自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[26]熊本地震から2年─益城町による対応の検証報告書(上)

地方自治

2020.09.01

自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[26]熊本地震から2年─益城町による対応の検証報告書(上)

鍵屋 一(かぎや・はじめ)
月刊『ガバナンス』2018年5月号) 

98%を超える住家が被害

 2016年4月14日と16日の二度にわたり震度7の激しい地震が熊本県を襲った。発災以降、震度6以上の余震が5回、震度1以上の全余震発生回数は4200回を超えた。

 特に被害の大きかった益城町は、人口約3万3500人のうち避難者数は、最大で1万6000人に及んだ。また、住家1万700棟余りのうち、全半壊約6200棟、一部損壊を含めると98%を超える住家が被害を受けており、今でも多くの方が、仮設住宅等での不自由な暮らしを余儀なくされている。

 想像してみていただきたい。町の約6割の住宅が全半壊し、残りの住宅もほとんどが被災した自治体に、どれほどの災害対応業務がのしかかるか。私は同年4月20日から5月6日まで、主に益城町避難所支援チームの業務支援を行った。当時は、自らの住宅も被災した自治体職員が、被災者どころか最大の支援者として全力で災害対応を行う姿を目の当たりにして、なんとか心身の健康を害さないように祈るばかりであった。その後も数回訪れて、ボランティア活動をしたり、お話を聞かせていただいている。

 17年11月、益城町は発災から16年12月までの約8か月の間の応急対応についての、町職員、関係機関からの聴き取りに基づいて検証報告書を作成した。報告書では「この検証結果を次の災害対応に活かし、本町の防災体制の充実を図るとともに、この検証報告書が、全国の自治体や、防災関係機関等で活用され、防災力の向上に役立てていただければ幸いに存じます」と述べられている。非常に示唆に富む内容であり、重要なポイントを整理する。

二次災害の防止

 益城町は、14日の前震後、もともと避難所に指定されていた町総合体育館メインアリーナを、一部、天井パネルが落下したことにより避難所として開放しなかった。

 これについて、報告書では、一部被害が見られたこと、その後も地震が頻発していたので避難所として開放しなかったが、避難者や報道機関からメインアリーナを開放するよう要望があった、旨が書かれている。ところが本震では、天井パネル、照明など多くの重量物が落下するなど甚大な被害となった。報告書では「前震時において、避難スペースとして開放しなかったことが人的被害を未然に防ぐことにつながった」と述べている。

 私は、これこそが益城町の災害対応で最も重要かつ最大の成果と考えている。防災対策の最大の使命は人命を守ることである。緊急時で、周囲の要請があるにもかかわらず、冷静な判断で未然に人的被害を防止した行為はどれほど称賛しても足りないほどだ。

災害後の職員の業務

 アンケートに答えた219人の町職員の85.2%が自宅に被害を受け、うち18.4%の職員は自宅が全壊するなど、多くの職員が被災した中で業務に当たっていた。では、どのような業務に従事しただろうか。報告書をみると以下の業務に多く従事している(表1参照)。

 これを見ると、いかに避難所での避難者対応の業務量が多かったかがわかる。災害直後に3割近く、本震後には4割を超え、1か月を経過しても2割を超え、最後まで最も多い災害対応業務となっている。

 報告書では、災害対策本部機能を回復するため、避難所業務を統括するPTを設置した経緯を次のように述べている。
「最大で約1万6000人の避難者に対し、町職員数は約250名とマンパワーが絶対的に足りなかったため、役職に関わらず課長級であっても避難所運営を強いられた。その結果、災害対策本部における意思決定機能が不十分な状況がしばらくの間続くこととなった。

 そこで、4月25日に、避難所運営の効率化や避難所の環境改善を図ることを目的として、避難所運営業務に特化した避難所対策PTを設置し、組織体制を整理した。避難所対策PTは町職員のほか、他自治体・熊本県・政府関係機関の職員や医師、看護師、NPO団体など最大50人の職員で構成され、対応にあたった」

 私もその場にいたが、避難所業務の拠点ができたことにより、情報の共有化、課題の特定、解決策の検討、実行と流れができたように感じた。なお、避難所そのものの運営に関して、報告書は課題と改善の方向性について以下のように記述している。

①課題
 避難者による自主運営ができなかった避難所が存在したため、避難所運営に多くの町職員が従事し、本来行うべき通常業務や復旧復興業務に支障をきたし、結果的に住民の生活再建に遅れが生じた。

②改善の方向性
 各地域で自主防災組織等を育成し、町職員の配置人数を最小限で運営できるように整備し、避難所を運営する。

 避難所運営のノウハウを有するNPO等の支援を受け、地域住民等を巻き込んだ避難所運営体制を構築し、また、訓練を実施する。

 避難所業務については被災自治体職員がいくらがんばっても、住民の生活再建や復旧復興の迅速化にはつながらない。大きく見るならば、職員は早急に避難所業務から離れて、平常業務や復旧復興業務など、職員にしかできない業務を担うほうがよいのは自明だ。

 報告書は、改善の方向性として、自主防災組織の育成と避難所運営体制の構築、訓練としているが、実際には避難所運営のノウハウをもつ災害ボランティア、NPO団体は極めて少ない。南海トラフ巨大地震や首都直下地震を想定した時、住民の早期生活再建のためにも、避難所運営のできる災害ボランティア、NPO団体を戦略的に増大させる必要がある。

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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