【新刊】地域を支える エッセンシャル・ワーク -保健所・病院・清掃・子育てなどの現場から-<特別寄稿 第3回>熟考すべきエッセンシャル・ワーカーの重要性

ぎょうせいの本

2021.05.06

新刊紹介

(株)ぎょうせいはこのたび、『地域を支える エッセンシャル・ワーク -保健所・病院・清掃・子育てなどの現場から-』を発刊します。コロナ禍で注目を集めるエッセンシャル・ワークの現場が抱える課題とともに、課題解決のための方策を示した1冊です。社会にとって必要不可欠なサービス提供に従事するエッセンシャル・ワーカーが直面する状況を紹介するとともに、今後公共サービスをどのように維持していくべきかを現場からのメッセージして自治体政策の観点から提言しています。
ここでは本書「第2章 これまでの地方行革」「第8章 清掃サービス提供体制の構築」「終章 ポストコロナ時代の公共サービス提供」の執筆者で編著者の大東文化大学 法学部 准教授 藤井誠一郎氏のぎょうせいオンライン特別寄稿をご紹介します。

(書籍の詳細はコチラ)

エッセンシャル・ワーカーの職場

 私は2015年に自治労の「次世代を担う研究者」に選定され、たまたま東京都新宿区の清掃の現場に入れてもらえた。そこで9カ月間、清掃職員の方々にご指導頂き、ごみ収集、清掃指導、独居老人宅への訪問収集等の現場仕事を経験させてもらえた。そのような現場仕事の体験自体は貴重であったが、それと同時にユニフォームの色が違う多くの人たちが業務に従事している姿を見たことも貴重な経験であった。彼らは業務委託の人々なのだが、公共の仕事がかなりの程度、民間業者に切り出されてる現状に驚きを隠せなかった。その時以来、なぜこのような現象が清掃の現場で起きているのかに興味を持つようになり、地方自治体の行政改革や公共サービスの外部委託について認識を深めていくようになった。『地域を支えるエッセンシャル・ワーク』の執筆背景には、このような私の経験が存在している。

 2020年4月の緊急事態宣言の発出の頃から、コロナ禍においても公共サービスの提供や社会に不可欠な業務に就いている人々を「エッセンシャル・ワーカー」と呼ぶようになった。しかし、『地域を支えるエッセンシャル・ワーク』で取り上げたそれぞれの現場は、これまでの行政改革により人員が削減されてきており、エッセンシャル・ワーカーは脆弱な体制の中で公共サービスを提供している状況にある。平常時は問題なく公共サービスを提供できても、コロナや自然災害等の不測の事態に見舞われた時には、その脆さを露呈する。当然ながら、無駄な人員は削減すべきであるが、必要最小限にまで絞り込まれた人員体制では不測の事態に十分には対応できない。それは果たして、住民が安心安全な暮らしを望む際の行政のあり方なのであろうか。

 今回の『地域を支えるエッセンシャル・ワーク』では、コロナ禍でのエッセンシャル・ワーカーの職場について取り上げてきたが、本稿では、これまでに筆者がヒアリングした現場の中から豪雨災害に見舞われた自治体の実態を述べ、今後の地域を支えるエッセンシャル・ワークのあり方を考えていきたい。

岡山県の一般市を襲った豪雨災害

 2018年7月、西日本を中心とする記録的大雨となった「平成30年7月豪雨」により、A市では甚大な被害が生じた。市内を流れる河川が氾濫し、合計約1,500件もの全壊、大規模半壊、半壊、一部破損、床下浸水が発生した。

 この被害は、河川に沿った地域のみで発生し、市内全域が浸水被害を被ったわけではない。雨があがった翌日からは通常どおりの生活をしている地区の方が多く、被害に遭わなかった生活者から排出される家庭ごみの収集は通常どおり行われた。しかし一方で、浸水被害を被った家屋から排出される家財道具や瓦礫といった災害廃棄物の処理も同時並行で行う想定外の事態が発生した。

 これまでA市は、国からの行政改革大綱の見直しと「集中改革プラン」の策定が求められていたため、3次にわたる行政改革大綱とその実施計画が策定され、それに沿った人員削減を行ってきた。1999年以降は技能労務職の採用は凍結されており、清掃サービスは民間へと委託していた。よって清掃サービスは、3人配属されている事務職員が委託業者を管理する形で提供されていた。

 復旧作業が始まると、被災した家の前に家財道具や畳等の災害廃棄物が排出されるようになり、仮置き場に搬入する作業が続いていった。A市の清掃部門の事務職員は、通常のごみ収集への対応に加え、建設業組合や特定家電を収集する複数の清掃会社との連絡調整、災害廃棄物の処理計画の策定、仮置き場の立会い等といった業務で手が回らない状況となっていた。このような状況の中、自治体間のつながりや全国都市清掃会議を通じて、東京都杉並区や神戸市からの技能労務職員の応援が災害廃棄物の運搬や仮置き場の整理に入るようになった。

 このような災害への復旧作業が進んでいく中、一連の被災後処理作業の陣頭指揮を執っていたのは、東北地方の都市から派遣されて来た事務系の職員であった。東日本大震災時にA市が支援した経緯があり、職員2名が派遣され瓦礫等の災害廃棄物の処理方針の策定、処理体制の構築などの支援活動を行っていた。

応援者の視点から見た現場の様子

 筆者はA市に応援に入った杉並区の清掃職員B氏にインタビューし、当時の現地の様子を把握した。B氏は主に仮置き場で住民が搬入する災害廃棄物を降ろす作業を手伝っていた。仮置き場では、その後の災害廃棄物処理の円滑化のため、可燃、金属、粗大、家電と分けて降ろす必要があるが、一緒くたに搬入する住民に分別を指示しながら作業を手伝っていた。B氏は構築された復旧支援体制やその下で行った作業をふりかえり、「技能労務職となる清掃職員の必要性を改めて認識した」と述べた。

 それは第1に、災害復旧を漏れなく緻密にしかも迅速に行っていくには、地域を熟知する自治体職員が必要になると痛感したからであった。被災対応の指揮を執っていたのは他県からの職員であり、災害廃棄物をどこの仮置き場にどの地域の人が搬入するのか、そこに何人作業員を割り当てて積み下ろしを手伝うのか等、災害廃棄物への対応への指示を出してはいたが、対応漏れとなっている地区も生じていた。災害が起これば、災害廃棄物を手際よく処理していかなければ復旧作業への影響はもちろん、生命が危機に晒される可能性が生じる。そのためには地域を熟知した自治体職員が指揮を執り、漏れなく全域で円滑に作業を進めていくことが必要不可欠となる。

 第2は、現場や作業の業務知識の不足により、緊急時になされる判断が取り返しのつかない状況を招こうとしてたからであった。災害廃棄物の仮置き場は1日でいっぱいになり、とりわけ家具が多く出されていたことからA市はそれをそのまま最終処分場へ埋立てる案を検討していた。B氏はそれを知ったので、「安易な埋立ては水質汚染を招き取り返しのつかない状況になるのですべきでない」、「家具は破砕して燃やして灰を埋立てるのが通常処理なので、破砕処理機を持つ大都市に搬入して処理してもらい埋立てるように」と進言した。現場で迅速に的確な判断をするためには、廃棄物の処理や処分を熟知しておく必要がある。さもなければ、環境破壊へと至る取り返しのつかない判断をしてしまう可能性もある。

 第3は、応援を呼ぶ際には何が必要かを正確に伝えなければならないと痛感したからであった。これは緊急を要することもあるため、可能な限り迅速に状況を把握し必要なリソースを列挙していく必要がある。そのためにも現場がイメージできないと迅速に対応していくことは難しい。

 以上の3点から、自らの現場をしっかりと掌握し、非常時に柔軟に動くことができる人員を確保しておく必要性を痛感したとB氏は切実に語ってくれた。

地域を支えるエッセンシャル・ワーカーの重要性

 これまでわが国の地方自治体は、集中改革プラン期の定員管理の適正化等により、職員の削減が行われてきた。清掃の職場では、民間委託が可能な業務であると見なされ、人員が削減されてきた。東京23区では2000年には8,000人いた清掃職員が、現在では半分以下の水準となっている。都市部の自治体には清掃職員が残っているが、地方の自治体では現業部門を委託したり非正規化したりしている。

 不測の事態にならない限り、通常の収集業務は円滑に運営されるように体制が構築されているが、コロナウイルスや全国各地で想定外の自然災害に見舞われる地域が続出している状況を前にすると、「想定外を想定し、非常時に現場で動ける職員を確保していくこと」が必要不可欠な状況となってきている。すなわち、外部環境の変化により、不測の事態を想定した定員管理を行っていく必要が生じているのである。よって、自治体は定員管理の適正点をどこに設定するのかを再検討していくという課題を突き付けられているといえ、今後各自治体で議論を深めていくことが必要であると受け止めていくべきである。

 また、住民については、これまでの公務員の削減路線について考え直す必要がある。人員削減の行政改革を求めていたのは、選挙で改革路線の政治家を選んだ住民側であり、その結果が脆弱な公共サービスの提供体制を生じさせている。これまでの新自由主義的な改革路線が、果たして自らの生活や福祉にとって有効であったのかを考えていく必要がある。

 今回出版した『地域を支えるエッセンシャル・ワーク』では、清掃のみならず、保健所、病院、保育園、学校給食、学童保育、男女共同参画センターなどの公共サービスを提供するエッセンシャル・ワーカーの方々の現状を描き、行き過ぎた行政改革の実態を問題提起し、今後の公共サービスをどのように維持していくかへの思考を巡らせる情報を提供している。是非ご一読いただき、今後の公共サービスのあり方について考えて頂きたい。

参考文献
藤井誠一郎「『技能労務職員の定員管理の適正化』の適正化 ―東京23区の清掃職員を事例として―」行政管理研究センター編『季刊行政管理研究』No.164、2018年、3-19頁。

アンケート

この記事をシェアする

  • Facebook
  • LINE

コロナ禍で注目を集めるエッセンシャル・ワークの現場が抱える課題と解決への提言を示した1冊!

注目の1冊

『 地域を支える エッセンシャル・ワーク -保健所・病院・清掃・子育てなどの現場から-』

2021年4月 発売

本書のご購入はコチラ

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中

関連記事

すぐに役立つコンテンツ満載!

地方自治、行政、教育など、
分野ごとに厳選情報を配信。

無料のメルマガ会員募集中