自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[35]大学院での学びを考える

NEW地方自治

2020.10.25

自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[35]大学院での学びを考える

鍵屋 一(かぎや・はじめ)
月刊『ガバナンス』2019年2月号) 

学び続けることの大切さ

 最近、防災関係の若い仲間が大学院に入学したり、修士論文を書き上げたり、さらには博士後期課程に進んだなどの話をよく聞くようになった。以前に比べて、多くの大学院が社会人向けに夜間、休日で修士課程を修了できるように開講している。うれしい限りだ。

 今回は、自治体職員のキャリア形成において、大学院での学びを考えてみたい。職員の成長こそ、自治体の危機管理で最も重要なものと言えるかもしれないからだ。

 幕末の儒学者、佐藤一斎の『言志四録』には、次の一節がある。

「少(わか)くして学べば、則ち壮にして為すこと有り。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老いて学べば、則ち死して朽ちず。」

 学び続けることの大切さを説いたものとして、不朽の名言だと思う。

大学院にとりあえずチャレンジ

 私も21年前の春に41歳で大学院に入学した。板橋区役所職員として40歳を迎えた時、「不惑」どころか、不安感に取りつかれてしまったからだ。商工部門で働いて、面白いように補助金が取れるのだが、どうも行き当たりばったりだ。何かが違う。そういえば、自分の人生もこんなふうに、「その場しのぎ」できたように思える。何か、今後の人生の指針、バックボーンが欲しいと切実に思った。そのとき、法政大学大学院が社会人向けに夜間政治学修士課程を始めるという小さな記事が目に留まった。だが受験料だけで3万円、入学したら初年度が100万円、2年目が70万円。共働きではあるが、小さい子どもが2人いて、住宅ローンも組んだばかり。

 とりあえず、受験する、しないに関係なく卒業証明書や受験動機などいろいろな書類をそろえてみた。後から考えると、これが重要だった。重い決定をする前に、作業レベルの雑務をすませておく。すると、作業に引きずられずに、純粋に利害得失だけで決定ができる。

基本を楽しく学ぶ

 幸いにも合格通知をいただいたが、入学金など必要なお金は全部、共済組合の借金。1年間に大学院にいける日はせいぜい100日、1回の授業につき1万円。それを前払いしてしまった。なんとか、1万円分の元を取らないと、と貪欲に通い続けた。結果的には、それがとても良かった。

 基礎的な知識が不十分な段階では、自分の関心分野に限らず、幅広く基本を学ぶことが重要だ。基本とは、これまでに人類が築き上げてきた良き資産である。自治体職員に必要な基本は、たとえば、自由、平等、平和、民主主主義などの歴史的変遷を踏まえた概念、議会制度、地方自治制度、財政制度などの制度的理解であろう(斉藤孝『座右のゲーテ』には、人類の良き資産を継承することの大切さがこれでもかと説かれている。知的好奇心のある方には、ぜひお奨めしたい)。

 しかし、広く学ぶためには時間と継続的努力、そして忍耐が必要だ。怠け者の私が、楽しく努力を継続できたのは、社会人向け大学院のおかげだ。たとえば政治学はとても幅が広い学問だが、世界の歴史、宗教や思想、産業などを踏まえながら、世界や日本で政治がどのように行われてきたのか、この延長上にどんな姿が想像できるのか。主役は簡潔に言えば、紆余曲折はあろうと、国家から市民社会へ変わっていくだろう。

 専門でもないのに長く続けた研究に憲法がある。2007年8月には、五十嵐敬喜先生と大学院の仲間とで7年間にわたる研究の成果として『国民がつくる憲法』を出版することができた。まさに継続は力なりである。

大学院で学ぶか迷ったら

 大学院で特に重要なのは、二つあると思う。まず先生。日本を代表する先生たちから、直接、少人数で教えを受けられる。故松下圭一先生、故田村明先生、五十嵐敬喜先生、武藤博己先生、廣瀬克哉先生などなど。授業が終わってからも、ほとんどの先生は飲み会につきあってくださる。この時間がまたすばらしい。疑問に思っている点、現場の状況を語りながら、さらに議論を尽くすことができる。特別講義にこられた西尾勝先生には、飲み会で「現場は理論より人で政策が決まるように思える」と話したところ、「全くその通り。ただ、人の要素だけでは政策や学問は進化しない」と答えていただいたことも忘れられない。

 次に、自分自身の問題意識、欲の深さ、好奇心。修士論文を書くだけなら、そんなに難しくないと思う。それを超えて成果を上げるためには、何のために学ぶのかを心に留めることが重要だと思う。大きく望めば、大きく返ってくる(もっともそれだけの努力は欠かせないが)。先生や仲間の前で発表するために、時には寝る間も惜しんで準備しなければならないが、それは強制されるからだ。特に、最初の勘所をつかむまではなんとしても持続してがんばらなければならない。

常識を疑え。どんなことにも二面性がある

 常識はしばしば、現実と異なっている。私自身が大学院で学んだことでは、次のような例がある。

常識1:「民主主義の原理は多数決である」

現実1:民主主義は人類が発明した革命的な制度である。敵を倒すため武力で相手をやっつけるのではなく、武力を使うことなく多数を得ることで勝敗を決することができる。ただ、歴史的には多数決原理を優先し、感情に任せた愚かな決定がなされることも多かった。民主主義は多数を得ることそのものよりも、手段としての議論により、より良い方策を生み出すことにその真髄がある。また、多数決が万能であれば、たとえば少数者の権利を迫害するなどの弊害が伴う。他人の辛さ、悲しみを自分の辛さ、悲しみと感じる人間性を民主主義は求めている。

常識2:「英米は先進国で南欧は遅れている」

現実2:実際に行ってみると、英米の社会格差は著しく、南欧のほうが人間らしい暮らしをしやすいようだ。ヨーロッパの劣等生といわれたギリシャに行ったときのこと。通訳の方が「国際競争が激しくなってバカンスがとりにくくなった」と嘆いていたので「どの位ですか」と聞いたら「2か月は優にとれていたのに、1か月半位にしろといわれる。ひどいでしょ」……悔しいのでもう一つ聞いてみた。「バカンスはお金がかかって大変でしょう」「いえ、都市のサラリーマンの半分以上は地中海沿岸に質素な別荘を持っていて、家族と静かに過ごすからお金はほとんど使わない」……。

実践家でありたい

 一流の思想家や純粋科学者などを除けば、私たちはあくまで実践志向であるべきだろう。自治体防災について、自分自身がテキストとして身近におけるコンパクトな本がなかったことから、2002年に自治体防災の本を書くご縁をいただいた。本を書くことで、それまで漠然と考えていたことがきちんと整理できたのはありがたかった。特に『〝地域防災力〟強化宣言』は2005年度の法政大学地域政策研究賞優秀賞を受賞した。著書が出てからは、原稿の依頼が増えたり、国の委員会などにも呼ばれて、ますます深く考える機会が増えてきた。

変わらずにあり続けるためには変わらなければならない

 現代では社会の変化は非常に大きく、しかも加速化している。自治体職員が現状に留まることは、自治体が時代の流れに遅れることを意味する。では、どうするか。職員が学び続け、変わり続ける以外にないのではないだろうか。

 ダーウィン曰く、「最も強いものが生き残るのではない。最も賢いものが生き残るのでもない。生き残るのは変化するものである」。

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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