【参考】わかりやすいお役立ち資料
『新型コロナウイルス 避難生活お役立ちサポートブック』
健康チェックリストや感染者、濃厚接触者、要介護者、妊産婦・乳幼児など被災者の状況に応じて、学校の教室を活用したゾーニングレイアウト案を参考にされてください。
(「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)」の専門委員会「避難生活改善に関する専門委員会」作成)
1)新型コロナウイルス感染症避難生活お役立ちサポートブック(第3版)
http://jvoad.jp/wp-content/uploads/2021/02/db1b9a713e3816a3037c96d4d1539390.pdf
2)資料集
http://jvoad.jp/wp-content/uploads/2021/02/d75250c37ab446fe3b26c1ecb0e35aca.pdf
『水害にあったときに~浸水被害からの生活再建の手引き~』
本誌でも何度か紹介しているが、日常生活を取り戻そうと考え始めたときに有効です。イラストが多く、保険の請求、浸水した家屋の泥出し・乾燥などのポイントがとても分かりやすいです。(「震災がつなぐ全国ネットワーク」作成)
・チラシ版(A4 判4頁)
水害被害にあった際の必要最低限の情報を掲載しています。
・冊子版(A5 判32頁)
冊子版では、写真やイラストを用いて、
1.まずは落ち着いて(ある程度の期間がかかるので慌てずに)
2.必要な手続き(役所や保険会社、税務署など手続きもいろいろ)
3.家屋のかたづけと掃除(何をどうすればいいのか写真とイラストで解説)
4.水害からの生活再建「私の場合」(被災者の生の声を掲載)
という構成で、水害にあった際の対応について情報を掲載しています。
・冊子・チラシを補完する「水害後の家屋への適切な対応」(A4 判4頁)
これまでの冊子・チラシを補完するため、より具体的な水害後の家屋への適切な対応が書かれています。直後の応急対応にはとても役立つものです。
※上記はすべて、以下のblog からダウンロードできる。
https://blog.canpan.info/shintsuna/archive/1420
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。