事例紹介▶︎真岡市(栃木県) デジタルマーケティング習得とシティプロモーションの実践
地方自治
2024.04.19
目次
この資料は、地方公共団体情報システム機構発行「月刊J-LIS」2023年12月号に掲載された記事を使用しております。
なお、使用に当たっては、地方公共団体情報システム機構の承諾のもと使用しております。
事例紹介▶︎真岡市(栃木県) デジタルマーケティング習得とシティプロモーションの実践
(特集:デジタル人材の育成)
真岡市総合政策部秘書広報課シティプロモーション係係長 小池知恵子
1 取り組みを始めた背景
真岡市は、全国で最もいちごを生産しているいちご王国である栃木県の中でもいちご生産量が2位を大きく引き離して1位であり、いちごの質や栽培技術を競う「いちご王国グランプリ」においても最高賞を最多受賞している質・量ともに日本一のいちごのまちです。
現在の秘書広報課は、秘書係、広報広聴係、シティプロモーション係の3係体制で、広報広聴係は、市民向けの行政情報の発信を担当し、シティプロモーション係は市外向けに本市の魅力発信を担当しており、「いちご」を基本コンセプトにブランド力向上を図るため、県内・首都圏のイベントで日本一のいちごのまちの認知度向上に取り組んできました。いずれの係もWebサイトやSNSなどのデジタルによる情報発信を行っていましたが、発信内容によっては、市民が欲しいと思っている情報と職員が発信している情報が大きく乖離しており、情報が届いていないことが課題でありました。
また、ターゲットに情報を届ける手法として、新たにデジタル広告を配信することになったことや新型コロナウイルス感染症の蔓延により、イベント開催やシティプロモーション活動が難しい状況になり、今後のプロモーション活動をどうしていくべきか検討を進める必要がある中で、栃木県主催のデジタルマーケティング研修に参加する機会に恵まれ、改めてデジタルマーケティングの必要性を感じ受講するに至りました。
2 衝撃のデジタルマーケティング研修
県主催のデジタルマーケティング研修は、栃木県デジタル戦略課が主催し、sembear合同会社(CEO 治田 耕太郎氏)により提供されているものですが、栃木県内の各市町が自由に参加できるものです。
その研修は、マーケティング思考の基礎ともいうべき、ペルソナ設定やPESOモデル1)、メディアの特性等を学びつつ「ふるさと納税の寄附額を30%増やす」という課題設定でAISASモデル2)や目標とするゴール、KPIを検討する内容となっています。
1)「PESOモデル」とは、Paid Media(広告)、Earned Media(パブリシティ)、Shared Media(SNS)、Owned Media(自社メディア)の頭文字を取ったマーケティングモデル。それぞれのメディアの意味や特性を踏まえた戦略を策定する際などに使用する。
2)「AISASモデル」とは、消費者が商品を購入するまでの心理や行動の変化を、Attention(認知・注目)、Interest(興味・関心)、Search(検索)、Action(購買)、Share(共有)の五つのプロセスにモデル化したもの。
本研修は単なる座学ではなく、出席した市町それぞれの担当者が、自分の市町のふるさと納税寄付額を拡大するために、どのようなデジタルマーケティング施策に取り組むべきかを自ら考え、AISASモデルを基に消費者の態度変容のフローと、その際にどのようなKPIを設計してPDCAを回していくかまでを実際に作りあげる、というワークショップ型の研修で、発表することが求められる非常に実践的な研修でした。
上記にもあるとおり、デジタルマーケティングは様々な数値での計測が可能です。その計測数値を基に振り返り、情報発信の改善を行うことが可能であることから、数値が計測できない他のマーケティング手法と比較した時に、改善効果を数値で立証できることが大きなメリットです。後述するダッシュボードによる分析と改善も含め、本研修への参加は真岡市のデジタルマーケティングにおいて非常に大きかったと思います。
ふるさと納税に限らない話ですが、消費者は様々な顧客接点から情報を得て寄付する先の地方公共団体を選んでいます。消費者の気持ちを変え「真岡市」を選んでもらえるようになるためには、態度変容フローに沿って消費者側に立って戦略的に情報を発信し届かなければ、当然最終的には選ばれない地方公共団体になってしまうのです。
この研修の中で、これまで「届いている」と思っていた情報発信は、消費者の態度変容フローを考えるというマーケティング的思考に基づく情報発信からすると、実は「届いていない」という現実に衝撃を受けました。研修の受講中に、この衝撃を受けるとともに、既にデジタルマーケティングに取り組んでいる地方公共団体もあり、デジタルによる情報発信を戦略的に推進していかなければ、「選ばれるまち」の土俵にすら上がらないという危機感も持ちました。
3 sembear 合同会社の伴走支援
2022年度からデジタルマーケティングの取り組みを開始し、sembear合同会社に「関係人口拡大におけるデジタルマーケティング事業」の伴走支援を委託しました。
伴走支援は、週1回のミーティングを基本に、戦略から戦術の構築、ターゲット設計、デジタル広告運用からクリエイティブディレクションまでのアドバイザリー、マーケティング全体の効果改善に活用するためのダッシュボードの構築、そして全職員を対象としたデジタルマーケティング研修まで関わっていただきました。ミーティングにおいては、専門用語の理解や知見・ノウハウの習得はもちろんのこと、実際に投稿した結果をダッシュボードで数値等を確認し、「訴求がうまくいっているから今度はこういう投稿をしよう」「Webサイトにはこういう記載があったほうがいいのでは」と、アイデアや仮説を立てたり、ディスカッションしたり、次の投稿をブラッシュアップする、といったPDCAサイクルをまわす訓練を様々なデジタルツールで行いました。このミーティングには、シティプロモーション係全員で参加したことで、チーム全体で意識改革が進み、自走を目指せる組織になったと思います。
4 デジタルマーケティングの取り組み
ここで、真岡市が2022年度に取り組んだデジタルマーケティングの内容を紹介します。
(1)現状分析
3C分析とこれまで取り組んできた施策を考えたときに、真岡市はいちご生産量日本一であり、どう考えても「いちご」ではないか、という結論に至り、「いちご」をマーケティングコンセプトとしました。
(2)シティプロモーション方針の決定
移住、観光、ふるさと納税などのすべての施策を統一的プロモーションにより展開することで、市民に魅力を伝えやすくなるとともに、マーケティング効果を最大化することができると考えました。その象徴としてキャッチフレーズ「いちご王国栃木の首都もおか」を公式に宣言しました。
(3)マーケティング戦略の立案
伝えるべきは「真岡のいちご」を選んでもらう「理由」であることから、市内のいちご農家にインタビューを実施し、歴史、生産者の情熱、手間暇かけたこだわり等を発掘・言語化しました。そしてターゲットを選定、そのターゲットに適切なメディアを選定、クリエイティブの作成を行うとともに、認知から態度変容を意識した戦略(図-1)を立案しました。
(4)効果計測
デジタルマーケティングの実施においては、結果を数値で計測する環境構築が重要です。そこで、デジタル上で保有するWebサイト、SNS、デジタル広告等のデータを、ほぼリアルタイムに集約・分析することができるダッシュボードを構築しました(図-2)。このデータを基に、ターゲットに対しての「伝え方」を改善し、ブラッシュアップしました。
5 デジタルマーケティングは経験
当初、デジタルマーケティングの知見がない中でのマーケティング用語の理解や、情報を閲覧する側の立場になり、どう情報を発信・掲載したら態度変容できるか、仮説とKPIを設定するマーケティング的思考の習得には苦慮しました。
しかし、sembear合同会社の支援業務において、ターゲットの明確化と何を伝え、どうなってほしいのかをデジタル広告やSNS、Webサイトの構築における実践で取り組み、仮説→実践→検証→改善のPDCAサイクルを何度も繰り返すことで、職員のみでも自然に取り組めるようになりました。
もちろん仮説・実践しても結果に結びつかない場合もありましたが、それも次の改善につなげるための一つのデータと捉えています。これらのデータをダッシュボードに蓄積し続けることは、職員が異動した場合でも、人の感覚といったあいまいな情報ではなく数値として引き継ぐことができ、プロモーション施策の大きな財産だと思っています。
6 デジタルマーケティングもDX
「真岡市DX戦略計画」の目的は、デジタル技術によりすべてのステークホルダーが満足度を向上させることで「D(デジタル)」ではなく「X(トランスフォーメーション)」の変革や意識改革が重要としています。デジタルマーケティングもDXの一つであり、デジタルツールを使いこなすことではなく 、デジタルツールを活用していかに満足してもらえる情報発信ができるかが重要だと考えています。
7 取り組みによって得られた成果
2022年度は、図-1の中でもふるさと納税事業による関係人口の拡大をメインに取り組んだところ、下記のとおり当初の想定を超える結果を得ることができました。
・ふるさと納税:申込件数が前年度の6倍
・来訪気運:いちごを含む検索の表示+訪問回数が前年同月比3倍
・移住:新規の移住相談件数が前年度比7倍で、最も多い相談内容はいちごの新規就農
特に、ふるさと納税においては、申込件数の約6割が「いちご」の申込みでした。これは、現状分析、方針の決定、戦略の立案、効果測定までのデジタルマーケティングに取り組んだ結果で、すべての施策で「いちご王国栃木の首都もおか」を核としたいちごプロモーション戦略を立案したことは成果に大きく影響したと思います。これにより態度変容を促すことができ、「来訪気運」「移住」施策にも波及効果が発生したのではと考えています。このマーケティングの取り組みは、シティプロモーションで実践するだけでなく市民サービスを担当する多くの課でも活用できることから、今後担当する業務においてもマーケティング手法を活用していきたいと思っています。
8 「伝えている」から「伝わる」ホームページへ
真岡市のホームページは、約8割が検索サイトからの遷移です。ユーザーに「伝わる」ためには、ユーザーが検索するキーワードについて仮説を立て、ホームページタイトルに取り込めるかが鍵になります。
これまで日本一のいちごのまちで認知度向上を行っていたにも関わらず、SEO対策3)を実施していなかったため、「いちご」というキーワードで検索しても上位に表示されませんでした。そこで、シティプロモーションサイトのリニューアルの際に、マーケティング的思考や利用者の態度変容の仮説、検索ワードやSEO対策を考慮した結果、検索サイトで上位に表示され、アクセス数が大きく改善されました。
3)「SEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)対策」とは、Google等の検索結果の上位に自団体のWebサイトを表示させるため、検索エンジンの評価アルゴリズムを考慮してWebサイトを最適化すること。
この経験を踏まえ、現在は対象を全課に広げてホームページタイトルの改善のワークショップを行っています。これは、全課長と一般職員がワークショップ形式でホームページタイトルの見直し案を作成し、その結果を参考にしながら、実際にホームページタイトルを修正し、ダッシュボードで効果を確認するというもので、「伝えている」情報発信から「伝わる」情報発信ができる組織へと変革するための取り組みです。
9 今後の取り組みのビジョンや展開
市政情報や観光、ふるさと納税、移住等の情報収集する際に利用されているのはデジタルツールであることからも、地方公共団体の関係人口の取り組みにおいて、デジタルマーケティングは必要不可欠であり、今後、益々重要になると考えています。
一方で、マーケティングの取り組みは、どのようなデジタルツールで発信するか、どのようなWebサイトを作るか、どのような動画を作るか、といった検討に注力されがちです。
しかし、最も重視すべき点は、ターゲットを明確にし、そのターゲットに最も伝わりやすい手段を選択し、どのような強み・魅力を伝えるかです。この思考は、何もデジタルによるものだけでなく、市民への通知、イベントのチラシ等の製作においても通ずるものがあると思います。
今後、デジタルマーケティングの取り組みを全庁展開していくにあたっては、全課を対象にWebサイトのタイトル等の見直し、SEO対策を継続し「真岡市DX戦略計画」で掲げる「伝えている」から「伝わる」広報DXの達成に向けて取り組んでいきます。さらに、観光やプロモーションなど積極的に情報発信する必要がある課や新たにデジタル広告を実施する課を対象に、シティプロモーション係が担当職員と一緒にデジタルマーケティングに取り組むことで、デジタルマーケティングの知見やノウハウを水平展開していきます。そして、シティプロモーション係が庁内デジタルマーケティングのアドバイザリー的立場を担えるよう、今後もデジタル人材の育成に取り組んでいきます。
Profile
小池知恵子 こいけ・ちえこ
2008年からシステム部門に在籍。「真岡市DX 戦略計画」を若手職員らと策定し、第1回日経自治体DXアワードでデジタル人材育成部門賞受賞に貢献。2022年現課において、「真岡市シティプロモーション指針」を若手職員らと策定し、デジタルマーケティングの人材育成に取り組む。