知っておきたい危機管理術/木村 栄宏
組織の何かがおかしい……
キャリア
2019.04.05
知っておきたい危機管理術 第32回 組織の何かがおかしい……
皆さんは、多かれ少なかれ、所属する組織や会社等の方針と、自分の信念や常識が違うために、その仕事の遂行に悩んだ経験があるのではないでしょうか。あるいは何か問題がある気がするものの、見てみぬふりをしてしまうこともあるでしょう。そんなときの重要な基準が、「倫理観」です。今回は、倫理観について考えてみましょう。
浸透する功利主義
人間が社会で生きていく際の考え方をピラミッドにすると、最もベース(基盤)となるのが常識やモラルで、その上に倫理が、さらにその上に法律が位置する、と考えることができます。多様な倫理観の中で、最も一般に浸透しているのが功利主義(最大多数の最大幸福、帰結主義、幸福主義、公平性)で、災害時に重症患者を30秒で選別するトリアージも、功利主義の考え方の一つとみなすことも可能です。
「機会の平等」があれば「結果の平等」は劣後する、という言い方もできます。
社会規範と倫理
一方、Final choiceという言い方で、社会規範と倫理の関係について議論がされてきました。例えば、「自分が製薬会社の社員であり、最愛の人が重い病気になったが、最も有効な治療薬が高価すぎて買えない。しかし勤務先にはその薬があり、盗もうと思えば盗める立場にいるとき、どうするか」「数キロ先の大規模火災現場に消防車で行く途中だが、目の前で火事が起こり、負傷者が助けてくれと叫んでいる。どうするべきか」「路面電車の運転手だが、ブレーキが壊れ、このまま進むと工事をしている5人をひき殺す。一方、退避線にハンドルを切れば、その先にいる1人をひき殺す。他の選択肢がないとき、どうするか」といった設問があります。
立場によっては、究極の決断が必要になる局面もあります。例えば首相の立場だったとして、9・11同時多発テロ事件のように、民間航空機がハイジャックされ、ビルに激突しようとしている際、多数の国民を守るために撃墜するのか、民間人が乗っているから撃墜しないのか、といった判断です。
倫理は、法律ではありませんが、価値判断や政策判断を伴う危機管理の局面においては、どうしても人権と情報、セキュリティとセーフティ等といった現実的な観点から問題が生じます。政策は公平で価値自由であるべきとも言えますが、現実には社会のあり方や価値判断に影響されるでしょう。
実際に、倫理が刑に問われたケースとして有名なものに、ミニョネット号事件があります。ヨットが公海上で難破し、船長以下4人が救命艇で脱出したが食料が底をつき漂流。20日目、家族なしで年少者の少年が渇きのあまり海水を飲んで虚脱状態に陥ったので、皆を救うために船長が彼を殺害、血で渇きを癒した後、死体を食料にして3人が生き延びた。英国当局は起訴したが、陪審員は「違法性を判断できず」と評決したため、高等法院が有罪と判断したものです。「緊急避難」(自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない)には該当しない、とされたのです。
社員のための行動チェックポイント
さて、組織の中で働く我々は、「所属する組織と自分の倫理との間で悩み、“組織の論理”を優先した結果、不祥事を起こしてしまう」という危機にいつ巻き込まれるかわかりません。個人が倫理を優先することで、組織が不正に陥らないように、内部通報制度やコンプライアンス態勢の整備が進んできました。
ある不祥事を起こした企業では、会社の行動規範や社員の行動基準を決めるだけではなく、常に次のような、行動のチェックポイントを教えています。「あなたがしようとすることが、「行動基準」の趣旨に基づいているかどうか自問自答してください。それは①企業理念に沿っていますか②法律に触れませんか③社会の良識からはずれていませんか④家族に見られて恥ずかしくありませんか⑤自分自身で本当に正しいと思いますか」。
ある大手企業では、これらのポイントに、さらに「(あなたがしようとしていることは)⑥同じことを家族にしても平気ですか⑦新聞の社会部の記者がそれを知っても問題になりませんか」を加えて、社員の倫理意識やコンプライアンスの徹底を図っています。
1980年代までの日本では、問題が生じてもグレイなセーフですみましたが(談合など)、特にバブル崩壊後は日本的経営システムが見直され、企業倫理や社会的責任が企業の存続を決める基本となりました。我々一人ひとりは、危機においても倫理観をしっかり持ち、重要なことは「自分の倫理や信念に基づいて決断できたかどうか」であるということを、常に心に銘記する必要があるでしょう。