自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[44]東日本豪雨災害と自治体業務(上)
地方自治
2020.12.16
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[44]東日本豪雨災害と自治体業務(上)
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2019年11月号)
2019年10月12日に関東、東北地方を通過した台風19号により、東日本の多くの地域で風、洪水や土砂・土石流により甚大な被害がもたらされた。全国で70人が死亡し、11人の安否が不明である(消防庁調べ。10月21日現在)。また、10月14日時点で、全国で13都県315市区町村が災害救助法の適用を受けるという広域災害となってしまった。
お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆さま、関係される皆さまに、心からのお見舞いを申し上げたい。また、市町村職員、ライフライン関係者は今後、膨大な復旧復興業務に忙殺される。長期戦になるので、どうか適切な休養を取られるように切にお願いする。
市町村のための水害対応の手引き
災害が発生してしまえば、事前の対策がどうだったかなど考えている場合ではない。市区町村はその後の被害を最小限度にとどめるために全力を尽くさなければならない。
国は、2015年関東東北豪雨災害の経験を踏まえて、被災経験のない市町村であっても迅速かつ的確な災害対応を実施できるよう、市町村がとるべき災害対応のポイント等を示した「市町村のための水害対応の手引き」(以下、「手引き」という)を作成した。さらに、2018年7月豪雨(西日本豪雨災害)等を踏まえ、2019年7月に手引きを改訂した。
手引きでは、災害発生後の対応として以下の項目が挙げられている。
○救急、救命活動等の的確な指示(人命優先)
○応援要請の速やかな判断(使えるものは何でも使う)
○職員を総動員して災害対応(応援体制の確保)
○住民やマスコミへの情報発信(住民に安心感、支援の獲得)
○ボランティアとの連携(行政の手が届かない課題の解決)
○生活環境の保全(公衆衛生の悪化の防止)
これらをまとめて、「人命救助を最優先とした速やかな災害対応、適切な情報発信」としている。
これに沿って、災害対応のポイントを見ていきたい。
救急、救命活動等の的確な指示(人命優先)
実際に救急、救命活動を行うのは、消防(団含む)、警察、自衛隊、医療職などの専門家であるが、その活動を支える後方部隊として市区町村職員の役割が大きい。特に、土地勘のない外部からの専門家にいかに働いてもらうかが重要である。この役割の大きさは、いくら強調しても強調しすぎることはない。
応援要請の速やかな判断(使えるものは何でも使う)
手引きでは、ここでの「被災の教訓を踏まえた取組の方向性」として、以下の項目を列挙している。
・国・都道府県・他市町村・救助機関・医療機関・ボランティア等様々な主体からの人的支援を十分活用できるよう、受援体制を構築し、支援内容を把握しておく
・他市町村との災害時相互応援協定を締結しておく
・応援要員による現地本部(災害ボランティアセンターなど)と市町村災害対策本部との適切な役割分担・連絡調整を図る
・円滑な応援要員の受入調整ができるよう、受援体制をあらかじめ整備しておく(受援調整組織を設置し対応を一元化、応援を必要とする業務の整理等)
・被災市区町村応援職員確保システムに基づく応援職員の受入れについて、あらかじめ受援計画等に位置づけておく
最も重要なのは、これらを総合した受援計画の作成とその実効性確保の訓練(図上含む)である。しかし、総務省消防庁の「地方公共団体における業務継続計画の策定について(通知)」(2018年12月26日)においては「受援に関する規定を備えている団体は4割程度である」となっている。
受援計画を作成していない市区町村では、ぶっつけ本番で臨むわけであるが、上の図を鵜呑みにしてもうまくいかないだろう。受援調整は膨大かつ高度な業務なので、担当(総合窓口)は、最初の受付や、取りまとめをする担当に留めるべきである。実質的に活動する災害対策部ごとに受援担当を置き、専属で受援の確保に努めるほうがよい。
応援受援では、経験とノウハウある市区町村職員が、被災自治体に入り助言相談をする災害マネジメントが効果的である。これを制度化したのが、総務省の被災市区町村応援職員確保システムであり、その中核となる人材が「災害マネジメント総括支援員」である。
本誌2017年9月号、10月号で総括支援員だけでなく、トップマネジメント、情報統括マネジメントや業務マネジメントの3層が必要である等の課題を指摘したが、2019年3月の改訂により「災害マネジメント総括支援チーム」となって大きく改善された。すなわち、災害マネジメント総括支援員1人(管理職等の経験者)、災害マネジメント支援員1~2人(災害対応経験、知見を有する者)、連絡調整員1~2人で構成される。台風19号災害での被災自治体支援に大きな力になってくれると期待している。
私は、10万人以下の小規模市区町村では、フルセットの災害対応を準備するのではなく、受援体制を整備して、官民の多くの応援を得ることで、災害後を乗り切るのが良いと思っている。特に近年は、国がプッシュ型支援で積極的にコミットしているので、備蓄物資に経費を使うよりも研修や被災地への派遣など人的投資をするべきである。
職員を総動員して災害対応(応援体制の確保)
中小の被害では、日常業務がやれてしまうだけに、災害対応と日常業務で人の取り合いになる。実際に避難所担当の係長が各部署に電話をして、人的関係で避難所職員を確保する姿を見たことがある。全庁的には、抽象的に「各部署が積極的に災害対応に協力する」ことになっているが、実際には職員を派遣するかどうかを決めるのは所属部署であるために、恒常的に災害対応職員が不足するのである。被災された住民と、日常の利便性を求める住民のニーズ、心の傷みを考えると、やはり災害対応を重視すべきだ。事業継続計画(BCP)を策定する意義は、日常業務をあらかじめ絞り込んで、災害対応に多くの職員を投入できることにある。首長が「災害対応を優先する」と明言するなどリーダーシップをとることが重要だ。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。