ニューノーマル時代の地方創生 顔認証技術による「手ぶら観光」の実現で人材不足と震災からの復興に立ち向かう

地方自治

2021.08.23

この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊 J-LIS」2021年5月号に掲載された記事を使用しております。
なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。

熊本県
顔認証技術による「手ぶら観光」の実現で人材不足と震災からの復興に立ち向かう

熊本県観光戦略部 観光企画課 課長
脇 俊也

(月刊「J-LIS」2021年5月号)

働き手不足の解消と阿蘇地域の観光復興を目指して

──貴県の観光産業における現況をお聞かせください。

脇課長 わが県は少子高齢化に伴う労働力不足が進行し、阿蘇地域は常に人材不足に喘いできました。加えて、2016年4月に発生した熊本地震では、JR豊肥本線や国道57号、阿蘇大橋などの交通アクセスが寸断し、阿蘇へのアクセスが一時困難になりました。震災から5年の間に県内他地域の観光客数は以前の水準にほぼ戻りましたが、阿蘇は震災前の8割しか回復していません。そこにコロナ禍が重なり、客足は激減しています。阿蘇は県外や海外からの観光客が多い観光地なので、これは県にとって大きな痛手です。

── 阿蘇は「慢性的な働き手不足」と「観光産業の復興」という2つの課題を抱えているのですね。

 はい。コロナ収束後に観光客が戻ってきたとき、少ない人材でも質の高いサービスを提供し、お客様に満足を感じてもらいリピーターを増やすことが至上命題です。この課題を解決するにはICT化が不可欠と考え、県では2019年度からNECと協同して「持続可能な新しい観光地域づくり」を模索してきました。2020年8月には両者で包括連携協定を締結し、顔認証技術を用いた観光のスマート化の検証を阿蘇地域で行いました。

顔認証技術を活用した新しい観光スタイルを検証

──顔認証技術を用いた観光のスマート化とはどのようなことでしょうか。

 顔認証技術とは、顔情報を共通のIDとするDigital IDで、空港の入国管理などで本人識別認証のために活用されています。本県では世界トップクラスといわれるNECの技術を用いて「手ぶら観光」の実現を目指しています。

──実現を目指している「顔認証による手ぶら観光」の具体的なサービス内容を教えてください。

 ホテルやレンタカーの予約受付、観光施設への入場、各施設での決済などが顔認証ですべて完了するサービスです。顔認証技術を導入している施設なら、財布もスマートフォンも持たずに、いわゆる「顔パス」で利用できるため、受付で連絡先の記入を求められることも、お金を受け渡しすることも、クレジットカードの暗証番号を入力する手間も不要になります。

──どのような仕組みで手ぶらの実現を目指しているのでしょうか。

 決済で説明すると、本人の顔情報が格納されているデータベースとクレジットカードの決済基盤とを紐づけます。利用者は認証用カメラに自身の顔情報を読み取らせるだけ。あとはコンピューターが決済基盤にアクセスして、本人識別認証が通れば自動的にクレジットカードで決済が実行される仕組みです。

検証に参加したモニターの反応と今後の課題

──「顔認証による手ぶら観光」を利用した地元業者や利用客の反応はいかがでしたか。

 利用客は「入店時や会計時の順番待ちや自筆サインなどのストレスがなく便利だ」「導入されれば使いたい」という好意的な声がほとんどでした。地元業者側も従業員数を最小限にできるので、人材確保に悩まなくても良い点や人件費が削減できる点が高評価でした。「非接触」「非対面」による感染リスク低減は利用者・地元業者双方にとってメリットです。

──今後、本格的に導入する計画はありますか。

 当初の課題に対する手応えは感じましたが、実際に導入することは現時点では難しいと考えています。なぜなら、今はスマホ決済のサービスが各種あるからです。スマホ決済で満足している利用者にとって、顔認証決済が魅力的に映るかどうか。地元業者が顔認証を導入しても利用客の満足度につながらないとすれば、投資分を回収できません。費用対効果が見込めるかは今後の課題として事業者と検証していきます。

──今後の「持続可能な新しい観光地域づくり」の計画・目標を聞かせてください。

 今後3年間で次の3つを進めます。1つは蒲島郁夫知事が最も力を入れている、観光DXの推進です。顔認証に限らず多方面で観光のデジタル化を進めます。2つめは、新しい行動様式を踏まえた、新たなマーケットの創出です。3つめは、新たな観光コンテンツを開発し、観光産業の育っていない地域にも産業を創出します。

観光のICT化を進める上で大切なこと

──本事業を進めるにあたって、どのような点が難しかったですか。

 観光産業というのは他の産業に比べて、ICT化が難しい分野ではないかと思います。「おもてなし」というのは対面で行う接客サービスが多く、それをデジタルで置き換えることができるのか、そもそも置き換えるべきなのかは、我々も悩みながらです。そのため、テクノロジー分野の専門家である事業者と連携し、相談しながら進めています。

 ただ、技術面は事業者の力を借りるとしても、どのサービスをデジタルに置換するかの選定や、最終的に導入するか否かの決定は観光政策責任者である私の仕事です。判断ミスを防ぎ、より最適な方法を選択できるよう、私は他自治体の先行事例を調べたり、ICT系の情報誌を読んだりして勉強しています。“広く浅く”でいいので日頃から情報収集するとよいと思います。

──民間企業と連携する際に気をつけるべきことがあれば教えてください。

 本事業は県と事業者が共同投資して進めていますので、県にとってのメリットだけでなく、事業者にとってもメリットがあることが大事です。県にとってのメリットが観光のICT化によって人材不足が解消し、観光産業が盛り上がって県の税収が上がることだとするなら、事業者にとってのメリットは自社の技術を熊本の観光各地で使ってもらうことや実用場面での知見が集まることでしょうか。お互いがWin-Winの関係で結ばれることが、より良いサービスを生み出す原動力になると思います。

 

 

熊本県
面積約7,405㎡、人口173万2,644人。14市・31町村からなる。九州の中央部に位置し、福岡・大分・宮崎・鹿児島の4県に接し、有明海を隔てて長崎県と向かい合っているため、古くより海陸交通の要衝として栄える。世界有数のカルデラである阿蘇を有し、「火の国」とも呼ばれている。
https://www.pref.kumamoto.jp

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