「新・地方自治のミライ」 第62回 民泊という「白宅」のミライ

地方自治

2024.10.16

本記事は、月刊『ガバナンス』2018年5月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

はじめに

 いわゆる民泊監禁バラバラ殺人事件では、遺体の遺棄や監禁場所として、大阪市内の違法な民泊施設が使われていた。被害女性の頭部が2018年2月24日に大阪市西成区の集合住宅の一室で発見された。この部屋は市によると旅館業法の許可を得ず、国家戦略特区での認定も受けていなかったという。同様に、女性を監禁して遺体を切断したとされる同市東成区の部屋も、違法な民泊施設とみられている。

 大阪市(国家戦略特区)による民泊の場合、外国人が宿泊する際はパスポートの提示やコピーの保管が義務付けられている。しかし、違法民泊は、定義上、無法状態である。大阪市役所には「違法民泊ではないか」との通報が計4000件以上も寄せられているが、市の調査は追いついていない。民泊サイトをチェックして、許可や認定の有無を調べていたが、サイトが巧妙になり、予約者にしか部屋の詳しい住所が分からなくなり、市(保健所)による実態把握が困難になっているという(注1)。いわゆる民泊新法(「住宅宿泊事業法」)の施行が18年6月15日に迫るなかで、今回は民泊問題を検討してみよう。

注1 時事ドットコムニュース2018年3月3日付。

白宅(シロタク)という違法民泊

 見知らぬ他人に部屋や建物を貸して代金を受け取る営利活動が、旅館・ホテル業である。旅館・ホテルを営業するためには、一定の条件を満たして、旅館業法に基づく許可が必要である。その意味では規制であり、経済活動の自由を縛る。しかし、一定の条件が保障されていない部屋・建物に泊まるのは利用者としても不安である。不特定の他人が継続的に出入りするのは、貸す側にとっても不安があるものであり、そのためには、旅館・ホテル業を担うにはある程度の能力が求められる。その意味では、規制があることによって、経済活動が成立する。

 しかし、それゆえに、簡単に旅館・ホテル業を始めることはできないから、宿泊客が増えても弾力的に宿泊容量は増えない。また、条件を整える必要があるから、それだけ宿泊料は高価になる。

 現実には、空き家・空き室はたくさんあるから、民泊によって、家主はその余った空間を貸して収入を得られるし、宿泊先を探せなかった利用者は安価に泊まることができる。この意味で、空き家・空き室と利用者を柔軟にマッチングする民泊は、双方にメリットがある。しかも、貸し手と借り手のマッチングは、かつては非常に困難であったので、市場経済として成立しがたかった。しかし、電子空間上のサイトによってマッチングができるようになり、民泊が営利事業として可能になったわけである。ただし、旅館業に基づく許可を得ないことに利点があるのであるから、基本的には民泊=脱(旅館業)法的なのである。

 言うなれば、許可を得た正規のタクシー(緑ナンバー)に対して、許可を得ない自家用車(白ナンバー)によって客を有償輸送する白タクの、旅館・ホテル版である。違法民泊とは、自宅を見知らぬ他人に有償提供する「白宅」(注2)である。知人・友人や親戚を自分の車に乗せるように、自宅に泊めたり、ホームステイのホストになることがある。そして、なにがしかの「お礼」を貰うこともある。「白宅」と自宅との中間領域は色々である。

注2 「 白」が違法であるのは、日本語の語感から言うとおかしいが、「緑ナンバー」ではないので「白」なのである。「ブラック」が悪で「ホワイト」が善などと決まっているわけではない。

民泊の合法化

 民泊=違法なのであれば、禁止の実効性を確保する取締をすればよいだけのようにも思われる。しかし、市場が自生的に成立している以上、双方に利得になる状況が存在するのであり、完全に禁止することはかえって好ましくない。となると、一定の条件を満たすことで適正化・合法化していくという「現実策」が採られる。これが、民泊新法である。一定の条件を満たして届出することにより、合法民泊が可能になる。逆に言えば、一定条件を満たせず届出をしなければ、違法民泊として措置を執れるので、合法民泊に誘導することも期待できよう。

 合法民泊は、①旅館業法の許可を得た簡易宿所、②国家戦略特区による認定民泊、③民泊新法による届出民泊、の3種類となった。理屈上は、これまでも①②で合法民泊を行うこともできたが、現実に条件が厳しかったので、必ずしも多くなかった。上記大阪市内の民泊も、①②でなかったという。それゆえ、より条件の緩い③を新設することによって、合法民泊を増やそうということのようである。

合法化のパラドクス

 もっとも、民泊新法が機能するとは限らない。なぜならば、以前も①②で可能にもかかわらず違法民泊が横行していたのであって、③ができても、「白宅」(違法民泊)がなくなる保証はない。家主が③の届出をして合法化にする気になるのは、満たすべき条件が低いときだけである。しかし、③の合法民泊が満たすべき条件が低いならば、違法民泊を単に追認しただけに終わる。これは、表面的には適正化・合法化するが、じつは違法民泊と同じ水準の民泊を繁殖させ、事後正当化する。

 民泊は、「住宅」を宿泊に提供することであるので、住宅なのか宿泊施設なのかは、外見上は明らかではない。同じ建物・居室を、住宅にも宿泊にも使い分ける。よく言えばシェア経済である。しかし、どちらかに純化していないので、周りからすれば非常に対応に困る。あるときは住人が住んでいるが、あるときは無人で、あるときは宿泊客が「旅の恥は掻き捨て」とばかりに過ごす。家主が常時住んでいて、家主の管理下に宿泊客が滞在するならば、ある程度、民泊滞在者への監督が行き渡るかもしれない。しかし、家主不在型では住宅宿泊管理業者がいるだけで、住民ではない以上、自宅のような管理はできない。

 そもそも、いままでは民泊=違法の推定が可能であったので、民泊は常に「通報」の対象で有り得た。しかし、民泊新法により、届出によって合法民泊になりうる制度になったので、違法民泊と合法民泊が混在し、地域住民には一見明白にはわからない。それゆえに、通報もしにくくなる。結局のところ、違法・合法民泊が混在し、今以上に実態は把握しにくくなる。もちろん、届出=合法民泊への調査は容易になるが、民泊を必ず届出させられるわけではない。届出させるには違法民泊を摘発しなければならないが、違法民泊の把握は困難なのである。

 しかも、民泊新法によって、違法民泊の取締はできない。摘発は旅館業法によるしかなく、民泊新法制定以前と変わらず、これまでと同様に、野放しが続くだけである。というか、むしろ、摘発当局に悪いメッセージを与える。なぜならば、民泊推進という国策が示されたことにより、政権を忖度する行政機関は、摘発を躊躇するようになるからである。

おわりに

 住宅過剰と旅行需要と、その間を繋ぐ民泊サイトによって、民泊市場が自生した。行政が経済成長のために人為的に民泊振興策を打っても効果はない。しかし、民泊の場合には市場経済が先行し、その弊害を除去するために法整備が求められて来た。その意味では、近年まれに見る「健全」な動きと言えよう。とはいえ、規制の隙間で、地域社会や周辺住民に対して、社会的不利益を撒き散らかすことで成立するビジネス・モデルなのであれば、民泊とはそもそも、公害企業・ブラック企業やギャンブルと同様に、社会的には外部不経済と言えよう。

 こうした地域社会の弊害に対処するのは権限を持つ自治体(都道府県・保健所設置市区)の任務であり、条例制定で対処する途が設定されている。一定の区域・期間などで制限を付加することは、制度的には可能である。しかし、全面禁止はできない。こうして、地域社会には、不適正な利用者が違法・合法民泊に出入りすることになる。そして、権限のない多くの市町村に住民からの苦情が持ち込まれるだろう。

 

 

Profile
東京大学大学院法学政治学研究科/法学部・公共政策大学院教授
金井 利之 かない・としゆき
1967年群馬県生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学助教授、東京大学助教授などを経て、2006年から同教授。94年から2年間オランダ国立ライデン大学社会科学部客員研究員。主な著書に『自治制度』(東京大学出版会、07年)、『分権改革の動態』(東京大学出版会、08年、共編著)、『実践自治体行政学』(第一法規、10年)、『原発と自治体』(岩波書店、12年)、『政策変容と制度設計』(ミネルヴァ、12年、共編著)、『地方創生の正体──なぜ地域政策は失敗するのか』(ちくま新書、15年、共著)、『原発被災地の復興シナリオ・プランニング』(公人の友社、16年、編著)、『行政学講義』(ちくま新書、18年)、『縮減社会の合意形成』(第一法規、18年、編著)、『自治体議会の取扱説明書』(第一法規、19年)、『行政学概説』(放送大学教育振興会、20年)、『ホーンブック地方自治〔新版〕』(北樹出版、20年、共著)、『コロナ対策禍の国と自治体』(ちくま新書、21年)、『原発事故被災自治体の再生と苦悩』(第一法規、21年、共編著)、『行政学講説』(放送大学教育振興会、24年)、『自治体と総合性』(公人の友社、24年、編著)。

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