自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[23]大災害対応の学校 防災マネジメント(上)
地方自治
2020.08.12
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[23]大災害対応の学校 防災マネジメント(上)
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2018年2月号)
近年、学校の防災機能強化を図る動きが加速している。東日本大震災での「釜石の奇跡」(釜石東中学校の中学生が隣接する鵜住居小学校の児童と一緒に避難して一人の犠牲者も出さなかった)の事例から防災教育が見直された。また、東日本大震災、熊本地震で学校施設の非構造部材が落下して、避難所機能を果たせなかったことなどから点検見直しがなされている。
しかし、学校防災の強化には部分的な取り組みでは十分でないと考えている。たとえば、大災害時には業務量が飛躍的に増え、範囲が拡大する。このため、管理職だけでなく一人ひとりの教職員が現場で判断する機会が増えていく。しかも、東日本大震災でみられたように、まかり間違えば人命に直結する重要な判断だ。そこで、人の要素も含めた学校防災全体を上手に達成する仕組み(以下、「学校防災マネジメント」という)を考える必要がある。今月から3回にわたって、学校防災マネジメントの全体像と、達成方法を考察する。
学校防災マネジメントの概要
文部科学省は、2012年3月、有識者意見や被災した学校等の調査等から、地震・津波災害を想定した「学校防災マニュアル(地震・津波災害)作成のための手引き」を作成した。
この中で、マニュアルは、机上で作成しただけでは不十分であり、マニュアルに基づいた訓練等が行われ、課題を元に改善・改良を図り、実態に即した実践的なマニュアルにすることが重要とされた。すなわち、計画(PLAN)─実施(DO)─評価(CHECK)─改善(ACTION)のサイクルを回すことで、学校防災マネジメントを確立することを目指したと思われる。
企業の事業継続(BC)も、危機対応のマネジメントの仕組みがどこまでできているかで評価される。企業が危機に陥ることはまれであり、しかも危機の状況により成果が異なる。このため「過去の危機対応」のような判断基準では、多くの企業を同じ物差しで測定する評価指標とはならない。
そこで、評価する指標を、企業のBCに関するマネジメントの仕組み、すなわち計画、訓練、評価、改良の良否や継続性、効果性としている。良いマネジメントの仕組みをもつ企業は、危機対応が上手にできる確率が高いはずという理屈だ。
学校でも同様に防災マネジメントの仕組みを構築することが重要と考えている。
実効性を妨げる課題
私は、PDCAサイクルの必要性は十分に理解するが、それだけで真に効果的な学校防災マネジメントができるとは考えていない。それは、PDCAを唱えるだけでは防災計画や訓練などの取り組みが形式に流れ、十分な実効性を持たないからである。
立派な防災計画を作っている学校は多いが、教職員にどこまで浸透しているだろうか。また、災害時になすべきことを細かく書いているが、誰がいつまでに何をするか、担当者が来れない場合はどうするか、3日間の備蓄はあってもそれが延びた場合にどうするか、学校が被災して使えないときにどうやってトイレ、食事、暖房、医療をできるか、逆に多くの被災者が避難したときにどのように受け入れるか、など被害想定を超えた対応までは書かれていない。これらはすべて実際に、東日本大震災の津波浸水区域で発生した事象であるが、南海トラフ地震をはじめとする「未災地」でその教訓がどこまで活かされているだろうか。
また、災害時には、どんなに優れた制度やモノがあろうと、現場で的確に対応するためには、その場にいる指揮者、担当者の判断力が重要だ。管理職だけでなく一人ひとりの教職員が現場で判断する機会が増え、しかも場合によっては子どもたちの命に影響する。しかし、学校安全の担当者以外にどこまで、その覚悟があるだろうか。
さらに、大災害時は学校教職員だけですべて対応することは不可能であり、保護者・PTA、地域住民、自治体、出入り事業者、他校、医療関係者など多様な関係者との連携・協力が不可欠だ。そこで、学校が多様な関係者と日常からつながり、災害時の対応を検討し共有化することが大切だが、どこまでできているだろうか。
学校防災マネジメントを支える3本柱
大災害になると、一つの判断ミスが人命を損ない、裁判になることもある。特に、スペシャルニーズのある障がい児を数多く抱える特別支援学校では、その判断が一段と重要になる。そこで、以下のような3点の取り組みが不可欠になる。
(1)マニュアル
災害時には膨大な業務量が発生し、通常の指揮命令系統では間に合わなくなる。そこで、現場ごとに一定の権限を担当者に与え、判断を任せることが効果的だ。しかし、現場、現場で災害対応がバラバラになるなら、公平性や全体最適を保つことができない。災害時には、いくつかの選択肢から一つを選んで判断しなければならない。そのとき、担当者の判断が許容範囲に収まるような、指針となる実効性あるマニュアルが必要だ。
(2)人材育成
判断力のある人材育成には、意識面での「正常化の偏見」(自分だけは安全だ、災害に遭わないだろうという根拠のない思い込み)が大敵だ。たとえば、アレルギー食の児童には、災害に備えて事前に適切な食材を備蓄する必要があるが、それができていないのはなぜだろうか。主な要因は、本音では正常化の偏見により、危機時のことを学校全体で本気では考えていないからだ。アレルギーだけでなく、障がい児のスペシャルニーズは、地域住民やボランティアに任せるわけにはいかず、その場にいる教職員が担うほかはない。そこで、災害時にも気概をもって、的確に判断できる人材育成を進めていかなければならない。
(3)多様な連携
学校の教職員は多忙であり、地域で流れる時間とはまるで違う。一方で、企業のように比較的短期間での目標達成を目指しているわけでもない。多様な連携と一言でいうが、教職員が中心となって、仕事の価値観やライフスタイルが全く違う人々、組織の協力体制を築きながら目標達成に向けて汗をかくのは大変だ。しかし、災害時は平常時にできることしかできないものだ。そこで、価値観やライフスタイルの違いを逆に活かして、学校や近隣の住民や組織とともに、日常から防災だけでなく、地域活動やCSV(共有価値創造)にも取り組む多様な連携が効果を挙げると考える。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。