議会局「軍師」論のススメ
議会局「軍師」論のススメ 第8回 「行政実例」は水戸黄門の印籠なのか?
地方自治
2020.05.21
議会局「軍師」論のススメ
「行政実例」は水戸黄門の印籠なのか? 清水 克士
(月刊「ガバナンス」2016年11月号)
最高裁判決から得た教訓
前号では、行政実例など中央の見解をよりどころとせず、自ら考えて行う法務が、真の地方分権を実現すると述べた。それは、大津市での行政実例に従った措置が、最高裁判決で違法とされた苦い経験を踏まえたものである。
その裁判概要は、大津市が市民税滞納者に対し、貸金債権を差し押さえ、貸金債務者に対して支払命令を申立てたところ、貸金債務者が異議を申立てたことによる支払命令申立移行訴訟での、議会の議決の必要性が争われたものである。
本来、訴えの提起には地方自治法に基づき議決が必要であるが、「支払命令申立は訴えの提起に該当しないとの国の解釈に基づけば、異議申立が提起されても、原因が支払命令事件であり議決不要と考えて良いか」との問いに対して「お見込みのとおり」との回答がなされた行政実例に従い、市は議決を経なかった。
ところが判決では「市の申立てた支払命令に対し、債務者から異議申立があり、民事訴訟法の規定により支払命令申立時に訴えの提起があったものとみなされる場合は、議会の議決を経なければならない」とされ、市は敗訴した。ここで得られた教訓は、行政実例は国が示した法令解釈の一説に過ぎず、何ら適法性を保証するものではなく、無条件に議論の前提とすべきではないということである。
政策実現のための必要条件とは
また、その一方で課題に対する法律論としての議論は、職員としては実益が少ないとも思っている。それは、行政課題の多くは、地方議会の例規改正権限が及ばない法の解釈や行政実例などと相反する部分が論点となるが、法律論をベースにすると、結局はできない理由探しの議論や、法の規定はどうあるべきかといった立法論に流され、課題解決に至らない不毛な議論になりがちであるからだ。
したがって、私は課題に対してどのような状態を実現したいのかを、まず前提として固め、それを実現するにあたって障害となる通説とは結論を異にする少数意見などを参考に、実現したい状態に整合する法理論を最後に構成する。そのような考えで臨むのは、職員としては、直面する課題の解決が最優先任務であるからだ。いわば、弁護士が通説や判例と異なることがあっても、依頼者利益を優先した弁護のための法理論を構成することと同様である。
もちろん実現したい結論に導く法理論が、合法性を前提としたものであるべきことは当然である。だが、法律論をベースに議論を始めると、本来、合法性判断は司法の場でしか最終決着し得ないにもかかわらず、多くの場合、通説や行政実例に示す範囲が法の枠内であるとの前提に囚われてしまい、自分で新たな視点での理論構成ができなくなる弊害を強く感じるのである。
私は、立法機関である議会の政策立案機能の発揮は政策条例の制定によることが第1選択肢であると思っている。だが、局職員が法制執務や法令解釈などの技術法務だけを守備範囲とする限り、それはなし得ない。そして、行政実例など中央での見解を「水戸黄門の印籠」のごとくふり回すのではなく、市民視点で自ら考えて法解釈し、政策実現のための自治立法に資する政策法務に挑戦することが、その必要条件だと確信している。
*文中、意見にわたる部分は私見である。
Profile
大津市議会局長
清水 克士
しみず・かつし 1963年生まれ。同志社大学法学部卒業後、85年大津市役所入庁。企業局総務課総務係長、産業政策課副参事、議会総務課長、次長などを経て2020年4月から現職。著書に『議会事務局のシゴト』(ぎょうせい)。