新型コロナウイルス感染リスク下の自治体の情報発信

野田遊

新型コロナウイルス感染リスク下の自治体の情報発信[1]

地方自治

2020.04.21

新型コロナウィルス感染リスク下の自治体の情報発信[1]

同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科教授 野田 遊(のだ・ゆう)
 

1.なぜ自治体が情報発信を行うのか

(1)住民に対して負う自治体の責任

 

 新型コロナウイルス感染症は、今年1月に指定感染症に定められ、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の対象となった。感染症の情報発信は、市町村より都道府県の役割が大きい。これは、国全体のトップダウンによる政策実施には、1700を超える市町村より47都道府県で管理する方が効率的で、また、すべての都道府県が感染症予防を担う保健所を設置しているからである。政令指定都市や中核市など一部の都市にも保健所が設置されているが、保健所は医師や診療放射線技師、臨床検査技師など高度な専門性を有する人材が配置されている。

 この法律では、都道府県は、基本指針を定める厚生労働省と連携するほか、予防計画の策定、その実施状況の調査や分析、評価が求められる。都道府県知事は、疫学調査を進め感染者の状況を厚生労働省に届け出たり、感染者情報の管轄保健所へ通知する義務がある。第16条では、住民に対しては、収集した感染症情報の分析、発生状況、原因、予防、治療などの情報を、個人情報の保護に留意しつつ、さまざまな手段で積極的に公表しなければならないとされる。

 法制度面では以上のような説明になるが、そもそも、自治体と住民は、住民が自分たちの支払う税とそれによる政策を自治体に信託する関係にある。住民が自分たちだけで行うのが難しい政策を自治体に任せるのであり、都道府県、市町村ともに、住民が税金を支払って信託している政策について、住民が納得する情報発信を行う責任をもつ。自治体は民主的に運営されるものであるから、住民が納得する情報発信は自治の前提である。

(2)発信情報への信頼度

 

 住民が納得する情報発信が求められているにもかかわらず、感染症対策に関わる情報は、自治体の先行政策やマニュアルでは予想できないものを扱う。住民間の口伝やSNSでの情報交流、さまざまなニュースが飛び込み、情報過多になる中、信頼できる情報かどうかを判断できないケースもしばしばである。

 自治体は、重要であるが信頼できる情報かどうかが判断できない場合、一般に情報発信を避けたがり、抽象的な表現をとる。しかし、時間の経過とともに、住民は不確かで誤った情報の交流をますます進めてしまうし、自治体に対しても不信感をいだくことになる。

 そのような中、自治体ができうるのは、国や他の自治体、地域内の研究機関・各種団体・企業と情報を交換しながら、情報の確からしさを確認すること、住民から地域内の事業所の営業状況や混雑状況などの情報を収集すること、ファクトチェックを行う団体などとの連携である。こうした協働による情報収集を進めたうえで、できる限りわかりやすくかつタイムリーに情報発信とその更新を行うことが求められる。不安なときは、住民はさまざな情報を入手しようとし、並行して自治体の情報発信の姿勢も見ている。自治体が感染症の現状や今後について正確に把握できていない姿勢をみせることになっても、たえず、新鮮な情報をわかりやすく、真摯に発信していれば、住民も自治体への信頼感を醸成する。

2.新型コロナウイルス感染拡大に際して必要な情報

(1)目標値のある感染症対策

 

 住民が知りたい情報は、感染症の特徴感染情報感染が疑われる際の情報(医療体制を含む)、生活関連情報など多岐にわたる。ただ、本来住民が最も知りたい情報は、具体的な目標値のある感染症対策である。換言すれば感染症をなくすための戦略である。具体的に、いつまで何を実施し、その効果はいつどうなるかといった内容だけでなく、目標値を示した明確な戦略を求めている。

 緊急事態宣言下で、知事から不要不急の外出自粛が必要と単に言われても、居住地域ではいつ効果があらわれ、何を基準に自粛をやめることになるかが不明瞭では、自粛の動機が維持できない。自粛要請期間は5月6日とされても、延長されるのではないかと不安になる。

 自治体にとっては、不確かな情報をもとにせざるをえない中、目標値を決めるのは至難の業である。ただし、不確かな情報をもとにしていることは住民も理解しているので、納得できる情報発信を政治的に決定するしかない。

 たとえば、人々の活動量を8割抑制すれば、効果は2週間以内にあらわれ、さらに1週間自粛を継続して、感染者増加数5人未満が1週間続けば、自粛要請をやめると言われれば、住民も動機を維持できる。自治体としての何らかの目標値が必要である。

 品川駅の通勤客の多さがテレビで放映された際、全国の国民が驚きを隠せなかったと思われるが、毎日の通勤時間帯に何%減になったかを示し、8割抑制まであと何%削減が必要かを行政が示すだけでも、通勤客やその勤務先の双方とも、外出自粛に協力する可能性は高い。内閣官房のHPで駅周辺の人口減少率が掲載されているが、平日の通勤時間帯での比較と目標値が必要である。

 自治体は、定量的な目標値を設定するのを嫌うが、住民に納得してもらうためにはやはり明確さが必須である。1人に10万円を補償すれば外出自粛を継続するだろうか。明確な戦略の方が住民の動機づけになり効果がある。

 ちなみに、目標値以外に、活動制限のレベル別表記による定量化も効果的である。これは、東京大学や京都大学などで策定している指針のように、レベルがあがるにつれ、対面授業が禁止に代わってオンライン授業が適用され、最も高いレベルでは活動停止になるというものである。全国の都道府県において、同じ尺度により、活動制限のレベル別表記で示すことができれば、活動制限状況を把握しやすくなり、都道府県間の医療資源の連携にもつながる。

 

(2)感染症の特徴に関する情報

 

 第2に、感染症の特徴に関する情報である。新型コロナウイルスとは何か、どのような症状になるか、どのようなことをすれば感染する可能性があるかについて、住民に広く周知するものである。また、地域のすべての住民が手洗いや咳エチケットといった個人で心がけてもらわなければならない内容も、感染症の特徴の説明時に強調するのが通例である。

 また、ワクチンの開発や予防接種の実現時期の見込みについて、都道府県内の大学や研究機関と連携のうえ、たえず最新情報を発信するのも住民の安心感を生む。

(3)感染情報

 

 第3は、感染情報であり、これは定量的なデータの項目が非常に多い。都道府県内・市町村内の年代別(および基礎疾患有無別)の検査数・感染者数・回復者数・無症状病原体保有者数・死亡者数、死亡率、感染者の増加数、感染者の症状、接触有無、入院・宿泊施設・自宅療養の状況、行動歴(経路不明有無)、クラスターの発生場所のほか、入院可能な病床数、感染者数の予測があてはまる。行動歴は市町村でケースごとに細かく出すのが原則である。

 感染までにタイムラグや他都市との交流状況を勘案し、感染者数の予測値が明らかになれば、住民の備える態度もより強くなる。厚生労働省のクラスター対策班が行動量削減と感染者数増減のシミュレーションを出しているが、大学やシンクタンクなどに委託して都道府県の予測値、あるいは規模の大きな都市の予測値を出すことも可能なはずである。全国の情報より地域の情報が、住民に切迫感を与え外出自粛を促す。

(4)感染が疑われる際の情報

 

 感染が疑われる際の情報は、感染者の接触者や発熱継続の場合の相談窓口、可能な検査専用施設、発熱外来、検査後どのような手順になるか、オンラインでの診療の受け方、陽性後の退院までのイメージなどである。

 また、医療体制に関する情報も含まれる。市内で対応できる病院はどこで何床利用できるか、症状別受け入れ体制、宿泊施設など協力施設の募集といった情報発信である。

 自治体の情報発信は文字ベースが基本であるが、動画による情報発信(第2回コラムでふれる)は、感染の判断基準や自粛への注意喚起に効果的である。たとえば、感染後回復した方々に協力してもらい、どのような症状があったか、どれほど苦しいものであったかを動画で報告してもらったり、また、医療従事者の現場の生の声を発信してもらうのも実情をダイレクトに伝える方法になる。個人情報の保護に留意したうえでの話であるが、地域のために、協力していただける住民の回復者は必ずいるはずである。

(5)生活関連情報

 

 生活関連情報は広範な範囲にわたる。緊急事態宣言後の自治体の店舗への要請状況、混雑しやすい場所、公共交通の運行状況、利用できる保育園や放課後児童クラブ、主要施設の閉館、イベントの中止、スーパーの営業時間、アルコール消毒液の在庫のある店やテイクアウトできる店のマップのほか、制度関連情報(事業者の事業支援制度、納税や運転免許の猶予など)が含まれる。また、便乗犯罪への注意喚起、医療従事者へのハラスメント禁止といった情報発信も欠かせない。

 あわせて、外出自粛期間に、学習の仕方、自宅での運動の仕方、趣味の活動の仕方、オンラインでの市民交流など、どのような生活スタイルがあるかを例示する情報発信も参考になる。このような例示は、住民に自粛の実現可能性を明示できるからである。

 

 以上のような情報の種類があり、とりわけ住民が知りたいのは、自治体の明確な戦略である。マニュアルのない危機管理時においてこそ自治体の情報発信能力が試されている。(第2回に続く。)

 

Profile
野田 遊(のだ・ゆう)

同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科教授

フルブライト研究員(2014、ジョージタウン大学)、豊中市経営改革専門委員ほか。専門は地方自治、行政学。近年の論文・著書は「大阪都構想の賛否の程度は情報提供で変化するか?」(『同志社政策科学研究』2020)、Trust in the Leadership of Governors and Participatory Governance in Tokyo Metropolitan GovernmentLocal Government Studies, 2017)、「公務員の対応、サービスの業績、市民の満足度」(『公共政策研究』2016)、『市民満足度の研究』(日本評論社2013)など。

 

 

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