インタビュー スマート農業のトップランナー「スマート・アグリシティ」の実現に向けローカル5Gを活用(特集:スマート農業)
地方自治
2021.09.28
目次
この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊 J-LIS」2021年8月号に掲載された記事を使用しております。
なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。
スマート農業のトップランナー「スマート・アグリシティ」の実現に向けローカル5Gを活用
(特集:スマート農業)
北海道岩見沢市長 松野 哲
岩見沢市(人口7万8,706人、世帯数4万1,476世帯)は、北海道の中西部に位置し、北海道有数の稲作地帯として発展してきた自治体です。2013年の「いわみざわ地域ICT(GNSS等)農業利活用研究会」の発足を皮切りに、全国に先駆けてスマート農業に取り組み、本年1月には、国内初となるローカル5G「Sub6・SA方式」1)を利用したスマート農機の遠隔監視制御等の実証実験を開始しています。
そこで、常に「スマート農業」のトップを走る岩見沢市の取り組みと今後の展望等について、松野哲市長にお伺いしました。
1)ローカル5Gとは、敷地内をカバーエリアとし、事業者が独自にエリア構築・運営が可能な5Gネットワークのこと。Sub6帯(4.7Ghz帯)は伝播範囲が広く遮蔽物にも強いため、屋外での利用が期待でき、SA(スタンド・アローン)方式は、認証・データ通信とも5Gの電波無線規格であるため、安価にネットワークを整備することができる。
新たな作業環境の実現を目指す─ローカル5G「Sub6・SA方式」を活用した実証実験
──1月にスタートした「スマート農機の遠隔監視制御等の実証実験」とは、具体的にどのような取り組みでしょうか。
松野市長 この実証実験は、2020年度に選定いただいた総務省「課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」と農林水産省「スマート農業加速化実証プロジェクト(ローカル5G)」により開始したものです。
岩見沢市の基幹産業である農業は、農業者数の減少や高齢化が進むなど大変厳しい状況下にあります。将来にわたって持続性を確保するためにも、2013年頃より生産現場での未来技術活用、いわゆる「スマート農業」の社会実装に取り組んでおります。作業の効率化や作物の高位平準化による所得向上を図るためには、気象予測値などのビッグデータ解析に基づいて農作業スケジュールを最適化するなど、限られた期間で効率的に作業を進める必要があります。
先進的な生産者に協力いただきながら、有人と無人の農業機械が協調したかたちで作業をする、つまり生産者ひとりで2台の農業機械を同時にコントロールして作業にあたることを検証したところ、生産者からも効率性を評価していただきました。また、ロボットトラクターなど無人で走行する農業機械の有効性は高いと認知され、既に市内生産者が導入していますが、現在は安全性の観点から近傍地での監視が必要となっています。近傍地で監視することなくロボットトラクター単独による作業が実現するよう、安全性を確保する遠隔監視制御機能の構築が求められているため、今回の実証実験に踏み切ったのです。
──どのような成果を期待されていますか。
松野市長 当市では、気象観測装置等を用いたビッグデータ収集解析を進めており、解析によって農作業スケジュールの最適化を図るなど作物の高位平準化を進めておりますが、限られた労働力ではスケジュールを合わせることが困難なケースも発生すると考えています。今後、農業機械の遠隔監視制御が実現すると、例えば、夜間作業の委託など繁忙期における作業負荷の分散が進み、結果として収益性も向上するものと考えております。このような業務を受託する新たなビジネスモデルの創出も期待しているところです。
基幹産業活性化の起爆剤に
──これまでのスマート農業への取り組みをご紹介ください。
松野市長 私が2012年秋に市長に就任した際に、ある農業生産者から「自ら設備を設けて、位置情報を用いながらトラクターの走行を効率的に行っている。とても有効であり、行政としても市内全域で活用できるよう環境整備をすべき」とのお話をいただきました。そこで、担当部署に対して、ただちに基盤整備を行うよう指示するとともに、農業生産者には情報共有をはじめ普及を加速させるための組織づくりをお願いしました。その結果、翌年の2013年1月に「いわみざわ地域ICT(GNSS2)等)農業利活用研究会」が立ち上がったのです。
2)Global Navigation Satellite System(全球測位衛星システム)の略で、GPSなどの衛星測位システムを総称する。
同年春には、市単独事業として整備した「RTK-GPS3)基地局」と「農業気象観測装置」が稼働を開始し、さらなる高度化に向け、北海道大学大学院農学研究院の野口伸教授をはじめ、産学官による「ICT活用による地域課題解決検討会」を組織し、大学や研究機関、企業の持つ知財やノウハウを用いて地域が抱える課題に迅速かつ的確に対応するための活動を開始しました。
3)Real Time Kinematic GPSの略で、GPS(全地球測位システム)の補正信号を基準局から送信することにより、受信側での誤差を数センチ程度とする測位方式。トラクター等の自動運転が可能になる。
以降、設備投資に関する支援など市内生産者への普及促進に向けた取り組みを進めるとともに、産学官連携組織が母体となるかたちで総務省や農林水産省等の省庁プロジェクト選定のもと、技術的な実証や経済的な評価検証などを網羅的に進めています。
──そもそも、なぜスマート農業に取り組むようになったのでしょうか。
松野市長 実は、岩見沢市では早くからICT活用による「まちづくり」を進めていました。当初から「ICT活用による市民生活の質の向上と地域経済の活性化」を主題として、自営光ファイバ網やデータセンターなどの高度基盤整備をはじめ、行政区域全域に対するデジタルデバイド解消として、公設民営によるFWA4)や地域BWAサービス5)など、行政区域内における快適なブロードバンド環境形成を進めています。
4)Fixed Wireless Access(固定無線アクセスシステム)のこと。オフィスや一般世帯と電気通信事業者の交換局や中継系回線との間を直接接続して利用する無線システム。
5)地域Broadband Wireless Access(地域広帯域移動無線アクセス)のこと。地域の公共の福祉の増進に寄与することを目的とした電気通信業務用の無線システム。
また、市民の利活用については、「遠隔学習システム」や「遠隔医療画像診断システム」「児童登下校見守りシステム」など市民生活に直接関わる利活用機能を社会実装するほか、地域経済の活性化についても、新たな産業創出に向けICT関連企業の誘致や創業支援策を進めた結果、延べ30社以上が進出や創業、1,200名を超える雇用機会創出を実現しています。さらに、「テレワーク」に早くから着目し、市民を対象としたテレワーク導入等の研修を実施しています。これらの取り組みによって既に200名を超える市民がテレワーク環境下で個人事業主として活躍されています。
一方で、基幹産業である農業については、ピーク時と比較し農家戸数は半減し、高齢化も進行するなど持続性確保が大きな課題となっていました。1戸あたりの耕作面積は拡大し続けているなか、先ほどお話したように、自らスマート農業の取り組みを始めていた生産者の声を聞いたことがきっかけとなったのです。
地域社会全体の人口減少が進むなか、農業生産者だけが急激に増えるとは考えにくく、また、1戸あたりの耕作面積には限界があるのが現状です。このような課題への積極的な戦略としてスマート農業やデータ駆動型農業に着目し、拡大する耕作面積への対応や生産性向上による所得向上、後継者対策等を目指し社会実装を進めることとしたのです。
現時点で新たな耕作放棄地は発生していなく、トラクターの運転操作時の負荷が低減される高精度位置情報の活用も、2013年当初の6軒から現在は200軒を超えるまで普及しています。ご高齢の生産者からも「作業がとても楽になり、もう少し働き続ける意欲が出てきた」との声も多く聞かれるようになってきました。また、データ解析を基に、水稲作と高収益作物との輪作に関する新しい取り組みも加速するなど、スマート農業導入による基幹産業の活性化に向けた動きが間違いなく進展していると実感しています。
──ターニングポイントになった取り組みや、現状での課題はありますか。
松野市長 やはり2013年の「いわみざわ地域ICT(GNSS等)農業利活用研究会」の立ち上げでしょう。設立時は109名の生産者でスタートしたのですが、現在は200名を超える大きな組織となっています。スマート農業を率先して導入する生産者が初めて利用される方に操作方法等を伝えるかたちで活動するほか、大学や企業に現場での具体的な活用ニーズを伝え技術実証にも積極的に協力するなど、社会実装を早める上においても非常に優れた連携モデルが形成されていると捉えています。
一方で、スマート農業の実装に不可欠となる通信環境の確保が課題でした。残念ながら、農業農村地域における通信環境は脆弱であり、いわゆる「条件不利地域」と言われるエリアが多いのが実情です。岩見沢市では、2006年より条件不利地域のご家庭に対するインターネット接続サービスとしてFWAサービスを行っていますが、2020年からは、圃場を含めたブロードバンド環境を確保に向け、地域BWAサービスを開始しました。
産官学連携の基本は目標を共有・共感すること
──取り組みを進めるにあたっての組織体制は、いかがでしょうか。
松野市長 当市では、企画財政部内にICTを専門とする組織をつくり、農政部をはじめとした庁内関係部署と横断的に連携させながら取り組みを進めてきましたが、今年4月からは、Society5.0社会への対応やスマート・デジタル自治体の具現化を加速するため、「情報政策部」として独立させました。配属した職員は全て一般事務職で、技術職として特別に採用した職員はおりません。ICT分野は、技術的知見やノウハウが特に重要であるため、北海道大学をはじめとする産学官連携協定等を通じ、目的を共有しながら効率的に取り組んでいるところです。
また、ICTを専門に担当する組織をつくることによって、行政内の横断的・俯瞰的な連携が図られたと考えます。例えば、スマート農業で整備を進めた「高精度位置情報」機能の除排雪作業での活用や、市内13か所に設置した気象観測装置により最適な農作業スケジュールを予測する「農業気象情報機能」を利用した市民向け気象サービスの提供など、従来は特定分野での利活用に限定しがちなインフラを複合的に活用する効果があったものと考えます。
──多くの企業や研究機関と協働して各種取り組みを進められています。
松野市長 2018年のネットワークを用いた地域変革、スマートシティ推進を目指すシスコシステムズ社との協定締結、2019年の北海道大学及びNTTグループ3社との間で締結した包括協定が社会的インパクトとしても大きいのですが、いずれの協定も、国内の多くの地域が抱える課題への対応を目指す取り組みであり、先行的な技術検証や評価分析を行いながら他地域への横展開を目指すという目的や方向性を共有し開始したものです。
企業等との連携にあたっては、ICTを活用し「地域にどのような環境を構築するのか」、まずは目標を共有・共感することから始めています。その際、それぞれが有する知見やノウハウを持ち合いながら、まさに「アンダー・ワン・ルーフ」の形成が重要と考えています。大学や研究機関は「知財」、企業は「ビジネスノウハウ」など、それぞれが持つリソースを持ち合いながら、地域フィールドで組み合わせていくことが大切ですし、我々行政としても、同様の課題を抱える地域への横展開・協働利用を推進していかなければならないと考えます。
──道庁や道内・道外市町村との連携について、どのようにお考えでしょうか。
松野市長 北海道内の多くの自治体では、当市と同じような課題を有しています。それらの課題解決において、当市が先行して検証や評価を行い有効性が認められた機能に関し、「横展開」や「協働利用」が社会実装を加速する上で重要になると思います。
また、北海道では昨年度「北海道Society5.0推進計画」がまとめられましたが、これからの北海道を発展させる上で非常に大切な計画だと捉えています。この計画に基づき、全道179自治体が目的を共感し合いながら、北海道全体として前進していければと考えます。
「どうあったら幸せか」を常に考える
──「国内初」など、常に新しいことに取り組まれています。
松野市長 就任以来、職員には「市役所は市民の役に立つ所」であり、常に市民目線で業務に取り組むように話をしています。あえて「国内初」を狙うのではなく、市民や市内企業が「どうあったら幸せか」という視点で目標を設定し、バックキャスティング思考で課題を整理しながら取り組むようにしておりますが、その際に大切なことは、市民に共感いただき共調しながら前に進むことだと言えます。
また、新たな利活用が初めから完璧に機能することは考えにくく、目指すビジョンが正しいと思えることを積極的にチャレンジできる環境形成を心がけています。
さらに、担当者からの経過報告を聴くことはもちろん、自らもできるだけ現場に足を運び、現状を確認するよう努めています。2019年には海外を含め100件を超える視察等に対応していますが、可能な限り同席した上で、地域戦略としての位置づけをアピールするようにしています。
──職員には、どのようなことを期待されていますか。
松野市長 まずは、生産者が求める環境・ニーズを常に把握することです。そのためには、現場にも足を運ぶことも大切であり、生産者と一緒に考えチャレンジを続けていきながら、生産者との間の信頼関係を醸成して欲しいと考えています。また、スマート農業を基点に、農産物の加工や販売を手掛ける地域産業との連動など、地域経済活動全体を俯瞰した好循環、新たなフードチェーンの創出なども期待しています。
──農業分野では、新規参入への障壁などがありますが、若い方や新しく起業しようとしている方への支援等についてお聞かせください。
松野市長 岩見沢市では、現在、129の農地所有適格法人が設立されています。これらの法人が、新たな取り組みを行う際、提携企業からの出資をはじめ様々な資金調達手段が広がることは望ましいですが、政府が閣議決定した規制改革実施計画にありますように、農業関係者による農地等に係る決定権の確保や農村現場の懸念払拭措置を講じた上で、実施されるべきものと考えます。
また、当市では新規参入者の確保を重点施策として取り組んでおり、農地取得に関する市独自支援を行っています。現在、国の支援である青年等就農資金は農地取得が対象外とされており、これが対象となれば、農業経営基盤である農地取得がさらに円滑に進むものと考えています。
ICTを活用した「未来予想図」
──最後に、貴市のICT利活用策の展開やビジョンについて、農業分野を中心にご教示ください
松野市長 ICTをベースとしながら、IoTやビッグデータ、AI、ロボティクス等の未来技術を用いた「Society5.0社会」が具体化されつつあります。間違いなく言えるのは、「ヒト中心の社会」となることです。市民が未来技術を利用しながら、安全安心で快適に生活を送れる社会が構築されるものと信じています。
これまでも、そしてこれからも「ICT活用による市民生活の質の向上と地域経済の活性化」というビジョンに変わりはありません。「生産者がマーケットニーズを的確に捉え」「効率的に生産し」「安定的な経営を持続する」ことによって、基幹産業が持続的に発展しながら、誇りをもって次世代に繋いでいく、また、人口減少が続く農業農村地域においても、ICTや未来技術を用いて健康で快適に生活することができる、まさに「スマート・アグリシティ」の実現に向け、市民とともに今後もチャレンジしてまいりたいと考えています。
Profile
北海道岩見沢市長
松野 哲 まつの・さとる
1981年、北海道大学法学部卒業、岩見沢市役所入庁。企画調整課長、市長室長、企画財政部次長(収納対策担当)などを歴任して、2012年7月に退職。同年9月に岩見沢市長に就任、現在3期目。