自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[4]熊本地震に学ぶ災害ユートピア期の応急対策
地方自治
2020.03.31
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[4]熊本地震に学ぶ災害ユートピア期の応急対策
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2016年7月号)
2016年4月14日、16日に発生した震度7の熊本地震後、私は熊本県益城町でのべ12日間、主に避難所対策チームで避難所や福祉避難所の運営支援をさせていただいた。益城町がこのような場を与えてくださったことに、心から感謝申し上げたい。その経験から、発災後、1か月〜2か月程度の災害ユートピアといわれる時期に行う対策について検討する。
応急対策期のフェーズ
阪神・淡路大震災の重要な研究成果である「復興の教科書」(*)によれば、災害後に状況が目まぐるしく変化する「応急対応期」は以下の三つのフェーズに分かれ、それに「復旧・復興期」を加えて四つのフェーズに分類される。
フェーズ0【失見当期】(災害発生〜10時間)
災害が発生すると、突然の出来事に誰もが自分の周囲で何が起こっているのかを客観的に判断できなくなってしまう状態に陥る。
フェーズ1【被災地社会の成立期】(10〜100時間)
失見当期を過ぎ、安否確認や救助、避難行動などを行っているうちに、徐々に客観性を取り戻していく。周囲の人々とも情報交換を重ね、非常事態になったことを理解し、当分の間不自由な生活が続くことを受け止めるようになるため、被災地独自の秩序が構築されていくといわれている。
フェーズ2【災害ユートピア期】(100〜1000時間)
被災地社会が成立し、災害発生から数日が経った頃になると、被災者同士が協力し合いながら日々を乗り越えていくフェーズへと入る。年齢・性別・肩書きの区別なく強い絆で結ばれる善意に満ちた状態は「災害ユートピア期」と呼ばれ、発災数日後から1〜2か月程度(100〜1000時間)続くとされている。
フェーズ3【復旧・復興期】(1000時間〜)
災害発生から数か月が経つと、ライフラインが復旧することで、家屋の被害程度が軽少の被災者から自宅に戻り始め、仮設住宅の建設も進むため、「協働生活」から「個人生活」へと戻っていくフェーズとなる。ある種のユートピア状態から脱して、被災地に日常性ガ戻り、復興に向けた長い活動ガ本格化する時期を指す。
*「文部科学省委託研究都市の脆弱性が引き起こす激甚災害の軽減化プロジェクト サブプロ③都市災害における災害対応能力の向上方策に関する調査・研究」(研究代表、林春 男・京都大学防災研究所教授)による。http://fukko.org/about/
災害ユートピア期の活用
益城町は、避難所の環境改善、被害認定調査、罹災証明の発行、仮設住宅の用地確保、建設準備など目前の課題に追われている。それは一つ一つ重要で、しかも困難を伴う業務であることは十分に承知している。
しかし、長い復興を考えると、多くの被災者が自らのことよりも避難所や地域全体のことを考えて行動する災害ユートピア期を活用することも重要だ。そこで、この時期に実施したい対策を3点提案する。
地域ごとの住民協議会設置、運営
第1は、地域ごとに今後の復興を考える住民協議会を設置し、運営することである。住民協議会の場で、住民が地域の復興への思い、ニーズをワークショップで話し合うことにより、その後の復興計画、復興事業がスムーズに進みやすくなるからデある。復興を急ぐからといって、行政が最初にたたき台を示すと、行政vs住民という望ましくない構図になりがちだ。まずは、住民と行政が被害状況、復興の法制度、過去の事例などを十分に共有し、その上で住民同士がどのような思いで復興を進めたいのかを十分に議論することが、結局は早道と考えている。
その良い事例が、東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県東松島市(人口約4万人)である。震災前の年から、市内を八つの地域に分けてコミュニティごとに課題解決型の市民自治組織を創り、地域独自のまちづくりを進めていた。そして震災時には、この組織が避難所運営、炊き出し、行方不明者の確認調査等に力を発揮した。
復興まちづくり計画でも、11年夏から秋に中学生も含めた2000人規模のワークショップを開催し、話し合いを重ねた。サイレントマジョリティを含めた多数の意見が紙に記され、大多数の意見の傾向を拾うことができた。その言葉を紡いで行政と専門家が復興後のまちの姿を提案する形で、復興計画を練り上げた。このため、復興計画への住民の賛成率は8割を超え、新たな住宅に入居した人の満足率は9割を超えている。
医療、保健、介護、コミュニティの充実
第2は、避難所生活などで生活不活発病になりやすい高齢者等への支援を充実することである。東日本大震災では、災害前に地域の中で張り合いをもって仕事や生活をしていた高齢者等が、避難生活が長くなるにつれ、支援慣れをする傾向が生まれた。平常時に行われていたコミュニティの様々な行事が少なくなると、外に出かける理由や用事がなくなってくる。また、介護予防や健康診断が行われないことで、自立度が下がる人が増えていった。そして、高齢者等が生き甲斐を持てなくなると同時に介護度が上がり、国保会計、介護保険会計の負担が大幅に増加し、町の財政を大きく圧迫していく。
これを防ぐためには、現段階で復興を見据えて、保健師や理学療法士、作業療法士の増員など医療保健介護予防の専門的取組みを強化するとともに、高齢者等見守り相談員制度をつくることが必要だ。また、地域コミュニティによる見守り、声かけ、茶話会など非制度的支援の充実も重要である。
町役場職員のメンタルケアと応援体制の充実
第3に、早期に町役場職員のストレスチェックと必要なメンタルケアを行うとともに、全国自治体からの応援体制を充実することである。私が4月20日に役場に行ったときは、職員の方々は本当に疲れていると感じたが、28日には高揚感があり、ばりばりと仕事をこなしていた。これは危険な兆候である。
東日本大震災では、この時期の後職員のストレスが大きくなり、倒れる職員が増加する傾向があった。そうすると、残された職員の仕事量が増え、また倒れるという悪循環に見舞われる。
今後、災害復旧・復興業務が増大すると同時に、通常業務も積み残した分も含めて膨大にある。全国の自治体が応援したいと考えている早い段階で、職員の長期派遣要請をして役場の体制を強化しなければならない。また、幹部職員の相談相手として東日本大震災の被災自治体で活躍されたOBの方を招くのもよいのではないか。被災自治体も復興半ばであり、現職を抜かれるのは厳しいが、OBなら来て下さるだろう。また、町の復興を専任で考える参謀部隊を、町職員と国、県、経験ある応援職員で編成し、トップマネジメントの補佐をさせることも重要だ。
益城町には前向きで素晴らしい資質をもった職員がたくさんおられた。自らが被災者でありながら、町民のために愚痴一つ言わず献身的に働く姿に強く心を打たれた。職員の方々が早めのケアを受け、適度に休養を取りながら、長い復興の時期 町民と力を合わせて乗り越えられるよう、心から願っている。
Profile
跡見学園女子大学教授 鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。