自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[61]全国初のビル地区防災計画──札幌時計台ビルの実践

地方自治

2022.02.23

※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2021年4月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

 

 オフィスビル(以下、「ビル」という)は、ビルオーナー、ビル管理会社が中心となって、消防法に基づいた防火・防災計画により避難訓練等を実施してきた。しかし、ビルオーナー、ビル管理会社とテナントが災害時にどのように連携し活動するかを検討し、地区防災計画を作成した事例はなかった。

 札幌市の中心部にある札幌時計台ビルにおいては、ビルオーナー、ビル管理会社とテナントが約2年半の検討を行い、2019年3月に地区防災計画を作成し、札幌市の地域防災計画に記載された。これは全国で初めての事例である。

 先走って結論を申し上げると、ビルが地区防災計画を作成する効果は極めて高かった。今後、都市自治体においては、多くのビルで地区防災計画を作成することが、地域防災力を高めるだけでなく、地域産業の事業継続を進めるうえでも有効になる。

札幌時計台ビルの概要

 札幌時計台ビルは、札幌時計台に隣接し、地下2階・地上14階建て、1982年に竣工した。ビルオーナーは北清土地株式会社、管理会社は株式会社シミズ・ビルライフケア、地区防災計画作成時の入居テナント数は63社、在館者数約1200人、業種は事務所、官公庁、販売、飲食、理容、保育園、診療所、専門学校、放送局と多種にわたる。

 本地区の災害想定は、地震は最大震度6弱、多数の帰宅困難者が発生し、特に冬季が懸念される。洪水は豊平川の氾濫で浸水深0.5m未満が想定されている。

計画作成プロセス

 地区防災計画の検討は、ワールドカフェによるワークショップ形式で行った。ワールドカフェは4人程度で話し合いを行い、メンバーを入れ替えながら集合知を紡ぎ、それを全員が共有する手法であり、各地の地区防災計画作成時にも実践されている。ワークショップは2017年10月、12月、2018年5月、7月、12月に合計5回行われた。なお、2018年9月6日に胆振東部地震が発生し、札幌市では最大震度6弱、市内全域が停電した。ワークショップの成果、及び胆振東部地震の教訓も踏まえ、ビル管理会社を中心に2019年3月に地区防災計画が作成された。

計画の内容

 本地区防災計画は、わかりやすさ、親しみやすさを優先して敬体で書かれている。重要な項目を引用する。

⑴ 活動目標

 『札幌時計台ビルは、あかちゃんも安心できる助け合いのまちとなる!』

 札幌時計台ビルは、一つのまちです。入居テナントはまちの住民です。テナント同士がご近所さんとして助け合いが出来るビルにします。また、保育園が入居しているので、あかちゃんも安心できる防災活動を進めていきます。

⑵ 活動の目的

・災害発生時、ビル内にいるテナントの社員、職員、来館者、及び帰宅困難者全員の命を守り、少なくとも3日間はビル内に籠城できるようにします。

・災害発生後はビル所有者、管理センター、各テナントが協力して、被害の拡大を防ぐようにします。

・保育園児の安全確保をするために管理センター、各テナントが協力して保育園対応チームを作ります。

・各テナントは災害対応と同時に、社会的必要性の大きな重要事業の継続を図ります。

⑶ 災害時の活動の概要

・情報ステーションの開設(2か所)テナント向け→6階会議室、帰宅困難者や観光客向け→1階エントランス

・タイムラインの活動で被害の拡大を防止

・保育園児支援活動(保育園対応チーム)

地区防災計画作成の効果


防災訓練の様子(写真提供/㈱シミズ・ビルライフケア)。

⑴ テナントアンケート

 ビル管理会社は、地区防災計画検討会前の2017年8月、胆振東部地震後の2018年11月、及び作成後の2020年10月に全テナントにアンケートを実施している。各テナントの主な防災意識、対策の変化は表1・2のとおりである。

表1 災害時、共助(援助)は可能ですか

数字は件数:㈱シミズビル・ライフケア作成。
表2 食料・水等の防災用品を備蓄しているのか

数字は件数:㈱シミズビル・ライフケア作成。

⑵ 共助力の向上

 アンケートでは、災害時に共助が可能と答えたテナントは25(40%)から59(92%)へと顕著に増加している。地区防災計画のワークショップに参加したテナントは平均17なので、参加しなかったテナントにも共助の重要性が伝わったと想定される。ビル管理会社は、毎回、テナントの防火管理者に参加を呼び掛けるなど熱心な取組みをしており、効果が上がったと推定される。このような「あと一手間」の現場の取組みが大事だと実感する。

⑶ ビル全体及びテナントの防災力強化

 本計画では、災害時の活動として主に情報ステーションの開設により協力して被害の拡大を防止することとしている。また、計画作成前、誰も災害時のトイレの準備をしていなかった。本計画をきっかけに備蓄も26テナント(41%)から41テナント(65%)へ着実に増加している。これは、各テナントの防災・BCP強化であるとともに、ビル訪問者、帰宅困難者支援にもつながる。

⑷ 保育園児への支援

 本計画の大きな特徴は、保育園児支援チームを作って活動する点である。これまでの経験では高齢者、障がい者の支援を検討すると、どうしても辛さ、厳しさが前面に出ていた。しかし、保育園児の支援をワークショップで考えるときは、参加者は非常に前向きで、議論が活性化し、地区防災計画作成に向けて協力する機運が高まった。まさに「子はかすがい」である。また、計画作成中から保育園児はハロウィンやクリスマスにはテナントを訪問して交流を深めている。

新たな共助としてのビル地区防災計画

 時計台ビル地区防災計画は、産業と防災の連携とも言えるが、いくつかの要素に恵まれたとも考えている。

 第1に、ビルオーナー、管理会社、市役所が主体的に取り組んだことである。第2に、保育園児の存在である。第3に、胆振東部地震と全停電の経験である。いわば、ガソリンを3回注入できたのである。

 都市自治体においても防災部局は、主に住民を対象に防災対策を実施してきたが、災害発生後に企業の存続がなければ地域全体の復旧復興はなしえない。

 一方で、産業部局は平時の地域産業の活性化を目指して信用保証などの対策に取り組んできたが、災害時に備えては中小事業者のBCP作成支援程度である。

 ところが、ビルにおいても地域と同様に、災害対応のためにテナント間の共助の仕組みと人のつながりが重要である。ビル地区防災計画はこの共助を実現する効果的な手段となる。これを実現するには、ビルオーナー、管理会社とともに、自治体の防災部局と産業部局との連携が重要であろう。都市防災の重要な要素としてビル地区防災計画の普及に取り組んでいきたい。

 

〇参考文献  鍵屋一ら『あかちゃんも安心できる助け合いのまち「札幌時計台ビル」』地区防災計画学会誌第20号、2021年3月。

 

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。

 

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鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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