自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[78]「首都直下地震等による東京の被害想定」を読み解く(3) ── 震災関連死
地方自治
2023.05.17
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2022年9月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
震災関連死の定性的被害
東京都の「首都直下地震等による東京の被害想定」報告書について深堀りを続ける。第3回目は震災関連死についてである。
近年の地震災害では、関連死が非常に増えている。津波被害が大きかった東日本大震災を除けば、直接死よりも関連死が多い。
東京都は関連死の被害想定は出していないが、「想定される被害(定性的被害の様相)」として震災関連死を取り上げている。これは、明らかに予見される危機であり、その対策を具体的に進める必要がある。
地震発生直後
〇地震によってライフラインが停止すると、人工呼吸器や在宅血液透析等で在宅医療を受けている人の生命維持が困難となり、死亡する可能性がある。
人工呼吸器や透析患者の課題は、阪神・淡路大震災以来、ずっと言われ続けている。病院、保健所、訪問看護、支援団体、機器メーカーなどが縦割りにそれぞれ情報を持って一元的にリアルタイムで管理する部署がないことがネックになっている。東京都には保健所設置市区が多いので、保健師、訪問看護師等が連携して避難行動、避難生活における個別避難計画を作成して最優先で対応すべき課題だ。
数日後〜
○高齢者や既往症を持つ人などが、避難所等の慣れない環境での生活により、病状が悪化し、あるいは、体調を悪化させて発症し、死亡する可能性がある(過去の震災では、震災関連死と認定された被災者の6割以上が既往症(要介護認定、薬服用等)を持っていたことから、これらの被災者は関連死に至るおそれがある。)。
熊本地震では1週間以内に亡くなった方は、53名に上る。亡くなった場所をみると「避難所」は10名であり、最も多いのは「発災前と同じ居場所に滞在中の場合【自宅等】」で81名である。都が記述しているような「避難所等の慣れない環境での生活」よりも、明らかに厳しい状況に置かれた在宅被災者が多かった。しかも亡くなった方は、圧倒的に高齢者が多い。70代と90代の関連死者数はほぼ同じ人数であるが、人口比でははるかに70代が多いので、とにかく上の年代から配慮する必要がある。関連死が多いことが熊本地震の教訓である。しかも、熊本では、電気、通信はすぐに復旧しており、水のみが遅れていた。それでも、多くの方が自宅で亡くなっている。前号でも記したが、電気をはじめとするライフライン停止が長引くと想定される東京都では、この在宅被災者の関連死が強く懸念される。
そこで、一刻も早く在宅高齢者のアセスメント、見守り支援、病院への緊急連絡、搬送をできる仕組みを作る必要がある。もちろん、これは災害時に多忙を極める自治体職員のみで実施するのは難しい。近年は、被災地に社会福祉協議会が中心になって地域支え合いセンターを設置する例が増えているが、だいたいは仮設住宅の入居が始まる時期である。仮設住宅での孤立を防ぎ、相談、見守りをするという趣旨であるが、熊本地震での仮設住宅の死者は1名である。
そこで、官民連携した大規模な被災者支援センター等を災害直後に設置して、近隣住民や地域包括センターなどの地域福祉職員、そしてボランティアと一緒に巡回相談、支援活動をするのが望ましいと考えている。ボランティアは地域事情には疎いかもしれないが、荷物をもったり支援物資を配ったり、状況を記録したりできるし、何より被災者支援への熱意がある。
○避難生活中に、水不足や歯ブラシ等衛生用品の不足等から、口腔内に病原菌が発生することで誤嚥性肺炎を発症し、治療が遅れた場合は死亡する場合がある。(阪神・淡路大震災における関連死の原因として最も多いのが肺炎であり、極端な水不足による歯磨きの困難や、義歯を紛失した結果、誤嚥性肺炎を発症したケースも多いと考えられている。)
誤嚥性肺炎は、エコノミークラス症候群ほど知られていないが、極めてリスクが高い。これも高齢社会ならではのリスクである。しかも75歳以上の高齢者は、阪神・淡路大震災時よりも2.6倍も増えている。誤嚥性肺炎は避難所はもとより、初期段階で高齢者の自宅を訪問し、歯ブラシと洗口液を配布することで相当程度予防できる。
1か月後以降
○仮設住宅での生活において、孤独感や慣れない生活環境による心身の不調や将来への悲観などから、自殺者が発生する場合がある。厚生労働省「東日本大震災に関連する自殺者数(令和4年分)」によれば、東日本大震災の発生年(平成23年)の自殺者数は55人、令和3年で6人となっており、合計で246人である。)
○避難所や仮設住宅で活動する職員、町内会長等の地域のコミュニティ組織の関係者が、被災者支援のストレスから、体調を崩したり、自殺を図る場合がある。
熊本地震でも、被災後のストレスによる自殺は16人に上った。(西日本新聞、2018年3月13日)せっかく助かった命が、このような形で失われるのは耐え難い。これも早い段階での在宅被災者への巡回相談、適切な機関へのつなぎなど支援活動をすることで、相当程度減らせるのではないだろうか。
現状では、自治体は避難所運営で手一杯になっており、避難所外避難者を支援する計画を持っている自治体はほとんどない。熊本地震をはじめ、近年の高齢社会における地震災害の原因分析を行い、対策を再検討すべきである。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。